天使
※ ※ ※
目覚めた時、オレは昨日と同じ場所で粗末な布にくるまっていた。ルナはいない。だが、幸せな温もりは肌にまだ残っている。脱け出してまだ間がないんだろう。ボロ布でもルナにとっては大事な財産だ。必ずまた戻ってくる。
そうだ、確か体が縮んで……。
ハッとして、オレは自分の手を見た。
ゴツゴツした冒険者の手ではない。陽に当てると血の透けるような子どもの小さな手だ。もしかしたら、眠っているうちに元の姿に戻っているかもしれない。そんな淡い期待は一瞬で消え失せた。
「カイル、カイル」
ルナの声がした。
そうだ。カイルだ。今のオレは双頭の銀鷲のカインじゃない。浮浪児のカイルだ。
振り返ると、ルナが大きな丸いパンを抱えて走って来るところだった。
ルナは飛びこむように隣に座りこむと、オレにパンを差し出した。焼きたての、いい匂いがする。
「これ、昨日のお礼」
「どうしたんだ、これ」
「昨日の稼ぎで買ったの。盗んだんじゃないよ。物乞いはしても、盗みはしない。そう決めてるの」
「そうか……」
たった一個のパンが重い。パン屑を隠して食べるような生活で、このパンがどれだけ貴重な物か。想像するのが恐ろしい。
「難しい顔してるね。まるでお爺さんみたい」
「いや、なんでもない。ルナ、一緒に食べよう」
オレは小さな手でようやくパンを割って、大きい方の塊をルナに渡そうとした。でもルナはすぐに取り替えようとする。
「これはカイルのために買ったんだよ。小麦の真っ白なパン。たまにしか食べたことないけど、すっごく美味しいんだよ」
「わかってる。でも、オレは体が小さいからいいんだよ。ルナはもっと食べたら、もっと綺麗になる」
「きれい……」
「女の子はもともと綺麗なものなんだ。髪を洗って着替えたら、きっと見違える。そうだ、いつか必ずそうしてやる。ルナは世界で一番、綺麗な女の子になる」
「私よりも小さいのに、夢みたいなこと言うんだね」
ルナは昨日よりも伸び伸びと笑った。
「でも信じる。私は知っているもの。キミって本当は天使なんでしょう。遠い遠いところから、ルナのために来てくれたんだ」
オレは返答に困った。
「ふふふ。大丈夫、秘密なんだよね。黙っていてあげる。天使だってバレると、カイルがどこかに行ってしまいそうだもの」
オレたちは二人で並んで座って、パンを頰ばった。
美味い。ハムもチーズも野菜もない。ただそれだけなのに、オレにはそれが世界一のご馳走のように感じられた。
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