覚醒
「ふざけるなっ」
感情を声にした時には、オレは行動していた。
一番近い場所にいた男が進路を塞ぐ。
そいつは剣をオレに向かって突き出していた。切先を避けて脇に潜る。ここでいつもなら、みぞおちに掌底を食わせるところだ。だが、オレの視線はせいぜい男の腰のあたりだ。背伸びして突き上げたとしても、重さも角度も足りない。
威力が欲しい。威力が、もっと威力が。
体格差を物ともせず、敵を一撃で粉砕する力が欲しい。
右手が相手の体に届こうとした瞬間、オレは不思議なイメージを見た。
テッドに手首を斬り落とされて、そこから際限なく魔力を放出している時の感覚。あの時、オレは回復魔法を反転させて、自分の体を変質させた。もし、同じことができたら。人間を治すのではなく、破壊することができたら……。
魔力をこめた会心の一撃。だが相手は微動だにしない。衝撃が全部、吸収されてしまったような気がする。
くそっ、ダメか。オレは心の中で悪態をついた。
それでも今は攻撃を続けるしかない。足を止めるな。動き続けろ。敵の剣が体に届いたら、そこで終わりだ。
大人たちの間をすり抜けながら、オレは別の男の胴体にも一撃を食らわせた。
よく観察しろ。倒れこそしないが、打撃を与えた相手の動きが止まっている。足止めするくらいの効果はあるらしい。今はそれで十分だ。
「おい、なんだ。どうした。囲め……」
敵も異変に気づいたようだった。
よし、だんだんと調子がつかめてきた。この感じだ。小さくなったせいで素早さは前よりも増している。こっちの動きに連中は目がついていっていない。
そうとわかれば後は簡単だった。
走り回り、隙を見て懐に飛びこみ、魔力をこめた掌底を食らわせてから離れる。その繰り返しだ。カカシのように動かない人間が増え、動いている人間が減る。そして最後にルナを抱えている男と、もうひとりだけが残った。
オレは残った男を睨みつけた。頬に大きな傷がある。偉そうに指示を出していたから、こいつが首領格だろう。
「このガキ。何者だ」
パン。
突然、何かが破裂するような音がした。
パン……、パン。パン。
続けて、同じ音がする。
反射的に音の出た方向を向く。その時、オレは信じられないような物を見た。
「な、なんだ。これは」
敵の親玉がうろたえたような声を漏らした。
ピシャッ。弾ける音の次には、血しぶきと肉片が地面とぶつかる音が聞こえる。
オレは瞬間的に理解した。さっきの打撃には確かに効果があった。動かなくなったのは、反転させた魔力で内側から破壊されていたからだ。そして液状になった体内の組織が、膨張に耐えられなくなった皮膚を破って破裂する。
理論では考えたことがあった。
十五年も前。まだ師匠に回復魔法を教えてもらっていた頃のことだ。その思いつきを口にした時、師匠はオレを顔の形が変わるまで殴った。それからオレは、その考え自体を封印し、そのままずっと忘れていた。
「化け物め」
「ああ、その通りだ」
オレはそいつの懐に飛びこむと、剣をかわしながら右腕にたっぷりと魔力を流しこんでやった。理論どおりなら、反転された魔力は体を勝手にめぐる。それが胴体である必要はない。
その男が破裂するのを待たずに、オレはルナを拘束している男に近づこうとした。
だが、その前に男は喉をかき切られ、悲鳴を上げながらその場に崩れ落ちた。一瞬だけ自由になったルナを、代わりに別の男が拘束する。
そいつはオレを案内してきた冒険者の男だった。ルナの首筋には、いま血を吸ったばかりの剣が押しつけられている。
「ルナを放せ」
「悪いな。これは俺にとってはチャンスなんだ。坊主を狙っていた連中は全滅した。残りは俺だけだ。最初から、娘の命を助けるためなら何でもするって決めてるんでね。子どもを殺すのは目覚めが悪いが、娘が死ぬよりはずっといい。
さあ、交渉だ。エリクサーのある場所を教えろ。坊主が強いのはわかった。俺なんかあっという間に殺しちまうかもな。でも、こっちには人質がいる。こんな小娘、喉をかき切れば一発だ」
トクン。オレの心臓が鳴った。
暴力の余韻が体に残っている。こいつも殺すか。どうせ奴は切り札であるルナを殺せない。簡単な話だ。前に足を踏み出して、体のどこかに魔力をぶちこんでやればいい。そうすれば、こいつもすぐに血と肉片になる。
「カイル、だめっ!」
ルナの声に足が止まった。それと同時に今、倒したばかりの男の体がハジける。ぴゅっ。血だか肉だかわからない物が頬についた。それでもルナは大きな瞳をしっかりと開けて、オレをまっすぐに見ている。
「キミは天使なんだよ。ルナの天使なんだよ。そんなに怖い顔をしないで。この人はさっきの人みたいに首をしめてない。ほら、声だって出てる。きっと優しい人なんだよ。だから殺さないで」
「オレは天使じゃない。オレは……」
胸が苦しい。
ルナの声でようやく気づいた。
今、オレは間違いなく悪魔になりかけた。殺戮を心から望んだ。だが、本当にそうなりたかったわけじゃない。
「オレは、人間だ。世界で一番残酷で、救いようのない生き物だ」
「それなら、私が救ってあげる。救われたら、救ってあげるの。食べ物をもらったら食べ物をあげるの。ルナは、そうしてきたよ」
「そうだな。ルナはいい子だ」
オレはその場に座りこんだ。
やばいな。師匠が止めたのもわかる。まるで憑き物が落ちた気分だ。地面に落ちた尻がやけに軽い。オレはとんでもなくちっぽけだ。
「おい、ルナを放せ。エリクサーはないが、おまえの娘はオレが治してやる。任せろ。オレは双頭の銀鷲のカインだ。少し縮んでるが、悪魔やモンスターじゃない」
その男は、口をあんぐりと開けた。
「カイン、あの有名な回復術師のカインか」
「ただの子どもじゃないことはわかったはずだ。話せば長くなる。とりあえず、場所を替えよう。ここは血と死臭でいっぱいだ。あまり子どもの教育には良くない。おまえも、そう思うだろう」
やがて、解放されたルナが駆け寄ってきた。彼女はその細い腕で、オレの首をぎゅっと抱きしめた。
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