7 陰謀

ギルドマスター

「お待たせしたね。さあ、来たまえ。私の部屋で話をしよう」


 この街のギルドマスターは四十代後半くらいの品のいい男だった。髪は茶色。鼻の下に蓄えた髭がある。


「あのう、この坊主も一緒に行っていいでしょうか」

 ギースが俺を遠慮がちに見てから言った。


「これから少し、腹を割った話をしたい。悪いが、子どもには遠慮してもらおう。ここは安全だが、気になるなら世話をする人間をつける」


「それはわかるんですが、その……こいつは特別でしてね」


 ギルドマスターは片方だけ眉を上げた。

「特別?」


「その、なんて言うか。そうだ、こいつは俺の甥っ子なんですが。特別な雰囲気のある奴なんです。例の最強の助っ人ってのも、こいつがその男に気に入られたおかげなんでして。そうでもなけりゃ、簡単に手伝ってくれるような人間じゃありません」


「つまり、特別な運を持っている子どもってことかね」


「まあ、そういうことでして……」


「なるほど。ゲンを担ぐのも冒険者のさがというものだ。それならば理解できる。そこの君、どうだい。今から大事な話をするんだが、秘密を守ってくれるなら、おじさんたちとの同席を許可しよう」


 オレは、この時とばかりに猫をかぶった。

「うん、いいよ。一人で待ってるのは退屈だもの。おじさんたちの話を聞きたいな。でも、邪魔はしないよ。僕は聞き分けのいい子だって、お父さんが言ってる」


「なるほど。面白い子だ」

 ギルドマスターは表情をほころばせた。


「いいだろう。ついて来なさい」



 俺たちはギルドマスターの個室に案内され、そこで事情聴取を受けた。

 ギルドでは仲間を見捨てて逃げるのは最低の行為だと糾弾される。ひととおりの説明が済むと、彼は記録を取っていた事務員に手で合図をした。


「もういい。退席してくれ」


 部屋にはギルドマスターとオレたちだけが残された。

 彼は自分のデスクから立ち上がると、自分も向かい合わせのソファーに座った。


「ここからはオフレコの話だ。まず今回の件だが、『双頭の銀鷲』には虚偽の報告と仲間の放置について重大なペナルティが課されることになる。Sランクの資格を剥奪し、パーティーの解散を命じるつもりだ」


 リディが尖った耳をわずかに動かした。

「私には、軽すぎるように思えますけどね。まあ、いいわ。忘れましょう。あのパーティーにもいい人はいたし……。ジェニイはもちろんだけど、もう一人の魔法使い。シエラも悪い人じゃなかったわ。ただしベリオスとテッドって戦士はクソ。あんな奴は呪われればいい」


「君のように美しい女性がそんなに汚い言葉を使わない方がいい。それより賞金の話は、本当にいいのかね。ジェニイの遺体を持ち帰った報酬は正式なクエストでのものだ。遠慮する必要はないんだぞ」


「ジェニイとは少し話もしたの。故郷に仕送りをしている弟がいるって。お金は彼に渡してあげて」

 本当はオレが聞いていたことだ。五年も一緒にいれば、控え目な性格でもそれくらいの話はする。


「わかった。そのようにしよう。全く、『双頭の銀鷲』にもその気持ちの半分でもあれば悲劇は防げたろうに……。知っているかね。あのパーティーは結成以来、誰一人として死者を出していなかった。もちろん引退や移籍による入れ替わりはあったが、危険度の高いクエストを受けるSランクのパーティーとしては稀有のことだ」


「冒険者なら誰でも知っています。あのパーティーには、カインがいたからでしょう」


 ギルドマスターは大きくうなずいた。

「ああ、実に惜しい人材を失ったものだ。回復術師に対する不当な扱いは我々ギルドも憂慮しているところだ。ベリオス君も今頃、後悔しているだろう。目先の金に目がくらんだにしても、失ったものがあまりにも多すぎる」


「目先のお金って、どういうことですか」


「回復術師が世間から消えつつある理由は二つある。ひとつは万能ポーションのせいで、その仕事を奪われたからだ。だが、それだけではない。カイン君ほどの人間であれば、回復術師以外の部分でも十分に貢献できる。それはベリオス君もわかっていたはずだ。

 あまり知られていない話だが、実はポーションを扱っている商人たちが回復術師のいないパーティーに報奨金を出しているのだ。ランクに応じて金額は変わるが、Sランクだと年に三千シルクになるらしい。どうだ、おかしいとは思わんかね。ポーションを売るために報奨金を出すのはわかるが、あまりにも額が大きすぎる。これでは完全に赤字だ」


「それを、どうして俺たちに話すんです」

 ギースが探るように言った。


「正直に言おう。君たちに協力した凄腕の傭兵とやらが気になるからだ。さっきの話だと君の住んでいる村で出会ったそうだな。話をしているうちに意気投合して、モンスターハントを計画した。あの森に行ったのも、『双頭の銀鷲』に出会ったのも偶然だ。

 偶然が多すぎる気はするが、それはそれでいい。問題は、あのサーベルタイガーの毛皮だ。あのサイズなのに傷ひとつない。それも二頭ともだ。あれをどうやって倒したんだと思う」


「もちろん剣に決まってるじゃないですか。俺はただ、傷口に沿って皮を剥いだだけです」


「それが本当なら、サーベルタイガーをひっくり返して腹だけに剣を突き立てたことになる。それが、どんなにとんでもない話かわかるかね」


「さあね。そういう質問はやった奴にでも聞いてください。

 俺はこれから金を持って帰らなきゃいけないんだ。あいつが倒して、俺がギルドで換金する。手数料は二十五パーセント。それが、あいつと約束です。リディを助けたのもそいつだ。なあ、それで間違いないよな」


「間違いないわ」

 すかさずリディが援護した。


 サーベルタイガーを架空の人間が倒したことにするのは、元々は俺のアイディアだった。適当にゴマかすつもりだったが、まさかギルドマスター本人が興味を持つとは思わなかった。


「その人物の名前を教えてくれないか。できれば会ってみたい」


 こうなったら仕方がない。

 俺は、子どもならどんな顔をするかを考えた。


「おじさんは、自分の名前を誰にも教えるなって言ってたよ。人を助けたとか、自慢するのは嫌いなんだって。おじさんは正義の味方なんだ。僕はおじさんとの約束を絶対に守る」


「お、おう。そうだ。あいつは確かにそう言ってたな」


 ギルドマスターは大きな声で笑った。

「ふはははっ、正義の味方か。なるほど、よくわかった。会いたくないのなら仕方がない。その人物のことは謎のままにしておこう。だが、その人物は間違いなく存在している。悪いが、ギース君の実力ではサーベルタイガーを倒すのは無理だ。

 私は期待していたのだ。その傭兵が、カイン君なら良いとね。私が知る限り、カイン君は武器を持たない条件でなら最強の男だ。傷ひとつない毛皮を見てもしやと思った。だが、それでもだ。素手でサーベルタイガーを倒すことは不可能だ。私にもわかっているのだよ。だから、その男に伝えてほしい。ギルドにも、こういう変わった考え方の人間がいる。今はそれだけでいい」


「おじさんに、そう伝えるよ」


「そうだな、坊や。よろしく頼む」


 部屋を出て行く時、ギルドマスターは腰をかがめてオレの頭をなでた。気づかれたかな。頭に触れられた瞬間、理由もなくそう思った。


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