ハイエルフ

「あの……ごめんなさい。ルナちゃんのことで、カイルさんにまだ言っていなかったことがあります」

 遠慮がちに、ギースの奥さんが口を開いた。


「何のことだ」


「たぶん、カイルさんは気づいていなかったでしょうね。もちろん夫もそうだったと思います。私は同族の血を引いているから、すぐにわかりました。あの子はエルフです。それも私みたいなハーフエルフじゃなくて、純血か、それにかなり近いハイエルフです」


「ハイエルフですって!」

 リディが驚いたような声を上げた。


 大人の体になるまで、エルフの外見は人間とほとんど区別がつかない。耳が尖ってくるのは、女性なら生理が始まった頃からだ。だが、オレにとってはルナがエルフかどうかなんて、どうでもいいことだ。


「それに何か意味があるのか」


「カイル、私たちエルフの特徴は知ってるわよね」

 リディが話を引き継いだ。


「目がいい。筋肉がしなやかで強いから弓を使うのに向いている。寿命が長い。そんなところか」


「寿命が長いってことは、繁殖力が弱いということなのよ。だからエルフの里では滅多に新しい子どもは生まれないわ。でも、ギースみたいな人間となら、普通に子どもができる。どういうわけか女の子しか生まれないけどね。だから人間の街で暮らしているエルフは、ほとんどが女性のハーフエルフだわ」


「それは知ってる」


「それじゃあ人間の血が濃くなると、エルフの特徴は逆に薄くなることは知ってる。ギースの奥さん、あなたは何世代目のエルフ?」


「ハンナよ。私は四世代目。娘たちは五世代目ってことになるわ」


「五世代目になると寿命は百才くらいかしらね。四世代目なら百五十才、私は三世代目のエルフだから、たぶん三百才くらいまでは生きられると思うわ。でも純血種ハイエルフは別格よ。私はエルフの里に行ったことはないけど、あそこには千才を超えるようなエルフがゴロゴロいるらしいわ」


「三世代目って……おまえって、もしかして実はバアさんだったのか」

 ギースがリディの顔を見ながら、素っ頓狂な声を出した。


「あなたみたいな失礼な男がいるから言わないのよ。本当の歳は秘密だけど、人間ならせいぜい十七才ってところね。肌だってまだピチピチだわ。それより、ポーション売りがエルフの娘を欲しがってるのが気にならない。それもハイエルフを見て顔色が変わったとか。あれだけ大騒ぎするなら、よほど貴重な物と関係があるのよ。もしかしたら。もしかしたらなんだけど、エリクサーの材料って……」


 ギースの顔から血の気が引いて行く。 

「それ以上は言うな。俺の大切な娘が、そんなことになってたまるか」


 オレも同じ気持ちだ。考えたくもない。そんなことをする奴がいたら、皮を剥いでから切り刻んでも足りない。

 だが、怒りをぶつけただけではルナもギースの娘も帰ってこない。オレは心を落ち着けるために、溜まっていた息を深く吐いた。これも回復魔法の応用だ。体内に溜まった悪い『気』が空気と共に出て行く。


「ギース、冷静になれ。時間が惜しい。おまえは助けに行かないのか」


「ばか、そんなわけあるか。行くに決まってる」


「リディ、手を貸してくれるか」


「当たり前のことは言わないで。私たちはもう同じパーティーの仲間よ。それより何をすればいいか教えて」


 助かる。オレだって本当は余裕たっぷりなわけじゃない。

「リディはまず、馬に水を飲ませてくれ。すぐに出発ができるように準備するんだ。ギースは買ってきた物を奥さんに。お金も千シルクだけ渡しておいてくれ。ポーションの借金のせいで言いがかりをつけられた時の用心だ。ケチなようだが、残りは軍資金として持って行く」


「おう、わかった」


 ギースの奥さんが、夫の袖をつかんだ。

「そんな、命を助けてもらったばかりなのに、お金までもらっていいの。あなた、あなたもなんとか言って」


「いいんだよ。気にしなくていい。こいつはそんな小さい奴じゃない。まあ、体の方は子どもだけどな。なあに、危険はこれからもある。こいつが本当に困った時に、借りはまとめて俺の命で払うさ」


「パーティーの仲間なら、貸し借りの話はなしだ。食料は三日ぶんだけでいい。残りは置いておく。さあ、さっさと準備しろ。それに、おまえには自分にしかできない仕事がある。帰りはいつになるかわからないんだ。大事な娘たちに、うまく言い含んで聞かせておけ」


「お、おう。すまない」


「それで、どこに行くの?」

 リディがオレに聞いた。


「二人がさらわれてから、もう一日半も経っているわ。それにあいつらが、どこに行ったのかもわからないのよ。探すあてはあるの」


 オレは今までの情報を頭に巡らせた。常にそういう訓練はしてきた。どれだけ短時間で最適の回答を導き出せるか。危険なモンスターとの戦いでは、それが生死を分けることも珍しくない。


「ギルドに行く」


「ギルド?」


「このあたりを縄張りにしているポーションの商人なら、ギルドとのつながりもあるはずだ。何か情報がつかめるかもしれない。それに、あのギルドマスターのことを覚えているだろう。うまく説得すれば力になってくれるような気がする。ギルドのある都市は街道の中継地点にある。最悪の場合、バクトラ帝国まで行くことになっても遠回りにはならない」


「なるほど、理論的ね。さすが一流パーティーの元司令塔だわ」


「わかった、ギルドだな。このあたりは俺の庭だ。昼だろうと夜だろうと関係ない。俺が徹夜で手綱を取る」


 いい反応だ。

 ほんの一、二年前まで『双頭の銀鷲』もそうだった。

 戦闘の指揮はベリオスが、それ以外はオレが指示していた。細かい説明や説得は必要なかった。心でつながっていた。信頼関係が崩れてしまったのは、いつ頃からだったろうか。

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