Sランクパーティーを追放された最強のヒーラーは回復魔法の真価を知る

千の風

プロローグ 突然のリストラ

リストラ

「みんな聞いてくれ。大事な話がある」


 来たな。

 

 最初から変だとは思っていた。

 リーダーがオフの日に仲間を呼び出すなんて、いままで記憶にない。


 酒場の前に集合した瞬間から、いつもとはまるで空気が違っていた。仲間に話しかけても反応が鈍い。それどころかオレと視線を合わせようともしない。

 それに、かなり前に乾杯したのに誰も追加を頼もうとはしなかった。オレも、ジョッキの半分で止まっている。


「頼むから、落ち着いて聞いてくれ」

 みんなに聞いてくれと言ったのに、見ているのはオレの顔だ。他の連中の視線もオレに集まっている。


「もう十分に落ち着いているさ。どうせ、オレのことなんだろう。いつまでも蚊帳の外にいるのはごめんだ。言いたいことがあるなら、早く言えよ」


「ああ、そうだな。わかった。単刀直入に言おう。カイン、悪いがこのパーティーを辞めてくれ」

 ベリオスがようやく思い切ったように言った。


 こいつはオレたちのパーティー、『双頭の銀鷲』のリーダーだ。長身でイケメン、剣の腕は折り紙付き。大貴族の三男坊だが、気さくで人柄も悪くない。オレとはギルドに登録した時からの戦友だ。


「わかってくれ。おまえがこれまでに、どれだけこのパーティーに貢献してくれたかは知っている。でも、俺たちにだって生活がかかってるんだ。昔からの仲間って理由だけで特別扱いはできない」


「つまり、お払い箱ってことか」


「そういう言い方はしないでくれ。俺だって好きでそうしたいわけじゃない。でもこれは、他のメンバー全員の総意なんだ。この辺で身を引いてくれないか」


 参ったな。

 いつかその日は来る。前からそんな気がしていた。オレも、そろそろ三十に近い。多少は世間ってものもわかってるつもりだ。


「別にあなたが悪いわけじゃないのよ。今までに何度も助けてもらったし、そのことは感謝してる。でも、これも時代っていうのかな。あなたが優秀なのはわかってるけど、今はどこのパーティーにも回復術師はいないでしょう。その、つまり……」


「正直に言っちまえよ。時代遅れの役立たずは必要ないってな。その方が、かえって親切ってもんだぜ」

 テッドが吐き捨てるように言った。


 こいつは猪突猛進型の戦士で、怪我をすることも多い。本来なら回復術師ヒーラーの世話になる確率が最も高い男だ。

 戦士が二人、魔法使いが二人、回復術師ヒーラーが一人。それがオレたちが冒険者を始めた頃の一般的なパーティーの構成だった。それがギルドから仕事を請け負う時のチームになる。


「おい、口をつつしめ。仮にもカインは先輩だぞ」


「いいさ。ストレートに言われた方が、かえってスッキリする。オレだってわかってるつもりだ。ポーションさえあれば、もう時代遅れの回復術師ヒーラーなんて必要ないって言いたいんだろう」


 ベリオスは俺から視線をそらした。


「ああ、察してくれると助かる。ギルドに登録できるメンバーは五人までだ。ひとり減れば戦士か魔法使いがもうひとり雇える。実は、腕のいい弓使いのハーフエルフがいるんだ。飛び道具が使える奴が加われば、それだけ戦略の幅が広がる」


「全員で決めたことなら反対はしないさ。だが、ひとつだけ忠告しておくぞ。あのポーションは全部輸入品だ。おまけに製法もわからない。もし急に手に入らなくなったらどうする?」


「見苦しいぜ。自分が役に立たなくなったからって、ポーションのせいにするのかよ」


「テッド、そういう言い方はないでしょう」


「そうよ。今までカインに一番助けてもらったのは誰よ」


 二人いるパーティーの魔法使いはオレに同情してくれた。女性に優しくされると、少しは心がやわらぐ。


「綺麗事でごまかすのはやめろよ。あんたらもカインを追い出すことには賛成なんだろう」


「もういい、いいから黙っていてくれ。そのことならカインの言うことの方が正しい。俺だってわかってる。あの薬のせいで、この国はバクトラに心臓を握られてる。ポーションがなければ、軍隊だってろくに働けない。でもいいか。俺たちは王様の臣下じゃない。

 他のパーティーが使うなら、俺たちも使うだけだ。あの薬があれば戦闘中に負傷しても離脱しないで済む。それどころか、疲労を忘れて戦闘力も上がる。双頭の銀鷲がSランクを維持するためには、絶対に必要なんだ」


 それこそが危ないんだ。

 疲労や痛みが消えれば、正常な判断力を維持するのが難しくなる。戦闘中に引き時を間違えれば死につながることも多い。万能ポーションの使用が広まったここ数年、実際にパーティーの死傷率はかえって増えている。

 それに薬には必ず副作用がある。過剰な回復は人体に高揚感を与えてくれる。実際にポーションを大量に使用したせいで、依存症になった例もあるらしい。


 だがそれも、ベリオスにはわかっているだろう。

 Sランクから陥落すれば報酬が減るだけでなく、クエストの優先受注などいくつもの特権を失う。一度ランクを落としたパーティーが再び昇格するのは至難の業だ。


 忠告はした。

 少し寂しいが、これ以上オレに出来ることはない。


「言いたいことはわかった。オレはリーダーの決定に従う。なあに、心配ない。これでも結構、貯めこんでいるんだ。どこかに家でも買って医者の真似事でも始めるさ。

 おいベリオス、そう湿っぽい顔するなよ。今夜はオレが主役の送別会なんだろう。今夜は浴びるほど呑ませてもらうぞ」


 それから何杯飲んだのか数えていなかった。仲間たちと何を話したのかも覚えていない。ただ、最後まで笑顔を作り続けることだけが、回復術師ヒーラーだったオレに最後に残されたプライドだった。

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