家族
馬車で三日も行くと、ギースの家族が住む村に着いた。
この国の集落は都市だけでなく、村も
「おぉーい。帰ったぞぅ」
馬車を木に繋ぎながらギースが大声で呼んだ。
「お父さん、お父さんだよ!」
家の中からすぐに反応がある。馬をつなぐ縄を結び終わらないうちに、ギースは二人の子どもに飛びつかれた。二人とも女の子だ。
「おいおい、待ってくれ。今日はお客さんもいるんだ。この小っちゃいのがカイン。女の子がルナだ。おいっ、チョロチョロするな。ちゃんとあいさつしろ」
「はあい」
大きい方の子は俺たちの前に立ったが、小さい子は逆にギースの後ろに隠れた。
「私はサリー、九才。あなたはだあれ」
「ルナ。十二才」
驚いた。オレは勝手に十才くらいかと思っていた。食生活が貧しかったせいで発育が悪いのかもしれない。
「あなたは?」
「あっ、ああ。オレか。えっと八才だ」
「オレか……だって。まるでお父さんみたい」
オレは初対面でいきなり笑われた。
ギースが小さい娘の肩を押し出すように前に出した。
「ほら、隠れてないでごあいさつしろ」
「ニーナ、三才」
「よおし、よくできたな。下のお姉ちゃんは元気だったか」
「ううん。ずっと寝てる。たまに苦しそうにしてるし……ほとんど話してくれないの」
「そうか、えらいぞ。お姉ちゃんをよく守ってくれたな」
ギースは娘の頭を撫でた。なんだ、いい親父じゃないか。
遅れて、美しい長身の女性が家の中から出てきた。妊娠しているんだろう。大きなお腹を左手で押さえるようにしている。
彼女の耳は大きく横に張り出していて、先の方が尖っていた。
奥さんがエルフだとすると、子どもはハーフエルフか。耳の特徴は成長につれてハッキリしてくるから、外見からはまだわからない。
「あなた、お帰りなさい」
「なんだ、その腹。まさか他の男と……」
「バカね。何か月ぶりに戻ってきたと思ってるの。数えてごらんなさい。あなたの子よ」
「お、おっ。そうか、そうか」
「感動の再会に水を差して悪いんだが、早く患者のところに連れて行ってくれないか」
「あなた、この子たちは?」
「後で話す。それよりリズのベッドに案内してくれ。こいつなら、リズを治してやれるかもしれないんだ」
「この小さな男の子が? どういうこと」
ギースの奥さんは驚いたように目を丸くした。
まあ、当然の反応だ。説明はギースに任せて、オレはルナに待っているように言い含めた。
「あの子たちと遊んでいてやってくれ」
「うん。わかった」
「頼むぞ。ルナがいちばんお姉さんなんだからな」
オレは日当たりのいい小さな部屋に案内された。
入った途端に異臭がする。腐敗臭というよりも死臭というやつに近い。それがベッドのある場所から漂っているものだと知って、そこにある物はもう死んでいるのではないかと思った。
だが、微かに呼吸をする音がする。恐る恐る近づくと、それはまだ確かに生きていた。体は真っ黒で、ミイラのように痩せ細っていた。落ちくぼんだ眼窩に乾いた瞼が貼りついている。
「何も食べないので、ポーションを少しずつ、口に含ませています。二日に一本。でも、それもほとんどなくなって……。どうしようかと途方に暮れていたところです」
「治せるか?」
ギースが恐る恐る聞いてきた。
「治してほしいんだろう。手が空いているなら服を脱がせてくれ。上だけでいい。後は自分でやる」
オレはベッドによじ登ると、布団越しにギースの娘にまたがった。
ひどいな。皮膚が硬く変質している。これもエルフの生命力か。こんなになっているのに、よく生きていたもんだ。
幼い女の子の皮膚は所々がピンク色に
こんな症状はオレも今まで見たことがなかった。
「家族や村の人間で、誰か似たような症状になった人はいるのか」
「いいえ。それにエルフは普通の人間よりも体が丈夫です。この子も風邪ひとつひいたことがありません」
伝染病じゃないみたいだな。まあいい。やることは決まっている。
オレはアバラの浮いた胸に両手を置いた。
呪文を唱えて魔力を体にめぐらせる。あの時の感覚だ。瀕死の肉体を分解して、再構築した感覚。輝きを失ったルナの瞳を取り戻した感覚。正常な状態は体自身が覚えている。肉体の声を聞け。下手に手を加えようとするな。必要な場所に魔力を与えてやればいい。
ギースの娘の体が、ぼうっと光り始めた。
「リズ、リズ……」
それを見て、母親が娘の手を握った。
「手を放せ。魔力の流れが乱れる」
非常なようだが今は治療中だ。
オレは自分に暗示をかけた。大丈夫。手応えはある。オレは世界一の回復術師だ。絶対に治せる。治せないわけがない。
突然、彼女の体が痙攣したように動いた。唇が震える。
ケホッ。息と一緒に泥のように濁った唾を吐く。
「おい、おまえ。見ろ。リズが、リズが目を開くぞ」
ギースが震える声で言った。
よし、これでいい。やれることはやった。
オレは、そのままゴロンと寝ころんだ。全身の力が抜けてしまったような気がする。だが、満足感もあった。子どもの横顔を、こういう角度で見るのも新鮮だ。
「おかあさん、おとうさん……」
「おい、聞いたか。おまえ。しゃべったぞ。リズがしゃべったぞ」
「聞いてるわ。聞いてるわよ。バカね。そんなにはしゃいで。まるでこの子が初めてしゃべった時みたい」
ギースの奥さんは、涙目でオレに許可を求めてから娘の手を握った。
「もう大丈夫よ。このお兄さんが治してくれたから」
ざまあみろ。オレはおまえに勝ったぞ。
オレは横にあるテーブルに置いてあるポーションの空き瓶を眺めながら、自然に笑いがこみ上げてくるのを感じていた。
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