契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber
第3回 いつの時代も夫は妻の尻に敷かれるもの
第3回 いつの時代も夫は妻の尻に敷かれるもの
アルヴィナさんの登場に一番驚いたのは、十獅郎さんだった。
目を見開き、愕然としている。汗が額から滴り落ち、見るからに動揺していた。
これまでの威厳は露と消えている。
「ど、どどどどうしてヴィーナがここにっ!?」
「あら? 居てはいけませんか?」
「滅相もない!」
ヴィーナ、というのはアルヴィナさんの愛称なのだろうか。
十獅郎さんは風切り音が鳴るほど、全力で左右に首を振る。
「愛しているよ、我が妻」
「ありがとうございます。
十獅郎さんは片膝を付く。その姿は騎士の礼節かのように洗練されている。
アルヴィナさんの手を取った十獅郎さんは、そのまま手の甲に唇を落とした。
見ていてこっぱずかし光景だ。舞台演劇でも見せられているかのような気分になる。
僕とは違い、娘の瑠璃にとっては見慣れた光景なのだろう。恥ずかし気もなく、母であるアルヴィナさんに歩み寄る。
怒っていた表情は緩み、安堵の色が浮かんでいた。
「お母様……来てくれたんだ」
「はい。あのような告白を聞いては、助けに来ないわけには参りませんから」
「……うぅっ」
「うふふ。娘の成長とは嬉しいものですね」
告白?
僕にはなんのことだか分からなかった。けれど、瑠璃さんにとっては羞恥を誘う言葉だったらしい。顔を赤らめて俯いてしまう。
アルヴィナさんは、そんな瑠璃さんの反応を見て、嬉しそうに頬を緩める。そして、優しく問い掛けた。
「瑠璃……貴女は今、幸せですか?」
アルヴィナさんの言葉に反応して、瑠璃さんが顔を上げる。
母を前にしているからか、その表情はいつも以上に幼く見える。
瑠璃さんは満面の笑顔を浮かべると、大きく頷いた。
「うん。とっても。燕さんやクレオール、御影さん、ネズ民さんたちのみんなと一緒にVtuberとして活動するのが楽しいの!」瑠璃さんは俯いて手遊びをする。その頬には赤みが差していた。「……けどね? まだまだ初めてばかりだから、配信、へたっぴだけど」
「確かに……あまり上手とは言えない内容でしたね」
「……むうぅっ。そうだけど……お母様のいじわる」
「あらあら。むくれちゃって。可愛らしい」
ぷくーっと膨れた娘の顔を見て、アルヴィナさんはコロコロと楽しそうに笑う。あどけない少女のような笑顔だ。瑠璃さんの母親と知らなければ、年下の少女と勘違いしていたかもしれない。
瑠璃さんが16歳ということは、どれだけ若く見積もって30歳は越えているはずだ。だというのに、この若々しさ。とても子供を1人産んだようには見えなかった。
ひとしきり笑ったアルヴィナさんは、納得したように頷いてみせる。
「なら、いいです。貴女が幸せならそれで構いません。好きにしなさい」
「お母様……っ!」
パァッと瑠璃さんは顔を輝かせる。
そこに待ったをかけるのは、当然、十獅郎さんだ。
「ちょっ、ちょっと待ってくれ!?」
「なにかございましたか?」
「うっ」
すっと流し目を向けられ、十獅郎さんは怯んだように呻いた。その姿は蛇に睨まれた蛙そのもの。夫婦間の上下関係を伺わせるには十分な反応だった。
けれど、可愛い一人娘のことだからだろう。臆し、言い淀みながらも、十獅郎さんは抵抗をする。
「い、いや……しかしだな。私の可愛い娘が男と一緒にいるのは……その、問題だろう?」
「それのどこが問題なのでしょうか。私たちの愛する
「しかしな……」
「黙ってください」
「……ひっ!?」
体が震え上がるような冷ややかな声に、十獅郎さんは溜まらず小さな悲鳴を上げた。
僕はそれを情けないとは思えない。
直接睨まれたわけではないのに、体が震え出すほどに恐ろしかった。薄く開けられた瞼から覗く銀色の瞳は、氷柱のように鋭く冷たい。娘との和やかな空気との寒暖差で、恐怖も寒気も一層強く感じてしまう。
まるで氷の城に住む女王様だ。
「
「あ、あれは彼女が勝手なことをしたから……」
「愛する
それは断罪を告げる女王の言葉であった。
さーっと十獅郎さんの顔から血の気が引いていく。
「す、すまないヴィーナ!? 許してくれ!」
「許しません。連れて行きなさい」
「あぁっ、ヴィーナ――――――――――ァアッッッ!?」
突如現れたスーツ姿の女性たちに連行されていく十獅郎さん。投獄待ったなしの罪人そのものの姿だ。
抵抗も空しく部屋の外へと連れ出された瞬間、バタンッと大きな音を立てて扉が閉まった。
展開の速さに付いていけないんだけど……。
呆気に取られていると、表情を氷解させたアルヴィナさんがニッコリとした笑顔を向けてきた。
「燕さん」
「は、はいっ!?」
冷酷なる女王もかくやという姿を見たせいか、たまらず引き攣った声を上げてしまった。
心臓を早鐘させ、冷たい汗がダラダラと体中を流れ落ちる。
「娘のことを、どうか末永く宜しくお願い致します」
けれど、そんな僕の緊張を他所に、アルヴィナさんは深く頭を下げてきた。
その姿は、子の幸せを想う母親そのものだ。
僕がなにも言えず呆然としているのも気にせず、アルヴィナさんはそれだけ言い残すと配信部屋を去っていった。
――
「お、終わった……のか?」
危機を脱したのか、まだ只中なのか。
実感の湧かないまま、瑠璃の両親が去っていった扉を見つめていると、突然僕の体を衝撃が襲った。
「――ツバメさん!」
「どわっ!?」
横合いから全身を使った瑠璃さんの体当たり。支えきれず一緒に倒れてしまう。
「っつぅうっ……る、瑠璃さん?」
「……よかったっ……ほんとうに…………よかったっ!!」
涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、瑠璃さんは僕に縋り付いてくる。真っ白な手が赤くなるほど、ぎゅうっと強く握りしめる。
「これからもツバメさんと一緒に配信を続けられる……!」
「そう、だな……けど、クレオールさんは」
「お呼びでしょうか?」
「――ッ!?」
目が点になる。
頭が真っ白になって、一瞬思考が止まってしまう。
倒れた体制のまま、首を回して後ろを見る。すると、そこに立っていたのは、辞めたと聞かされていたクレオールその人であった。
「くく、クレオールさん!?」
「クレオール!」
「はい。只今お戻り致しまし――おっと」
平時となんら変わらず、クレオールさんはニッコリと隙のない笑顔を浮かべている。勢い良く立ち上がった瑠璃さんは、そんなクレオールさんに向かって抱き着いた。
怪我をしないように、クレオールさんはしっかりと受け止める。絶対に離さないと、クレオールさんの体に回された腕に力がこもるのが、僕には見て取れた。
「クレオールぅ……心配…………したんだよ?」
「……申し訳ございません瑠璃様。ご心配をお掛けしました」
涙で濡れた瞳で見上げられたからだろうか。珍しく動揺した反応を見せたクレオールさんは、眉尻を下げて謝罪した。完璧従者を地で行く彼女であるけれど、
助けを求める視線を向けられ、立ち上がりながら僕は苦笑する。
「もう大丈夫なんですか?」
「はい。燕様にもご心配をお掛けして申し訳ございません」
「いや……それはいいんだけど」
心配はした。けれど、そのことで僕に謝る必要はない。
瑠璃さんから見れば僕も、クレオールさんと同じように突然いなくなってしまったんだ。クレオールさんを責めるならば、まずは我が身の罪を清算しなければならなくなる。
「今まで会社に戻ってたんですか?」
「いいえ。十獅郎様にクビを告げられた後、私は直ぐにアルヴィナ様の元に向かいました」
「向かったって……色んなとこ飛び回って連絡すらまともに取れないって話じゃ」
「以前、アルヴィナ様、つまり瑠璃様のお母様より連絡があったのを覚えていらっしゃいますか?」
「あぁ、配信練習の時の……」
喋っていて思い至る。
「……その時に場所も伺っていたと?」
「はい。アルヴィナ様を城にお連れするため、準備が必要でしたので」
なんでもないように言うクレオールさん。用意周到なことだ。
彼女の優秀さに感心していると、ふと疑問が浮かぶ。
アルヴィナさんから連絡があった配信練習をしていた時期は、およそ半年前だ。その時点から準備をしていたということは……
「……つまり、最初からこの状況を想定して動いてたって……コト?」
クレオールさんは胸に手を当て、洗練された所作でお辞儀をする。
「コンシェルジュはお客様のリクエストに決してNOとは言いません。あらゆる状況を想定し、備えておくのが一流のコンシェルジュというものでございます」
つまり、なんだ? 全部が全部クレオールさんの手の平の上だったていうこと?
最初からなにもしなくても事態は収まっていて? 俺のやっていたことは空回りだったってことか? ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………うそだろ。
「――――――~~~~~~……っ!? ……………………………………しにたい」
「死なないでください」
顔を両手で覆ってしゃがみ込む僕に、クレオールさんの辛辣なツッコミが突き刺さる。
ここに至るまでの己の行動を振り返ると、顔から火が出そうだ。その行動が少しでも結果に影響したというのであれば救いはあるけれど、そんなものない。皆無と言っていい。
王子様なんて格好良いものではない。これではピエロだ。穴があったら入りたいとは、正にこのことだ。
「そうならそうと最初から言っておいてくださいよ……」
「私にも未来が分かるわけではございませんので。お伝えする時間もありませんでした」
「そりゃそうだろうけど……あがぁっ」
喉を潰すような呻きが零れる。コテンと横に倒れた僕は、膝を抱えたままさめざめ泣いた。
「それに燕様の行動が無意味だったかというと、そうではございません」
「慰めはよしてください」
こんな人として情けない姿を見れば、慰めの言葉もかけたくなるだろう。けれど、それはノーセンキュー。余計惨めになるから、放置していただきたい。
「慰めではありません。私の言葉ではアルヴィナ様は動いていただけませんでした。あくまで、私のしたことは、いつでも城に移動できるように準備を進めていただけです。真にアルヴィナ様を動かしたのは……」
クレオールさんの言葉が途切れる。
気になり、顔を覆う指の隙間からクレオールさんを見れば、彼女の視線は瑠璃さんに向かっていた。視線が集まるのを感じたのか、はたまたクレオールさんの意味ありげな言葉のせいか、瑠璃さんは俯いて真っ赤になってしまう。
「……うぅっ」
「そういえばさっきアルヴィナさんがなにか言ってたけど、瑠璃さんがアルヴィナさんを呼んだの? けど、どうやって?」
「それは……」
瑠璃さんは口ごもり、増々頬の赤みが増していく。
仕舞いには頭の天辺から煙が昇り、彼女はボソリと口にする。
「な、ないしょ……」
「そっかー」
僕は素直に諦めた。言いたくないのであれば、無理強いをする必要はない。
過程はどうあれ、結果は大団円なのだから。それだけで十分だった。
……1週間は引き籠らせてほしいけどね。しばらく誰の顔も見たくないよ……しくしく。
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