ダークポーション

 その夜、オレたちは久しぶりに馬車を停めて野宿することにした。

 これまでは夜も昼もなく行動していた。だが、奴らの話が真実なら、もう追いつく見込みはない。それにどうせ、これ以上無理をさせれば馬が保たない。馬にも人間にも休息は必要だ。


 今夜は雲のせいで月は見えない。

 女性二人を馬車の中で寝かせ、ギースとオレは警戒のために外で座ったまま眠ることにした。街道沿いの森の中。大きなウロのある大木に体をゆだねる。落ち葉のおかげで下が柔らかく、案外気持ちがいい。


「なあ、カイル。少しいいか」


「ああ、でも本当に少しにしてくれよ。明日も早いんだ」


「わかってるさ。俺もボロボロだ。気ばかりあせっても体が続かない。でもなあ、思うんだ。うちの娘とルナは今頃、どうしてるかなってな」


「それはオレも同じだ。心細い思いをしていないか、食事はできているか。考え始めるとキリがなくなる」 


「あいつ……上の娘のことなんだが、あいつは、しっかりしているようで寂しがりやなんだ。家に帰ると、すぐに俺の布団に潜りこんできやがる。パパ、パパってな。いいだろう。これでも家ではモテモテなんだ」


「信じるよ」

 風が落ち葉を拾って、オレの足元を乱した。空気が入らないように、毛布をしっかりと体に巻きつける。


「それにしても、変じゃないか。どうしてあんなに早く待ち伏せができたんだ。それもギルドで冒険者まで雇ってるんだぜ」


「ルナたちをさらってから、すぐにギルドに寄ったんだろう。おまえが冒険者なのはあいつらも知っていたはずだ。子どもたちからも、話を聞いたかもしれない。そこで双頭の銀鷲の醜態と、サーベルタイガーを倒した冒険者の話を聞いた。当然、追いかけてくるのも予想したはずだ。

 急いでルナたちをバクトラに送り、オレたちに備えてテッドとシャルを雇った。まる一日先行していれば不可能なことじゃない」


「まあ、そうか」


「どうやら、奴らの狙いの中にはオレも入っているらしいからな。追いかけっこは終わりだ。国境を越えれば、たぶん向こうから迎えが来る」


「魔族か……」

 ギースはぶるっと震えた。


「あんまり戦いたくない相手だったぜ。確かに斬ったはずなのに、平気な顔をして反撃してくるんだ。ありゃあ文字通り不死身だな。もう少し一人で戦っていたら確実にやられてた。

 ところで、カイル。昼の戦闘でのことなんだが。ひとつ気づいたことがあるんだ。もしかして、あんたも自分で気づいてるんじゃないかと思ってな」


「ダークポーションのことか」


「ダークポーション? なんだそれ」


 ギースは驚いたように、口を開けたまま俺を見た。

 それはそうか。ダークポーションは医者や回復術師の中でも、ほんの一部の人間しか知らないことだ。よく考えれば、ギースが知っているはずがない。


「それならいいんだ。何のことだ」


「ちょっと待て。おい、なんだよ。そのなんとかポーションっていうのは。教えてくれよ。中途半端に聞いちまうと、気になって眠れやしない」


「仕方ないな。テッドをあんなにした黒いポーションのことだよ。魔族が現れたんで思い出した。回復術師の師匠から聞いたことがある。あれは魔族にとっては万能薬だが、人間にとっては最悪の毒だ。今考えると、おまえの娘を病気にしたのもダークポーションだったかもしれない。変色した体が同じように見えた」


「じゃあ、俺の娘はわざと病気にされたのか」


「証拠があるわけじゃない。ただ、そうじゃないかと思っただけだ。それで、おまえが気づいたことって何だ。オレももう、体がクタクタなんだ。後でもいいことなら明日にしてくれ」


 いつもなら、とっくに眠っている。

 戦闘の後始末、かつて仲間だった男の埋葬。今日はとてもゆっくり寝ているどころじゃなかった。子どもの小さな体にはこたえる。


「あんたのその体のことだよ。カイル、体が小さくなってるぞ」


「なんだよ。いまさら」


「子どもになった時の話じゃない。今日の昼からのことだ。小指一本分にも足りないくらいだが、朝と比べると間違いなく小さくなってる。俺は子どもが四人もいるからわかるんだ。股下のあたりとか、シャツのボタンの高さとか。娘の背の高さをいつも気にしてるからな。

 あんたはこの姿になった時、無茶苦茶に魔力を使ったんだろう。それで小さくなった。だから今回も同じなんじゃないか。たった半日でそれだけ体が縮むなんて、普通じゃあり得ない」


「魔力を使い過ぎると体が縮むって言うのか……」


 テッドに殺されかけたあの時、確かに自分の肉体を魔力に変換した感覚があった。でもあの時は特別だと思っていた。指摘されるまで、そんな風に日常的に肉体を消費しているとは考えもしなかった。


「逆にいつもは異常なくらい早く成長してる。差し引きするとたぶん、今の身長は最初に出会った時とトントンだ。だから休める時は休んどけ。俺が言いたいことは、それだけだ」


 なるほど。それなら、異常な眠気にも説明がつく。

 オレの体は常に成長期ってことだ。だから眠い……。


 毛布にくるまりながら、オレはギースと体を寄せ合って眠った。

 あの夜、ルナと眠った最初の夜を。今は曇っていて見えていない月を。オレは夢の中でもずっと思い浮かべていた。

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