愚痴


「風に当たりながら、ひと回りして帰る」

 酒場を出た時。オレは支えようとしたベリオスを、ふらつきながら押し戻した。


「そんなに酔ってたんじゃ回復魔法も使えないだろう。餞別だ。酔い覚ましに持っていけ」


 ポーションか。

 最後の最後に、オレから仕事を奪った薬を恵んでくれるとは。ありがたくて涙が出る。突っ返してやろうかとも思ったが、もう上着のポケットに入ってしまっていた。取り出すのも面倒だ。


「たぶん使わないとは思うが、もらっとくよ」


 それで終わりだった。


 『さようなら』とか『元気でな』とかの言葉もなかった。


 Sランクパーティー『双頭の銀鷲』。その創立メンバーとしてのキャリアはそこで終った。もう会うつもりもない。たぶん向こうも同じだろう。


 歩きながら、オレは夜空に明るく光る大きな月を見上げた。


 どうしてこうなった。


 わかってる。もちろんわかってることだ。でもオレは酔うと愚痴っぽくなる。普段は気をつけているが、今夜くらいは構わないだろう。


 オレは両親の顔を知らない。八才の時までは教会の孤児院で暮らし、その後は独り暮らしの風変わりな医者に引き取られた。

 その医者は薬草や水薬は使わず、治癒魔法だけで患者を治療していた。回復術師ヒーラーという言葉を覚えたのもその頃だ。医者はオレに自分のことを師匠と呼べと言った。そして師匠はオレに持てる知識の全てをたたきこんでくれた。


 十六になった時、オレは師匠の勧めもあって冒険者になった。

 師匠の教えで既に優秀な回復術師になっていたオレは、その二年後にはギルドで知り合った仲間たちと自分たちのパーティーを組んでいた。双頭の銀鷲は目を見張るような活躍を続け、わずか四年でSランクにまでのぼりつめた。


 だが、順調にキャリアを積み重ねていた俺の人生を狂わせたのは、ガラスの小瓶に入った、ちっぽけなポーションだった。


 それまでに知られていたポーションは、ただの傷薬のようなものだった。すり傷やネンザなら、ふりかけて三日もすれば治る。飲めば元気が出る。それだけの効果しかなかった。簡単に言えば家庭の常備薬だ。だから重傷を負ってしまった場合は回復術師に頼るか、神様に祈るかしかない。誰もがそう思っていた。

 だが四、五年ほど前から出回り始めた万能ポーションがその常識を変えた。

 万能ポーションには回復魔法と同等以上の効果があった。飲めば大抵の毒は消え、振りかければ骨の見えるような傷でもすぐに塞がる。それがひと瓶、たったの銀貨一枚で買える。


 ギルドの起源はモンスターから身を守る自警団だ。

 何百年もの年月をかけて、世界中の国家と取引を繰り返しながら成長してきた。

 武器の携帯や国境も含めた移動の自由はその大きな成果だ。だが、それにともなう制限もある。


 実質的な軍隊となるのを防ぐため、ギルドに所属するパーティーの上限は五人までと決められていた。クエストの関係で複数のパーティーが連携しなければならない時にも、必ずギルドが間に入ることになっている。


 ポーションの代わりは必要ない。

 六人目は雇えない。

 そのために昔はどこでも引っ張りだこだったヒーラーの価値は暴落し、次々と職を失っていった。その順番がついに自分のところまで回ってきたってことだ。

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