ベリオス
※ ※ ※
ギルドのある一番近い街まで、例の荷馬車で二日かかった。
ギースが手綱を取り、オレとリディが荷台に乗る。仲間の遺体は布にくるんで、ずれないように紐でくくりつけた。戦利品はサーベルタイガーの毛皮が二枚と見事な白い牙。ギースの借金を払うためには十分すぎる戦果だ。
「私を、あなたたちのパーティーに入れてくれない」
馬車を止めて昼食をとっている時、リディが申し出た。
「いきなりパーティーって言われてもな。カイルは子どもだから冒険者登録できないし……でもちょっと待てよ。おまえが入って二人になれば、登録だけならできるか」
「もう元のパーティーには戻りたくないのよ。もちろん双頭の銀鷲もだけど。前にいた所にもね。強引に引き抜こうとしたのはベリオスだけど、それを後押ししたのは前の仲間よ。嫌だって言ってるのに。べリオスには借りがあるから一回だけ頼むとか、ちょっとだけとか……」
「そういうの俺にも記憶にあるぜ。うちのカミさんにも、最初は拝み倒して寝床に入れてもらったんだ。エルフは情が深いからな。一回だけって約束が、いつの間にかガキが四人に増えちまった」
バチン。下品な冗談の報いに、平手打ちが飛ぶ。
「おお、痛え。言っとくが、うちのカミさんはもっと美人だからな。俺はまだ耳の先っぽが青いエルフには興味がないんだ」
やれやれだ。
オレは介入しないことにした。そういう話題は、子どもには荷が重い。
「カイル、あなたはどうなの? もちろん、パーティーの話よ」
「オレもまだ、子どもになったばかりだからな。今は目の前のことだけで精一杯だ。先のことは後で考えよう」
「あなたが言うならそれでもいいわ。でも、覚えておいて。私はあなたに命を救われたのよ。私は、あなたのためなら何でもする」
「それは俺も同じだ。あんたには返しきれない恩がある」
目的の都市に着くと、オレたちは真っ直ぐにギルドに向かった。
オレも何度か来たことがあるから迷うことはない。ジェニイの遺体はギルドの入口で職員に預けた。ギルドには霊安室もある。戦闘で仲間が死ぬと、とりあえずはそこに預けることになっている。
オレたちが報告のためにギルドの責任者を待っていると、掲示板のある方でざわめきが起こった。ギルドに所属している冒険者には保険がかけられている。仲間が失踪した場合は、自動的に捜索のためのクエストが発生する仕組みだ。
オレたちの到着で早速それが書き替えられた。リディは生還。ジェニイは死亡。『双頭の銀鷲』のメンバーだけに注目度は大きい。
「リディ、リディだって」
血相を変えて俺たちの方に向かって来る男がいた。
ベリオスだ。やつれているせいか、銀髪の貴公子と呼ばれた面影は消えている。
「無事でよかった。頼む、証言してくれ。俺たちは二人を見捨てたわけじゃない。すぐにあの場所に助けに戻ったんだ。その時にはもう、誰もいなかった。本当だ」
なるほど。勝手にストーリーを考えたな。
リディが生きているということは、あの場から逃げ出したからだ。そう思いこんでいる。サーベルタイガーと戦って勝った可能性は、想像の遥か外だろう。
「それはおかしいわね。私はあの後もあそこにいたけど、あなたたちは誰も迎えには来なかったわ」
「あ、あのサーベルタイガーはどうした。まさか自分からどこかに行ったのか」
「いいや、二頭ともちゃんと討伐したぜ。目撃者は俺だ」
「う、嘘だ。Sランクの俺たちだって無理だったんだ。たぶんカインがいたって同じだ。それを二頭も同時に倒すなんて……」
「最強の男が助っ人になってくれたのさ。別に信じなくてもいいぜ。冒険者じゃないから連れて来ちゃいないが、そいつがほとんど一人で倒しちまった」
「誰だ。そいつは」
「名乗りたくないんだってよ。だが、倒したって証拠はある。サーベルタイガーのふわふわの毛皮だ。傷ひとつない超高級品だぜ」
ギースが得意げに毛皮の入った袋をたたいた。
それを見て、ベリオスの目の色が急に変わった。
「お、おい。それを俺によこせ。サーベルタイガーは『双頭の銀鷲』の獲物だ。先に戦ったのも俺たちだ。それにそのせいで、仲間だって失ったんだ。持ち帰ったのが誰だとしても、権利はこっちにある」
「それを、ジェニイにも言えるかしら」
「ジェニイ……」
ベリオスは言葉を詰まらせた。
「いいじゃない。ゴブリンの耳をたくさん持ち帰ったんでしょう。あなたにはそれがお似合いよ。小銭に替えてもらってさっさと帰りなさい。ジェニイの名誉のためにも、あの時にあそこで何があったのか。ギルドの責任者にきちんと話しておくわ」
「やめろ、やめてくれ。俺には金が必要なんだ。金ために大事な友達だって裏切ったんだ。『双頭の銀鷲』がなくなったら、もう稼げなくなる」
「俺はもう、終わってると思うぜ。あんたはひとりで傭兵でもやってりゃいいんだ。パーティーの仲間を守れない奴には、冒険者の資格はない」
「この野郎……」
ベリオスが振り上げたこぶしは、別の男につかまれた。
黒い服。胸に金糸で縁取ったギルドの紋章がついている。ギルドマスター。ここの責任者だ。
「ここでの暴力は許されていない。ベリオス君、君は前途有望な人物だと思っていたが、私の見こみ違いだったようだな。ところで、さっきの話は私にも興味がある。君は金のために友達を裏切ったとか。まさか行方不明のご友人、カイン君のことではないかね」
「ち、違う。俺はやってない」
「まあいい。調べればそのうちわかることだ。これから私は、ここにいる二人と話がある。残念だが、君にさける時間はない。お引き取り願おう」
不意に、ベリオスと目が合った。まともじゃない。何がこいつを変えたのか。金か。そんなに困っていたのか。どうして相談してくれなかった。頭の中に、様々なことが浮かんでは消える。
「お、おいっ。見たか。このガキが今、俺を憐みの目で見たぞ。間違いない。俺に対する侮辱だ。こんな侮辱を許せるか!」
「誰か、この男を連れて行け。私に二度と近づけるな」
ギルドマスターの命令で、ベリオスは何人もの男に腕をつかまれて連れて行かれた。
憎んでもいいのかもしれない。いや、ジェニイのためなら、むしろ憎むべきだろう。だがオレには、ベリオスの後ろ姿に悲しい影しか感じることができなかった。
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