6 双頭の銀鷲
遺体
「おい、カイル。起きてくれ。もう日が暮れちまったぜ」
高い所からギースの声がした。
何か柔らかい物の上に寝ている。目の前にあるのは、焚き火か。パチパチと火のはぜる音がする。
「それにしても、よく寝るな。さすがにちょっと普通じゃないぜ」
「オレは今、成長期なんだよ。そんなことより遺体はどうだった。ギルドまで持ち帰れそうか」
「ああ。腹は食い破られてるが、顔は意外に綺麗だった。それで、そのことなんだが……」
「どうした」
「あのね。あの人は、たぶんあなたが知っている人だと思うの」
ギースとは違う声だ。ん、そうか。リディか。
頭を動かしてみて、ようやく彼女に膝枕をされていることに気づいた。どうやら、よほどよく眠っていたらしい。
「ケガしたばかりなのに、悪い。足はもう痛くないのか」
「ううん、むしろ幸せな気分。あなたにもらった足だもの。こういう時にこそ使わないとね。おかげで私も、ポーションに頼るのがいけないって思うようになったわ。痛みが麻痺してるって、本当は怖いことなのよね」
オレは、リディの手を借りなら体を起こした。
空には綺麗な月が出ている。森の空気が澄んでいるからだろう。ルナと出会ったあの晩よりは少し痩せているだろうか。
ギースが布を被せた人形の膨らみを指さした。
「遺体はそこにある。確かめてくれ」
戦闘があった場所からは、すでに移動しているようだった。
これも冒険者の基本だ。モンスターの死体で埋まった場所には、それを食うために必ず別のモンスターが集まってくる。今頃あの場所は、ゴブリンの死体を食う連中でにぎわっているだろう。
オレは軽く手を合わせてから、布をそっとめくった。
「おい、まさか……」
声が震えているのが自分にもわかった。
目を閉じ、唇は色を失っていたが、それは俺がよく知った顔だった。
「ジェニイ。おいおい、冗談だろう。おまえがどうしてこんな所にいるんだ」
何日か前、酒場で会ったばかりだ。あの夜。勝手にオレが始めた送別会で、ジェニイは最後までオレに謝っていた。
ギースが俺の肩に大きな手を置いた。
「残念だったな」
「おまえも冒険者だったら知ってるだろう。ジェニイは、『双頭の銀鷲』の優秀な魔法使いだった。特に炎系統の魔法はすごかったぜ。あそこにあったゴブリンの巣穴を丸焼きにしたのも、たぶんジェニイだ。
でもな、これが笑っちまうんだ。虫が大嫌いで、毛虫が一匹出たくらいですぐに大騒ぎするんだ。林檎の木を丸ごと一本燃やしたこともある。なあ、とんでもないバカだろう。笑えよ。笑ってくれよ……」
ポタッ。ジェニイの頬に水の粒が落ちた。
子どもってのは、どうしてすぐに泣くんだろう。ただ思い出を語っているだけなのに、勝手に涙があふれてくる。
「彼女は最後まで勇敢だったわ。私が足をやられて動けなくなったのを見て、戻って来てくれたの。サーベルタイガーとじゃ、相性が最悪なのに。あんなに素早いモンスターに攻撃魔法なんて当たるわけないわ」
「何があったんだ」
「最悪よ。本当に最悪。ゴブリンの集落を襲って皆殺しにしていた時、血の臭いに誘われてサーベルタイガーの子どもが寄ってきたの。それを捕らえて、親をおびき寄せようとしたのよ。
戦う場所だって慎重に選ばなきゃいけないのに、何をあせったのか、その場で子どもを傷つけて……わかるでしょう。親が二頭とも出てくるなんて思わなかったのよ。フォーメーションはバラバラ、攻撃魔法は当たらないし、剣は届かない。リーダーのベリオスが負傷したら、みんなすぐに逃げ出したわ。足をやられた私まで置き去りにしてね。でも、ジェニイだけは助けに戻って来てくれた……」
「それで、殺されたのか」
リディはうなずいた。
「私のせいだわ。でも、信じられる。あの連中。私たちは置き去りにした癖に、ゴブリンの耳と殺したサーベルタイガーの子どもだけは持って行ったのよ」
「なんだって」
「ジェニイが言ってたわ。カインがいたら、こうはならなかったって。あの人はいつも冷静だったって。ごめんねって。ずっとあなたに謝ってた」
「バカ野郎……」
買いかぶりすぎだ。
次に会うことがあったら、楽しい話題で笑わせてくれ。そう言ったはずだ。泣かせてどうする。
「『双頭の銀鷲』も落ちたもんだな。あんたのいた頃は、俺たち冒険者の憧れだった。いつかあんなパーティーに入りたい。みんな、そう思ってたもんさ」
オレは、ジェニイの体にかけてあった布を取り去った。噛み砕かれ、ほとんど分断された胴体があらわになる。
「オレの力じゃ、死んだ人間を生き返らせることはできない。だからせめて、できるだけ綺麗にしてやろう。仲間を救った英雄としてギルドに還してやるんだ」
「ああ、そうだな。それがいい」
ギースが静かに同意した。
鎮魂歌ってやつがあるらしい。歌詞は知らない。だが、メロディーは葬式で聞いたことがある。
オレはそのメロディーを思い出しながら、死んだ体に魔力を注ぎこんだ。もちろん反応はない。だがオレにはジェニイの死に顔が、ほんの少しだけ微笑んだような気がしていた。
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