城門
それからしばらくの間は何も話さなかった。
街は通行人が多い時間帯に入っていた。市の立つ大通りを抜けて、城門を目指す。
大人と子どもでは歩幅が全く違う。並んで歩こうとしても、どうしても遅れそうになった。だが、手をつないで歩いてもらうのも
この都市の人口は約一万五千人で、周囲を高い城壁で囲まれている。出入りできるのは日の出から日の入りまで。それも城門からしか許されない。
「これだ、これ。見えるか。ギルドの認識表だ。夕方までには戻る」
男は銀の鎖でできた腕輪を門番に見せた。鎖の間に小判型の認識票が付いている。
Bランクのパーティーだな。オレは素早く値踏みした。冒険者の上位二十パーセントにいるってことは、それなりの手練れだと思っていい。
門番がオレをじろりと見た。
「その子どもと一緒に出るんですか」
「ああ、こいつは俺の甥っ子でね。冒険者に憧れてるんで、少し外の世界を見学させてやろうと思ってな。大丈夫、自己責任だ。何かアクシデントがあっても、あんたらに迷惑はかけない」
「どうぞ。ただし必ず日暮れまでにはお戻りください」
これは門番の決まり文句だ。門番はそれきり、興味を失ったように横を向いてしまった。
正午に近いこともあって、門の前にはちょっとした行列ができていた。ギルドの認識票があればフリーパスだが、外から都市に入るためには審査が必要だ。積荷の検査を受けている商人の脇をすり抜け、オレたちは城壁の外に出た。
「ずいぶんと
男は久しぶりに声をかけてきた。
「もっと怖がった方がいいぜ。さっきも言ったが、あいつらは子どもの命なんてなんとも思ってない。交渉しようとしたって無理だ。坊主にエリクサーの在る場所を吐かせてから、二人とも殺す。だいたいそんな筋書きだろうさ」
「おじさんなら、どうにかできるんですか」
オレは少々、探りをかけてみた。
「さあ、数にもよるな。チンピラなら同時に三人までは相手にする自信がある。だがどうせ急いで雇った俺は信用されていないはずだ。それなりに数をそろえて準備しているって考えた方がいい。
俺がオススメするのは、人質を捨てて一緒に逃げるって選択だ。どうせ坊主のお友達は助からない。エリクサーは俺と坊主で山分け。それでとりあえず、坊主とウチの娘は助かる」
「そんなこと、できません」
「どうしてだ。さらった子は金髪だって聞いたぜ。坊主の髪の色は黒だ。別に本当の兄妹ってわけでもないんだろう。他人のために無駄死にするなんて、俺なら絶対にゴメンだね」
「あの子を守る。ボクはそう誓ったんです。ルナを助けるためなら、自分の命なんてどうなってもいい」
「子どもらしい健気な決心だな。だが、欠点がある。現実は物語と違ってハッピーエンドがないってことだ。なあ、坊主。いい加減に素直になりな」
「自分こそ、どうすればいいか良心に聞けばいい」
オレは思わず、そう口にしてしまった。
子どもなら絶対に言わないセリフだ。男が驚いたように目を丸くしている。
「坊主。いやあんたは、いったい何者なんだ……」
城門の外に立っていると、オレたちに向かって男が近づいてきた。
人相を見ただけでまともな人間じゃないのはわかる。ルナをさらった連中の仲間だろう。
「こっちに来い」
「人質は?」
「ほう、ガキの癖にやけに落ち着いてるじゃないか。女のガキは向こうにいる。人目のないところで話をしようじゃないか。大人しく出すものだけ出してくれれば、乱暴はしない。そうだな。アメ玉くらいならやってもいいぜ」
その男は下品に笑ってから、顎をしゃくって方向を示した。
城壁には防御の拠点となるように、等間隔に張り出した部分がある。その陰なら、騒ぎがあっても誰も気づかない。
オレは肩のあたりを叩かれた。最後のチャンスだぞ。そういう顔で冒険者の男が見ている。
もちろんオレは無視した。
だが、問題はこれからどうするかだ。素手での戦闘には自信があるが、子どもの体は圧倒的に体重とリーチが足りない。打撃は軽く、投げ技をかけようにも相手の体に手が届かない。つまり攻撃手段のほとんどを奪われているってことだ。
予想どおり、城壁の陰には十人以上の男たちが待ち構えていた。その全員が剣で武装している。ルナは縄で縛られ、監視役の男が後ろから抱きかかえていた。
「ルナを返せ」
「そいつから伝言は聞いたはずだ。先にエリクサーをよこせ。持っていなければ、隠してある場所を教えろ。話はそれからだ」
「そんな薬は知らない」
「嘘だな。こいつの片目は間違いなく失明していた。そんなものを治せる薬は世界でもエリクサーしかない。そのくらい、ガキにでもわかる理屈だ」
「ボクには、わからない」
「素直じゃないな。それならこうしよう。話が理解できるまで、この娘の指をナイフで一本ずつ落とす。エリクサーなら治せるかもしれないが、こいつには使わせない。痛いぞ。正気じゃいられなくなるかもしれない。さあ、時間はないぜ。どうする」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます