9 暁の不死鳥

追跡

 準備ができると、オレたちはすぐに出発した。

 ギースの妻が作ってくれた弁当を食べながら馬車に揺られていると、オレはすぐに眠くなった。この体になってから、どういうわけかやたらと眠い。一日の半分以上は眠っているような気がする。


「眠いなら、寝てもいいのよ。また、私が膝枕をしてあげる」


「それじゃあリディが眠れないだろう。オレの体じゃあ手綱は握れない。ギースと交代することも考えないとな」


「俺はまだまだ大丈夫だぜ。カミさんが作ってくれた弁当も食ったしな。これで元気百倍だ」


「ほんとに、カイルは凄いわ。さっきまで死にかけてた妊婦が、あんなにすぐに回復するなんてね。まあ、私の足もそうだったけど」


「それじゃあ少しだけ眠らせてもらうか。馬を休ませる時には、水にポーションを混ぜるんだ。ギルドで買った本物の方だぞ。一頭に一本。それ以上やると興奮して手がつけられなくなる」


 さすがに膝枕は辞退した。

 今は上等の毛布もある。シャツ一枚の裸で、ルナとボロ布にくるまっていた時とは大違いだ。



 ポーション漬けにした馬を夜昼なく走らせて、オレたちは普通なら二日半かかる行程を一日半に縮めた。

 今はまだ朝と言ってもいい時間だ。こんなに早く同じ場所に戻るというのも、何か不思議な感じだ。


「悪かったな。ゆっくり休んでいてくれ」

 オレは鼻面を撫でてやりながら、馬にも回復魔法をかけてやった。

 これで興奮状態が落ち着き、よく眠れるようになる。

 城門近くに並んでいる馬宿に馬車を預けると、オレたちはまっすぐにギルドに向かった。入口に二本の大理石の柱。これを見ると世界中のどこにいても、自分の家に帰ったような気になる。


「ベリオスがまだ、ウロウロしてるんじゃないでしょうね。あいつの顔を見ると、胸クソ悪い気分になるの」

 リディがうんざりしたようにつぶやいた。


「会いたくないのは、オレも同感だ。でもギルドマスターの言葉が本当なら、『双頭の銀鷲』は解散させられたはずだ。仲間を集める必要がないなら、ギルドに長居する必要はない。一人でクエストをこなすか、モンスター退治をするか。それともいっそのこと、冒険者を辞めて傭兵にでもなるか……」


 建物の中はいつものように冒険者で賑わっていた。

 人の多い場所は苦手だ。子どもの体は視線が低い。うっかりしているとすぐに迷子になりそうになる。

 オレは首を上げて、ギースに声をかけた。


「それじゃあ、打ち合わせどおりに頼むぞ」


「おう、任せとけ」

 ギースは案内所に座っている女性の方に向かった。

 ギルドには外国からも冒険者が集まってくるから、数か国語を話す案内員が必ずいる。

 前回は失踪した冒険者を連れて行ったから、向こうから会いに来てくれた。だが、普通ならギルドマスター本人に一介の冒険者が会うことは難しい。協力を求めるなら、こっちにもそれなりの覚悟がいる。


「本当に正体をバラしてもいいの?」

 リディは、迷子にならないようにオレの手を握ってくれていた。仕方がないとは言え、ちょっと情けない。


「背に腹は変えられないさ。あのギルドマスターは、『双頭の銀鷲』にいた頃のオレに興味を持っていた。カインの情報があると言えば、必ず会ってくれる」


「それはそうでしょうけど……」


「ルナたちに近づけるなら、敵でも味方でもいい。何もしないで突っ立っているよりよっぽどマシだ」


 しばらく待たされてから、ギースが戻ってきた。答えは聞かなくてもわかる。してやったりの顔だ。


「すぐに会うそうだぜ。人払いも承知してくれた。この前と同じ部屋だ」


「よし、行こう」

 オレたちはすぐにギルドマスターの個室に向かった。部屋の前で名乗ると、中から本人がドアを開けてくれた。

 

「おや、君はこの間の坊やだな。また連れて来たのかね」


「実は、これにはわけがあって……」


「まあいい。説明は後で聞く。入りたまえ」

 ギルドマスターは俺たちに来客用のソファーをすすめた。自分も向かい側に座って指を組む。


「これから会合があるから、手短に頼む。カイン君の情報とは何だ」


「それはですね。えっと……」


 オレはギースを制して立ち上がった。ただし、子どもの背丈だ。見下ろすほどは高くない。

「自分で説明する」


「坊や。悪いが、君のために割いている時間はない。ここは大人が話し合う場所だ。ギース君、早く話したまえ。前置きはいい。さっさと本題を頼む」


 仕方がない。

 オレは、いきなりテーブルに片手をついた。

 上着に隠していたホルダーからナイフを取り出す。オレは口で鞘を抜き取り、そのまま自分の左手に狙いをつけた。


「何をするつもりだ」


「これからひとつ、証明をして差し上げます」


 小さく呪文を唱えると、左手の感覚が消えた。これで気絶する心配はない。オレは慎重に狙いを定めると、右手に持ったナイフを思い切り振り下ろした。

 テーブルの上で串刺しになったオレの左手が跳ねた。やはり、子どもの手は軽い。


「お、おい。君。なんてことを……」


 オレはナイフを抜くと、ギルドマスターの目の前で手をぷらぷらと振って見せた。


「血はあまり出ていませんが、中指の筋が切断されています。よかったら確認してみてください」


「待っていなさい。ポーションを持ってくる。ギース君、リディ君もどうした。どうして黙って見ている」


「大丈夫です。これくらいなら、自分で治せます」


 右手を傷口にかざす。

 もう、何千回も繰り返した手順だ。こんなものは子どもでもできる。

 痛覚を元に戻した時、ピクッと手が自然に動いた。


「これがあなたの探している人間の魔法です」


「回復魔法か。まさか、君がそうだと言うのか」


「正真正銘、こいつが本物のカインです。死にかけていた俺の娘を二人も、それにカミさんまで治してくれました。サーベルタイガーを殺ったのもこいつです」


「先に逃げた人は知らなかったでしょうけど、あの時私はサーベルタイガーに足を食い千切られていたんです。その足を元通りに繋いでくれたのも彼です」


「だが、そんなことは無理だ。いくらカイン君でも、回復魔法でサーベルタイガーは倒せん。千切れた足を元通りにするなら、それこそエリクサーが必要だ」


「もしお望みなら、ここで左手首を切り落としてから、またつないで見せます。どうです。もっと見たいですか」


 ギルドマスターはまるで崩れるように、ソファーにもたれかかった。ふうと大きな息をつく。


「やめておこう。そんなものを見たら、二度と安眠できなくなる。わかった、認めよう。君が『双頭の銀鷲』にいた回復術師のカイン君なんだな」


「今はカイルと名乗っています。できればそう呼んでください」


「確かにその姿ではな……。それではカイル君。どうしてこんなことになったのか、私にもわかるように説明してくれるんだろうね」


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