第2回 【雑談】最近あった不思議な出来事をお話します【宝譲ツバメ】


「当配信をご視聴いただき誠にありがとうございます。皆様、こんばんスワロー! 薄幸王子様系Vtuberこと、宝譲ほうじょうツバメです。皆様、マイクの音量はいかがでしょうか? 大きすぎたり、小さすぎたりはしないでしょうか?」


[瑠璃]:こんばんスワロー! 大丈夫!

[御影]:なんと仰いましたか? もう一度宜しいでしょうか?


「……はい。問題ないようなので、本日の雑談配信を始めさせていただきます」


[御影]:コメント無視されましたわ(´;ω;`)


「本日の雑談配信は、最近、私の周りで起こった不思議な出来事をテーマに、お話させていただきます。ぜひ、最後までお聞きください」


[瑠璃]:どきどき

[御影]:……朝起きたら隣に裸の女性が寝ていたとかでしょうか?


「早朝、買い物に出かけると、スーツの似合う金髪美女と遭遇したのですが」


[瑠璃]:クレオール!

[御影]:ナンパですか?


「彼女を前にした途端、突然意識を失ってしまい、気が付くとおとぎ話に出てくるような白いメルヘンチックなお城に私はいたんです」


[瑠璃]:……これって。

[御影]:朝チュンでしょうか?

[瑠璃]:朝チュンってなに?

[御影]:夜、男性と女性が性こ――[このコメントは管理者によって削除されました]

[御影]:――ういをして、共に朝を迎えることですわ。

[燕]:止めなさい。

[瑠璃]:ういをする?


「……失礼いたしました。そんなメルヘンチックなお城で、私は可愛らしい真っ白なウサギと出会ったのです」


[瑠璃]:……! わたし?

[御影]:可愛らしいですって。

[瑠璃]:……///


「彼女はとても臆病で、仲良くなることは簡単ではありませんでした。お日様が幾度もおはようとおやすみを繰り返したある日、ウサギは私に言いました。『燕さん燕さん、私はあなたのように空を飛びたいの』っと」


[瑠璃]:~~(〃ノωノ)

[御影]:あらあらまぁまぁ!


「燕はウサギが空を飛べるよう、一緒に練習をすることにしました。いつの日か、臆病だけれど小さな勇気を持った白いウサギが、青空に浮かぶ浮雲のように飛ぶのを夢見て――なんて、少しメルヘンチック過ぎましたかね? それでは本日はこの辺りで配信を終わらせていただきたいと思います」


[瑠璃]:■\ 50,000■

[瑠璃]:■\ 5,000■

[瑠璃]:■\ 2,000■

[瑠璃]:■\ 1,000■

[瑠璃]:■\ 500■

[瑠璃]:■\ 200■

[瑠璃]:■\ 100■


「はーい。本日はスパチャオフとなっております。虹スパは止めてくださーい!」


[瑠璃]:(´・ω・`)


「(コメントの方が感情豊かだな)皆様、ご視聴ありがとうございました。……この後はスパチャのお礼枠を取らせていただきます」


[瑠璃]:(*'ω'*)!

[御影]:甘いですね、ツバメさんは。


 お黙りいただけませんか?


 ――


 コメントの代わりに使っていたaccordアコードを閉じた僕は、スマホをポケットに仕舞い、ブースを出た。


「なんと申し上げればよいか悩みますけれど、面白みのない教育番組のような配信でしたね」

「ほっといてください」


 開口一番、からかい混じりに御影さんからそんなことを言われ、僕は恥ずかしさもあってむすりと唇をへの字に曲げる。

 配信から離れて半月以上。実際の配信とは違い、声が届くのは窓ガラス向こうのコントロールルームのみだけれども、見られながら配信するという状況には慣れていなくて、気恥ずかしさばかりが沸き上がる。


 城の外は夏に向けて暑さが増していくが、城内は適温に管理されている。……はずなのだけれど、どうにも熱くて汗をかく。

 シャツの襟元をパタパタ仰ぎ、風を送っていると瑠璃が勢い込んで話しかけてきた。


「とっても良かった……よ!」

「そ、そう? それならよかったけど」

「ニュースみたいだった!」

「……それ、褒めてるの?」

「(こくこく)!」


 興奮で顔を赤らめ、一生懸命頷いている姿から、本心なのは伝わってくる。

 その反応自体はとても嬉しいのだけれど、Vtuberとして面白おかしく楽しんでもらおうと喋っていた配信で、ニュースみたいだったという感想を貰うと微妙な気持ちになる。

 暗にクソ真面目で面白くもなんともなかったと言われているようだ。ちょっと落ち込む。


「生で聞けてとても嬉しい……!」

「ま、まぁ喜んでくれるのは僕としても嬉しいんだけど、本題忘れてないよね?」

「……ほん……だい…………っ!」


 天戸さんの瞳がまん丸になる。思い出したようだ。


「――スパチャのお礼配信がまだ、だよね……!」

「違うよ、やらないよ」

「……!(ガーン)」


 見るからにショックを受けて落ち込む天戸さん。

 コントロールルームの椅子に崩れ落ちると、この世の終わりのように表情を曇らせる。


「そう……だよね」

「うっ……」


 暗雲立ち込める天戸さんの姿に、良心が疼く。


「女の子を悲しませていけませんよ、ツバメさん?」

「……はぁ、もう」


 僕は頭の後ろを手で掻くと、俯く彼女の耳元に口を寄せ、小さな声で囁く。


「……瑠璃さん。スパチャありがとうございました」

「――ッ!!」


 うわっと!?

