疫病神

「皆さん、聞いてください」

 食事が終わった後、シャルが思い切ったように口を開いた。


「実は、馬車にいる間にずっと考えていたことがあるんです。あの……勇気を出して言います。わたしを、『暁の不死鳥』に入れてもらえないでしょうか。わたしならこのパーティーの役に立てると思うんです。もちろん皆さんが強いのはわかっています。でも、魔法使いが一人いれば戦略の幅が広がるはずです」


「まあ、確かにそうだな」

 ギースが同意した。


 剣や魔法は、それぞれ有効な対象が違う。

 中距離の戦闘ではエルフの弓矢が威力を発揮するが、接近戦ではあまり役には立たない。魔法使いは小回りが効かないし詠唱に時間がかかるという欠点があるが、威力は圧倒的だ。五人パーティーなら、最低でも一人は欲しい。


「それで、あんたの実力はどうなんだ。俺は家族持ちのひねくれ者だが剣の腕なら自信がある。リディはSランクにスカウトされたこともあるハーフエルフだ。『暁の不死鳥』は、これからギルドでナンバーワンになるパーティーだ。誰でもいいってわけにはいかないぜ」


「今まではB級のパーティーにいました。でも炎属性の魔法なら、誰にも負けない自信があります」


「そのパーティーはどうなったの?」

 リディが聞くと、シャロンが一瞬声を詰まらせた。


「あ、あの。それは……」


「大事なことよ。もし仲間にするにしても、前のパーティーには筋を通さなくっちゃね。ギースみたいに追い出されてばかりの人ならいいけど、つまらないことで恨まれでもしたら困るわ」


「前のパーティーは解散しました。その、クエストの途中でモンスターの大群に襲われて、リーダーが戦死したんです。残った仲間も散り散りになりました」


「リーダーが戦死って。なんだ、おまえ。シャルって……おい、もしかして。あの有名な疫病神のシャルロッテか」

 ギースが突然、素っ頓狂な声を出した。


「おい、カイル。こいつはやめた方がいいぜ。今まで渡り歩いたパーティーが七回連続で全滅したって噂の女だ。実力は折り紙つきだが、とにかく運が悪い。それでついたあだ名が疫病神のシャルロッテだ」


「七回じゃありません。六回です。それに全滅じゃありません。ちゃんと毎回、何人かは生き残っています」


「でもなあ、おい……それでも六回だぜ」


「命を救われた時に思ったんです。苦しくて、ほとんど見えなかったけど。まるでわたしのために小さな天使が舞い降りてくれたみたいだって。『双頭の銀鷲』のカインは冒険者になってから、ずっとわたしの憧れでした。自分と正反対で、誰も死なせない人だから。だから……」


「過去の話だ。目の前で、昔の仲間がもう二人も死んだ」

 褒められても誇る気にはなれなかった。

 特に今日は、そのうちの一人が死んだ日だ。自業自得だったとしても、その事実は変わらない。


「でも、あなたは敵に雇われたわたしの命を救ってくれました。あんなひどい状況でも、誰も殺そうとはしませんでした。あなたは今まで同じ、ううん。これからもずっと、わたしの心の中では英雄なんです」


 シャルの瞳がオレに訴えかけていた。

 そう言えば、死んだ仲間のジェニイも青い瞳と金色の髪が綺麗だった。攻撃魔法の使い手は、ほとんどが女性だ。冒険者の間では、魔法は筋力の弱い女性に神様が与えた祝福だと信じられている。


「私は賛成よ。シャルが魔法を使っていたら、死んでいたのは私だもの。ただし、いいわね。ひとつだけ約束して。カイルには手をださないこと。カイルは私の婚約者だから……」


「なんだよおい。いつの間に手を出したんだ」


 オレは、ギースの問いかけに必死で首を振った。

 

 リディは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「忘れてたとは言わせないわよ。あの町のギルドで最初に会った時、約束したでしょう。こんな美女が自分からプロポーズしたよのよ。幸運だと思いなさい」


 えっ、ああ。そうか。

 忘れてた。いや、本当に忘れてた。

 オレは背筋に冷たい物を感じた。ただの冗談ではないような雰囲気がある。


「ちょっと待ってくれ。確かにそんなことも言ったさ。でもあれは、子どものふりをしていた時じゃないか」


「だから大人になるまで待ってあげるわ。エルフは気が長いのよ」


「いくら気が長いって言ってもな。オレは……」


「それはカイル、適当に返事をしたあんたが悪い。エルフは滅多に人間に惚れないが、こうと決めたら絶対に添い遂げようとするもんだ。ガキを十人は産んでから爺いになって死ぬまで解放しちゃくれないぜ」


「脅かすなよ」


 ギースはオレの顔を眺めて面白そうに笑った。

「まあ、そんな話は後にして。シャルを仲間にする件はどうするんだ。俺の意見はさっき言ったとおりだ。リディは賛成ってことでいいな。これで一対一。後はリーダーの決断次第だ」


 全員がオレを見た。特にシャルは祈るような目をしている。


「それなら最初に聞いた時から決めていたさ。六回もパーティーの危機に立ち合ったってことは、危険な場所から六回も生きて帰ったってことだ。疫病神どころか、むしろ強運ってことじゃないか。オレたちはこれから敵地に乗りこむんだ。たぶん魔族とも戦うことになる。シャル、これからは仲間としてオレたちのためにその運を貸してくれないか」


「カイル!」


 シャルがいきなりオレに抱きついた。いや、体のサイズが違う。抱きしめられたのはこっちの方だ。


「ありがとう。これからは仲間のために戦う。仲間のために命をかける。次は自分だけじゃなくて、絶対に誰も死なせない」


 う、う。息ができない。

 シャルの胸の谷間に埋もれながら、オレはただ、手足をジタバタと動かすことしかできなかった。


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