4 ハーフエルフの娘
ギース
「まだ名乗ってなかったな。今さらだが、俺の名前はギースだ。パーティーを抜けて今日からソロになった。よろしく頼む」
ギースは一度ひとりで都市に行ってから、中古の荷馬車を買って戻ってきた。
オレとルナは
オレたちはその馬車で半日ほど街道沿いを進み、暗くなったところで適当な場所を探して野宿することにした。
焚き火で、お互いの顔が赤く照らされている。
ギースは熱した鍋の底にベーコンを押しつけて脂を回してから、卵を割って落とした。冒険者は普通、料理を浅めの鍋ひとつだけでやる。
「おまえ。本当に自分のパーティーをやめたのか」
「あんたみたいに、十年も同じパーティーにいた人間にはわからないだろうな。休暇で半月くらい家に帰せって言ったら、あっさりとクビになっちまった。いいんだよ。仕事が一段落するまで待ってたら娘が死んじまう。それよりカイン。かわいい顔をしてる癖に、そのオヤジ臭い言い方。どうにかならないのか」
つい半日前までは殺し合おうって仲だったのに、遠慮のない男だ。だがまあ、その方が気楽といえば気楽だ。
「カインは失踪中だ。オレのことはカイルって呼んでくれ。それと、言い方のことは我慢しろ。おまえとルナの前では素顔のままでいく。他の人間がいるところでは猫をかぶる。とりあえずそう決めた」
「面倒臭いな」
「嫌なら、おまえがもっと上手い方法を考えろ」
「わかったよ。俺はあんたに従う」
「ルナもいいか」
「うん。どっちも同じカイルだもの。私はそれでいい」
ルナはベーコンと卵が焼けていくのを不思議そうに見つめている。
「それなら決まりだ。ギース、いいな。オレの正体は絶対に秘密だぞ。他の人間に紹介する時は、ルナの弟ってことにする。髪の色が違うのは本当は血が繋がっていないからだ。助け合いながら、姉弟みたいに育ったっていう設定でどうだ」
「泣ける話だ。いいと思うぜ」
「オレも本当の妹みたいに感じてる。最初は、ルナは自分がお姉さんのつもりだったらしいけどな。ひと晩一緒に寝ただけだが、あの夜ことは一生忘れない」
「ええっ、おい、待てよ。本気か。まさかこんな子どもにまで手を出してたなんて……」
「殺してやろうか」
オレの冷えた声に、ギースはあわてたようだった。
「い、いや。悪かった。そうだ、そうだよな。あんたがそんな変態なわけがない。冗談だよ、冗談。本気にしないでくれ」
意味がわからないのだろう。ルナがポカンとした顔をしている。
ギースの顔を一発くらい殴っておこうかとも思ったが、やめておいた。暴力は子どもの教育に良くない。
「オレだって、体は子どもだ。本当は大人だってことは、おまえが手綱を取っているうちに話して納得してもらった」
「兄妹って言うより親子じゃないのか」
「本当に殺すぞ」
「おお、こわっ。ほら、そろそろ出来上がりだ。焼き過ぎると焦げるぞ。このベーコンは塩気が強いから、卵と一緒に食ってくれ」
先に軽く炙っておいたパンに、ベーコンと卵をのせる。自分の分を渡されるとレナが目を丸くした。
「これ、食べてもいいの」
「おお、食え食え。今はこんな物しかないけどな。俺の家に来たら、ミートパイとかシチューとか。カミさんの手料理を腹いっぱい食わせてやる」
レナがパンを頬張るのを、ギースは嬉しそうに見つめていた。こいつも娘を持つ父親だ。悔しいが、オレよりもサマになっている。
ギースは金属のポットで温めた牛乳をカップに入れて渡してくれた。
「さっきの話なんだが、ひとつだけ疑問がある。聞いてもいいか」
「なんだ」
「どうしてあんたの正体を秘密にしなきゃならないんだ。そんな体になったんだ。誰も信用してくれないと思うのはわかる。だが、その実力だ。俺だって信じた。自分しか知らない、証拠になるようなエピソードだってあるんだろう。
双頭の銀鷲は悔しがるだろうが、あんたには非はない。告発すれば、あんたをハメたテッドって奴も裁ける。それに、Sランクパーティーに長い間いたんだ。たんまりと貯めこんでいるんだろう。名乗りを上げないことには貯金も下ろせないぜ」
確かにその通りだ。この懐具合の寂しい状況で、ギルドに預けてある金を使えないのは痛い。
「冒険者をやめたヒーラーが、今どうなっているか知っているか」
「なんだよ。急に」
「テッドの奴がオレに言ったんだ。ヒーラーは、近いうちにみんな殺されるってな。
実は、前に知り合いの何人かに手紙を出したんだが、誰からも返事が来なかった。ヒーラーが落ち目になったのは、あのポーションが出回ってからだ。オレの想像なんだが、万能ポーションには何か裏があるんじゃないかと思う。それがわかるまでは、正体を隠しておくのがいい」
「わかったよ。でも当分は、俺からの謝礼は期待するなよ。治療費は出世払いにしてもらうからな。あんたが馬に乗れないせいで、このオンボロ馬車を買う羽目になっちまった。おかげで俺の財布はスッカラカンだ」
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