 勢い良く顔を上げた天戸さんの頭とぶつかりそうになってしまい、僕は慌てて飛びのいた。

 天戸さんは先ほどまでの曇り顔が嘘のように晴れ、瞳を輝かせて僕を見つめてくる。


「今、瑠璃さんって……!」

「へ? あ、あぁ……accord《アコード》の名前が瑠璃だったから。嫌だったかな?」

「ううん! 嫌じゃない! これからも名前で呼んで!」

「そ、そう?」

「うん!」


 初めて見せる押しの強さに、僕は慄きながらも頷いてしまう。

 普段は内気な性格も相まってか年齢以上に幼く見える瑠璃さんだけれど、やったと嬉しそうな笑顔を浮かべる今の彼女は、女子高生らしい年齢相応の表情をしていた。


 つい、頬が緩む。

 この笑顔を見れただけでも、お手本を見せた甲斐があったかな。

 ウサギのようにぴょんぴょんと跳ねて全身使って嬉しさを表す瑠璃さんに、これなら大丈夫かと僕は言う。


「じゃぁ、次は瑠璃さんがやってみようか」

「……え?」


 僕の言葉に、瑠璃さんの表情から喜楽きらくが零れ落ちていく。

 じわりと銀の瞳が濡れる。


「む、ムリ……! ツバメさんの配信の後にやるなんて、恐れ多くて……できないよぉ……」

「えぇ……」


 急転直下。

 先ほどまでの快活な少女は鳴りを潜め、瞬く間にいつもの臆病な白ウサギへと変身してしまった瑠璃さんは、膝から崩れ落ちてグスグスと涙ぐんでしまう。

 ジェットコースターのような感情の振れ幅に付いていけない僕は、慰めることもできずに困惑することしかできなかった。


「なんのためのお手本だったの……?」

「うふふ。ふぁんさーびすも大事……ということで宜しいのでは?」

「宜しくないでしょーよ。……後、瑠璃さんの泣き顔描いてる手も止めて」

「てへ♡」


 てへじゃない。可愛く言っても駄目。


 この後、何度か配信の練習をするよう瑠璃さんを促したけれど、怯え震えるばかりで動こうとはしなかった。仕舞いには配信部屋から脱兎の如く逃げ出してしまったのである。


 ■■


 その日の夜。

 僕は客室の備え付けられているアンティーク調の作業机で、ペンとメモを手に頭を悩ませていた。


「どーしたものかなぁ」


 悩みの種は瑠璃さんだ。

 当然、問題は今日の配信練習。けれど、それは一言も話せなかったことではない。

 そんなものは練習を重ねればどうにでもなる。……話す内容が面白いかつまらないかはともかく。


 だから問題は、瑠璃さんが練習から逃げてしまうこと。

 瑠璃さんの性格からも、ぶっつけ本番では上手くいかないのは予想できた。それはいい。

 けれど、練習すら逃げ出すとなると、手の打ちようがない。


「……お手本は失敗だったかなぁ」


 恐れ多いなんて言葉が出てくるのは、未だに彼女が僕のファンであり続けているということなのだろう。

 そのこと自体は面映いけれど、僕個人としては嬉しい。

 けれど、これからVtuberになろうとしている者が、視聴者側の気持ちのままでいるのはよろしくない。


 そのせいで練習ができなくなるというのでは、瑠璃さんの指導者として僕は不適格ということにも繋がる。

 最悪、僕以外の誰かを宛がう必要があるかもしれない。


「といっても、Vtuberの先生ってなに?」


 新たな疑問に僕が首を傾げていると、控えめなノックが3回、静かな室内に響いた。


「夜分遅くに申し訳ございません、少し宜しいですか?」

「御影さん……?」


 机の上にある置き時計の短針が、そろそろ12時を指そうとしいてる。

 そんな夜も更ける時間帯になんの用事なのだろうか。


 不思議に思いながらも椅子から立ち上がった僕が扉を開けると、出迎えたのは薄い白絹しらぎぬの浴衣を纏った寝姿の御影さんだった。

 華やかな着物姿とは違う、淑やかでありながらもどこか艶のある姿にドキリとする。


 僕の視線に気付いたのか、白い鎖骨が僅かに覗く胸元を恥ずかしそうに手で隠す。その仕草がまた、典雅てんがであり目が離せなくなってしまうのだけれど。


「ふふ……お目汚し申し訳ございません」

「い、いや……べ、別にいいんだけど…………なんの用?」


 日常的に発露する変態性は露とも見せず、大和撫子然とした見目通りの雰囲気に焦る。

 しかも、時間帯は深夜だ。

 常とは違う艶やかな佇まいに、白絹の寝姿。手弱女のように頬を紅で化粧し、黒曜の瞳を潤ませ、物言いたげに僕を見上げている。


 そんな……まさか、違う、よね?

 御影さんに感化されたか。僕の脳内ではとても口にはできない秘め事が繰り広げられている。


『……ツバメさん、お情けをくださいませんか?』


 想像の中の御影さんが、ベッドの上で浴衣を着崩し、求めてくる。

 あり得ないと思いつつも、心臓は壊れたように早鐘を打ち、今にも張り裂けそうなほどだ。

 ドキドキとうるさいほどに響く心臓の音を聞きながら、紅く濡れた唇を見つめていると、御影さんはゆっくりと微笑む。



 寝具が変わったからでしょうか。寝付きが悪く。宜しければ――

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