第4回 マネージャー兼指導役の契約書
激動のクリスマスを乗り越え、間もなく新しい年を迎えようとしている頃だった。
配信部屋のPCを前にして、僕は困惑していた。
「えぇ……なにこれ。どういうこと?」
瑠璃さんのチャンネル登録者数を見て、冷や汗を流す。
「登録者数10万人超えてるんだけど。え、なにやったの瑠璃さん?」
「わかんない……」
本当に身に覚えがないのか、彼女は左右に首を振る。
初配信の時点で、同時視聴数は2,000人を超えていた。十獅郎さんとの騒動があったせいで、登録者数がいくつだったか確認できていなかった。
登録者数は未知数であったけれど、この数は異常だ。人気Vtuber海姫レンカに迫る勢いがある。
「ササヤイターで調べて――って、なんで僕炎上してるの!? #ツバメを撃ち落とし隊ってなんだ!?」
「わ、わかんない……」
「こっち見て言ってごらん?」
さっきと同じように首を振って否定するかと思いきや、瑠璃さんはつつつーっと僕から視線を逸らした。明らかになにかを知っている。
根比べだ。じーっと見つめていると、瑠璃さんの額から冷や汗がダラダラと流れ出す。
あともう少しで口を割る。そんな絶妙なタイミングで、クレオールさんが割って入ってきた。
「宜しいではありませんか。そのような些末なことは」
「いや……全然些末事ではないんだけど」
ネットの海で燕が撃たれて燃やされてるんですけど?
そんな僕の苦言は、クレオールさんにとっては埃と変わらないぐらい軽いらしい。
「チャンネル登録者数10万ともなれば、第1線級。人気Vtuberと言っても過言ではありません。過程はブラックボックスですが、大事なのは結果。そうでしょう?」
「……そうだけど、せめて僕が燃えている理由ぐらい調べたいんだけど」
僕は再びスマホを操作し、原因究明に取りかかろうとした――のだけれど、突然通信エラーが起きた。アンテナを見れば圏外。顔を上げれば、クレオールさんがスマホに似た端末を操作しているところであった。
「申し訳ございません。回線の調子が悪いようで、ネットの接続が切れてしまったようです」
「なにしてくれてんの!? ほんとに繋がんないし!」
悪びれた様子で謝っているけれど、絶対に悪いだなんて思ってはいない。どう考えても事故ではなく故意である。
文句を言うが、クレオールさんはどこ吹く風だ。繋ぎ直す気はさらさら無いらしい。
僕は諦めてスマホをポケットに仕舞う。抵抗したところで、あの手この手で調べられないようにするのが目に見えていたからだ。
「ところで、燕様。1つ、お聞きしたいことがございます」
「……? なんですか?」
からかい混じりだったクレオールさんの表情が、すっと引き締まる。
真面目な雰囲気を感じ取った僕は、ゲーミングチェアを回転させ、彼女と向き合う。
「燕様がこの城に訪れた時、最初にお願いした"瑠璃様を人気Vtuber"にするという依頼はこれで叶ったと思われます」
「そうですね」
僕は頷く。
「もし、燕様が望むのであれば、依頼達成ということでご自宅に帰っていただくこともできます。無論、私としましては、このまま瑠璃様のマネージャー兼指導役として残っていただきたいですが、ここまでしていただいた燕様のお気持ちを無碍にはできません。いかがでしょうか?」
この城に残り、瑠璃さんのVtuber活動に協力するか。
もしくは、日本に帰り、日常生活を取り戻すか。
なぁなぁとまではいかないまでも、確認なんてされずに続けるのだと思っていた。意外な質問に驚く。同時に、気に掛けてくれることを嬉しく感じた。
「クレオールさん……って、最初はお気持ち確認ありませんでしたけど?」
「それはそれ、これはこれでございます」
「左様で……」
都合がいいなぁ。
「ツバメさん……」
心配そうに、瞳を揺らした瑠璃さんが僕を見ている。
僕は気が抜けたように、ふっと息を零して笑った。答えはもう、決まっている。
「続けますよ。そのために、十獅郎さんに立ち向かったんですから」
「……! クレオール!」
「うふふ。はい。では、契約更新ということで、手続きを致しましょうか」
瞳を輝かせた瑠璃さんの言葉を受けて、クレオールさんが契約書を差し出してきた。
業務内容から契約条件までキッチリと書かれた1枚の用紙。契約期間は――無期限。
目をすっと細める。眉間に皺が寄ったのが、感覚で分かった。
「最初手続きもなにもなかったと思うんだけど……」
なのに新規契約ではなく、契約更新とは一体……。
「それはそれ、これはこれ!」
「瑠璃さんも言うようになったなぁ……」
嬉しそうに言う瑠璃さん。僕はため息を尽きつつ、卓上のペンを手に取る。
右下の氏名欄に署名をして、さっとクレオールさんに差し出す。
本当なら、目が皿になるぐらいしっかり確認しなくちゃいけないのだけれど、なんというか、今更過ぎてもういいかなって思ってる。そもそも、報酬が出たところで、無人島じゃ使い道もない。生活が保障されているならそれで十分だった。
契約書を受け取ったクレオールさんは、ニッコリと笑顔を浮かべて一礼。そのまま部屋を後にした。
さて、と。
ゲーミングチェアを回転させてPCに向き直る。PCの回線が繋がっているのを確認する。問題なし。回線が切られたのは、僕のスマホだけだった。
「じゃ、今日の配信しようか」
「え゛」
僕の言葉に、瑠璃さんが濁った声を返す。
え゛じゃないえ゛じゃ。Vtuberでしょうあなた。
「ゲームでもしようか」
「あの……心の準備を」
「だーめ。ほら、やるよー」
「う、うぅぅっ……!」
僕と入れ替わりでゲーミングチェアに座った瑠璃さんは、呻きながらもマウスを操作する。
人気Vtuberの一員となったけれど、その操作はたどたどしい。配信者としてはまだまだ卵の殻を被ったままだ。
もう少し、僕の手伝いが必要だよね。
なんて。そんなことで喜びを感じながら、僕も配信の準備を進める。
さて。瑠璃さんと一緒に、今日はどんな配信を皆に届けようか。
――こ、こんにちは! Vtuberの
Fin.
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