8 エルフの血
出産
赤子の大きな泣き声が部屋に響いた。
「お、おおぉう。やった、やったな。カイル。ありがとう。一生、恩に着る」
ギースが力任せに俺の肩をたたいた。
「おいおい。やめろ、やめろ。やめろ」
肩が痛い。嬉しいんだろうが、いい迷惑だ。オレが子どもになっていることを忘れているらしい。
「あんたは何者なんだい」
村の産婆がオレを呆然として見つめていた。
「こいつは俺の親友でカイルって言うんだ。凄い奴だろう。でも、このことは秘密にしておいてくれよ。どうか頼む。夢でも見たことにしといてくれ」
「言われなくても、そうするさ。他にどうすればいいのさ。こんな小さい子どもが、死にかけた妊婦と、死産したはずの赤ちゃんを助けた? そんなこと話しても誰も信じちゃくれないよ。わたしだってまだまだ現役なんだ。
「ありがとう。後で礼に行く。あんたはいい婆さんだ」
「ほめたって、何も出ないよ」
村の産婆は頭を切り替えるように振ると、そのまま出て行った。
「なあカイル。今度ばかりはキチンと礼をさせてくれ。あんたは俺にとっちゃあ神様みたいなもんだ。なんでもするぜ」
「どうでもいいから、少し黙っててくれ」
オレはただ、先にやるべきことをしただけだ。今はまだ、安心したり浮かれたりしている場合じゃない。
「もっと休ませてやりたいところだが、大事なことなんだ。少し話せるか」
オレはギースの奥さんを見た。まだ青い顔をしていたが、彼女はしっかりとうなずいた。
「おいおい、少しは遠慮しろよ。まだ、子どもを産んだばかりなんだぜ」
「あなた、黙って」
「でもなあ、こればっかりは……」
「ここに来た時、出迎えてくれた子はなんて言った。それに落ち着いてまわりをよく見てみろ。ルナと、おまえの長女はどこにいる」
オレが指摘して、このことにようやく気づいたらしい。あわてて部屋の中を目で探し始める。
ギースの少し後に、二人の娘を連れて入って来たリディが力なく首を横に振った。
「この子たちに話を聞いたわ。探しても誰もいないわよ」
「おい、まさか。冗談だよな。俺を
「ごめんなさい。あなた」
「おいおい、どうしてだ。どうしてだよ……」
「ギース、オレに話をさせてくれ。今、必要なのは事実だけだ。余計な感情は彼女の負担になる。ゆっくりでいい。ここであった事を順を追って教えてくれないか」
「はい。昨日の昼過ぎ頃、例の商人が来ました。ポーションが少なくなった頃だろうから寄ってみたんだそうです。カイルさんに言われたとおり、リズが治ったことは秘密にしました。ポーションを受け取り、それだけで帰るはずだったんです。
でも、私のことを心配してルナちゃんが出てきた時、急に態度が変わりました。外にいた二人の男を呼んで、ルナちゃんと上の娘を無理矢理に連れて行ったんです」
「どういうことだ。借金の期限はまだ三日も先じゃないか」
「ギース、黙ってろ。オレの話を聞いてなかったのか。そいつらが娘を奪う前に偵察に来ることまでは想定内だ。これだけ手のこんだことをするんだ。旦那が戻ってくるかどうかの確認くらいはするだろう。出発する時に奥さんにも言ってある」
「そ、そうか。そうだったかな」
「金の代わりだとか言って、ポーションを山ほど置いていきました。もちろん抵抗したんですが、お腹を蹴られて……。それでも、あいつらが出て行ってからすぐ馬に乗って追いかけました」
「おまえ、その体で馬に乗ったのか」
ギースが驚いたように言った。
「私も冒険者だった頃は、あなたの隣で弓を持って戦ったのよ。でも、追いつく前に破水してしまって、引き返すしかありませんでした。それから一昼夜寝こんで、陣痛が始まったのが今日の昼頃。後はカイルさんも知ってのとおりです」
「俺はバカだ。悪かった、本当に悪かった。おまえがそんな目にあっているなんて知りもせずに、一人で浮かれてた。このとおりだ。許してくれ」
ギースが膝をつき、ベッドの縁にすがるようにして頭を下げた。
憎めない男だ。たっぷり文句を言ってやるつもりだったが、そんな気も失せた。こいつは、これでいいんだろう。
「そいつらは何か言っていたか」
「こいつは凄い、とか。こいつさえいれば、もうどうでもいい、とか。あいつらの狙いは私たちの娘よりも、むしろルナちゃんでした。それは間違いありません」
「どうして、ルナを……」
なんだ、なんなんだ。それは。
オレはわからなくなった。あれだけ手間をかけてギースの娘を手に入れようとしていたのに、どうでもいい? 非合法な手段を使ってまで拉致する価値が、ルナにあるのか。
ルナは、ただの痩せっぽちの少女だ。そのうち美人にはなるかもしれない。でも、少なくとも今は人買いが血眼になって欲しがるような子じゃないはずだ。
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