治療

 オレは着地した場所で、ズボンのホコリを払った。

 これでハッキリとわかった。オレの新しい能力は、巨体を誇るモンスター相手には圧倒的な力を発揮する。

 反転させた回復魔法は、対象のどこか一か所でも触れることができればどんな敵でも確実に倒せる。剣で斬りつけたくらいではビクともしないサーベルタイガーも、このとおり一撃だ。

 逆に剣や槍で距離を取られると、リーチがないぶんやりにくい。この間は素人同然のチンピラだったから良かったが、一流の剣士が相手だったら間違いなく苦戦しただろう。


 サーベルタイガーに食い殺された死者のことも気になったが、オレは先に生存者の方へ向かうことにした。

 ゴブリンの巣穴は人間でも二、三人が入れるだけの大きさがある。上に屋根になる枝や草がかぶさっていたはずだが、それは攻撃魔法で焼き払ってしまったようだ。


「坊や、いったい何をしたの」

 生き残った女戦士が、巣穴のふちに寄りかかりながら聞いてきた。まだ、頭の中が整理できていないようだ。


 オレは縁からずり落ちるようにして、おチョコ型にくぼんだ巣穴の中に入った。


 エルフだな。尖った耳の先ですぐにわかる。

 金色の髪と青い瞳。エルフは人間よりも視力がいいから、ギルドに登録している冒険者のほとんどが弓使いだ。

 それにしても誰だろう。どこかで見た記憶がある。


「坊や。坊やって、もしかしてギルドで会った……」


「リディ」


 不意に、その名前が口をついて出た。

 思い出した。子どもの体にされたばかりの時に、ギルドでオレをかばってくれた冒険者だ。確か、『双頭の銀鷲』にスカウトされていたはずだ。


 おやっ。

 オレはリディの様子がおかしいのに気づいた。

 よく見ると彼女には左足がついていなかった。サーベルタイガーに食いちぎられたのだろう。血のついた足が無造作に転がっている。

 ようやく合点がいった。いくら敵が素早くても、ベリオスが勧誘したほどの弓の名手があの距離で矢を外すわけがない。だが、片足で踏ん張れなかったとすれば外すのも当然だ。


「おおーい、カイル。大丈夫か。そっちはどうなってる」


 ギースがこっちに走ってくるのが見えた。

 一瞬迷ったが、仕方ない。彼女にはさっきの戦いを見られている。それに、これから足も治療しなきゃならない。子どものふりをしてゴマかすのは無理だ。

 オレは背伸びをしながら大きく手を振った。


「サーベルタイガーはオレが倒した。こっちに死体がある」


 ギースがモンスターの死体に気づいて立ち止まった。

「げっ、二頭もいるじゃないか。すげえ。まさか、一人で殺ったのか」


「思った以上に相性が良かった。この穴ぼこに負傷者がいる。オレは治療をしているから、その間まわりを警戒していてくれ。それと、冒険者の死体の回収を頼む。死体は女性だ。丁重に扱ってくれよ」


「わかった。ついでに、こいつらの皮も剥いでおいてやる。そういうのは得意なんだ。商品価値を下げないようにやるから安心してくれ。それで一応、確認なんだが。あいつら、もう死んでるんだよな」


「大丈夫だと思うが、心配なら剣でつついてみてくれ。おまえが食い殺されなければ死んでるってことだ」


「おいおい、冗談ならやめてくれよ。俺は気が小さいんだ」


「坊や、坊やはいったい何者なの」

 リディの耳が紫色になった。エルフは感情で耳の色が変わる。警戒、いや恐怖に近い色だ。


「怖がらなくていい。こんななりをしているが、元は同じ冒険者だ。前のパーティーではヒーラーをしていた。これから、その千切れた足を元の場所にくっつけてやる。とりあえず、そのへんに寝てくれ」


「何を言ってるの。子どもの粘土遊びじゃないのよ。見ればわかるでしょう。この足は完全に取れちゃってるわ。それに傷口も潰れてるのよ。エリクサーでもないと、治すなんて不可能だわ」

 足元にポーションの空き瓶が二つも転がっている。薬のせいで、今は痛みがないのだろう。ケガの割にはよくしゃべる。


「悪いが黙っててくれ。それにオレは、その薬の名前が大嫌いなんだ」

 オレはリディを押し倒すようにして寝かせた。


「ちょっと、ねえ。坊や。何をするの。イタズラはよしなさい」


「腰から下は、下着だけになってもらう。オレは回復術師ヒーラーだ。治療に必要のないものは見ない」


「い、いや。冗談はやめて。こんなの……」


 オレは無視して、ピッタリと閉じようとしていた腿の間を力づくで開いた。

 足を拾って、傷口を合わせる。それから呪文を唱えて、両手に魔力を集める。足と太ももを同時に治療しなければ神経はつながらない。


 もちろん切断された足を元に戻すなんて初めてだ。

 死にかけて、自分が生き延びるために細胞の声を聞いた。その経験がなければ、とても無理だっただろう。だが今では、手を触れるだけで治す方法が自然にわかる。

 治療にかかった時間は、ほんの数分だった。

 接合部分の傷口も、もううっすらとしか見えない。ただ、その部分の皮膚だけがピンク色になっている。


「もう大丈夫だ。動かしてみてくれ。たぶん治っているはずだ」


 さすがに疲れた。だが、サーベルタイガーを倒した時と違って爽快感がある。やはり殺すより、治す方がずっといい。


 リディは恐る恐る足を動かした。

「これ、どういうこと」


「ヒーラーを舐めるなってことだ」


 力を使い尽くしたオレは、散らばっているポーションの瓶の破片を避けて、その場にごろんと寝転がった。

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