凶獣
森との境界のあたりで、オレはギースに起こしてもらった。
かなり眠ったはずだが、それでも寝足りない気がする。ギースが荷馬車から馬を外すと、オレたちは森の奥へと進んでいった。
馬は荷物の運搬用に連れて行った。ここからは道らしい道はないから、荷車を繋いだままでは進めない。ギースが馬の手綱に持ったまま歩く。
不思議なことに、途中まではモンスターに全く遭遇しなかった。鹿や、ちょっとした小動物を見かけたくらいだ。
「ずいぶんと静かだな。ここはいつもこうなのか」
「いいや、俺でもこんなのは初めてだ。この森はゴブリンの巣がいくつもある。奴らはナワバリ意識が強いから、人間の臭いを嗅ぐとすぐに襲ってくるはずだ」
「先に、どこかのパーティーが森に入っているのかもしれないな。まあいい。とにかく急ごう。ゴブリンはともかく、サーベルタイガーはレアだ。借金の期日から考えると、タイムリミットは三日ってところだ。それまでに見つからなければ撤退するしかない」
「わかってる。その時は荷物をまとめて、さっさと夜逃げでもするさ。あんたにこれ以上迷惑はかけない」
二時間ほど歩いたが、サーベルタイガーの痕跡は何も見つからなかった。
もうすぐ日が暮れる。野宿をするのに適当な場所を探そうとしていた時、俺たちは突然、空気を切り裂くような女性の悲鳴を聞いた。
「おいっ、ギース。向こうだ。オレが先に行く。おまえはその辺の木に馬を繋いでから来てくれ」
「カイル、剣はいいのか」
「必要ない」
どうせこの体じゃ重たい剣は振り回せない。そもそも指が短くて握れない。仮に持てたとしても、重心が狂って体の方がひっくり返る。
オレは木の間を縫いながら、跳ぶように走った。
体は小さくなったが、脚力や握力はあまり変わっていない。軽い体はひと蹴りで驚くほど高く、遠くに跳ぶ。
人間離れした素早さ。それが今の俺の武器だ。
目の前が急に開けた。焼け焦げたような臭い。森の中にぽっかりと広場のような空間が広がっている。
ゴブリンの集落だな。いや、その成れの果てか。
無数の小型モンスターの死骸が散乱している。悲鳴の主はすぐに見つかった。いや過去形で、主だったと言った方がいいか。
広場の中心に近いところで、女性の白い脚がぶらぶらと揺れている。そして胴体は巨大な牙に貫かれていた。サーベルタイガー、それも成獣だ。真っ白な毛皮に血の赤い色が混じっている。
オレはその後ろにも、もう一頭のサーベルタイガーを見つけた。
驚いた。奴らは基本的には群れを作らないモンスターだ。共同して狩りをするなんて聞いたことがない。
「坊や、こっちに来ちゃだめ!」
もうひとつの声に、俺はハッとした。
ゴブリンの巣穴に隠れていた人影が立ち上がる。弓を持った女戦士だ。オレを逃がす隙を作ってくれたつもりだろう。それに気づいたように、もう一頭のサーベルタイガーも顎を上げる。
間に合うか。オレとサーベルタイガー。彼女までの距離は向こうの方が近い。くそっ、無理だ。いや、無理でもいい。走れ。余計なことは考えるな。
オレは全力で駆けた。
単純な競争なら間に合わなかったかもしれない。だが奴は、すばしっこく動くオレの方にに興味を持ったらしい。その巨体をほとんど速度を落とさずに曲がり、目標を変えてオレの方に向かってきた。
「逃げて!」
悲痛な声と共に矢が放たれた。
矢はモンスターをかすめただけだった。だが、その一瞬で生まれたわずかな隙をオレは見逃さなかった。
体ごとぶつけるようにして相手の間合いに飛びこみ、右手で横っ腹に魔法を打ちこむ。ドス黒く反転させた回復魔法を受けて、サーベルタイガーが全身をぶるっと振るわせた。
外見の変化はそれだけだった。だが俺は知っている。今、奴の体の中で魔法が暴れている。内臓や筋肉組織を内側から破壊し始めているはずだ。
サーベルタイガーは、それを最後に急に動かなくなった。もう、こいつの息の根は止まっている。後は勝手に倒れるまで放っておけばいい。
飛び下がって着地すると、オレはもう一頭のサーベルタイガーに向かい合った。
仲間が動きを止めたのはなぜか。奴にそれを理解するだけの知性があったとは思えない。
だがそいつは、オレを新たな脅威だとは認識したようだった。首を振って
正面からぶつかった場合、最短距離で接触できるのは額だ。
オレは爪と牙を避けるように飛び上がりながら、両手をモンスターの額について、そのまま股を広げて飛び越えた。
まるで軽業師だな。
こんな戦い方をする日が来るとは思わなかった。
だが、確かに手応えはあった。そいつは前のめりに倒れると、そのまま動かなくなった。脳を破壊したからだろう。さっきよりも反応が早い。
最初に魔力を撃ち込んだ一頭も、遅れてようやく横に倒れた。大きな音と共に砂ぼこりが舞う。
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