第4回 引きこもりJKを餌に変態絵師を釣り上げた話


『お久しぶりですね、ツバメさん。突然、お話があるとメッセージが送られてきて、驚きましたわ』

『久しぶり、だね。うん。今、仕事中? 通話、大丈夫?』

『問題はありませんよ。お話の内容というのは、わたくしとの一夜の逢瀬についてのご相談ということで宜しいでしょうか?』

『違うよ!』

『あら。それでは、恋歌さんに浮気が明るみに出てしまったというわけでは』

『……ねぇ? からかってるよね?』

『うふふ。さて、どうでしょうか』

『……Vtuberのキャライラストの依頼をしたくって』

『……それはまた。遂にJKになる覚悟ができた、と。そういうわけですね』

『僕じゃなくて、別の子の!』

『ツバメさんの身辺状況から察してみたのですが……』

『うっ……その件については、今度改めて話すから』

『約束……ですよ? 破ったら……うふふふふ。恋歌さんを含めた三人のぷれいでも、組んでいただきましょうか』

『絶対破らないから!』


 背筋のゾッとする話に悪寒がしたのを覚えている。


『それで……どう?』

『そうですね……。ツバメさんのご希望を叶えたいのは山々ですが、予定はかつかつでして。大学の授業に、イラストの仕事、秘密の園女子寮で油断して隙だらけの女性たちの参考資料写真を集めなければなりません』

『犯罪じゃないよね?』

『許可は頂いております』


 スマホ越しだというのに、ニコリと微笑んだ御影さんが頭の中で簡単に思い描けた。

 どういった許可を貰ったのか。不思議でならないけれど、犯罪でないならばと追及の矛を収める。


『撮影した写真全てを確認して頂いているわけではありませんが……ツバメさんも見て見ますか? 参考資料』

『遠慮しておきます』


 女子寮で過ごす見も知らぬ女子大生の写真を嬉々として見る男というのは、どう言い繕ったところで犯罪者であり変態であろう。

 御影さんは僕をどうしたいのだろうか。ブタ箱に入ってほしいのか。ぷぎー。


『そのようなわけで、予定は埋まっております』

『少々疑わしかったけど……わかった』


 スケジュールが空いていないというのは予想通りだった。

 勝負はここから。僕は用意した餌を御影さんの前にぶら下げて揺さぶる。気持ちは大物を狙うプロの釣り師だ。


『なら、仕方ないね。今回の仕事相手はお嬢様女子高に通っている16歳の白髪銀眼のお姫様みたいな儚げな美少女JKだったんだけれど、忙しいなら――』

『――そのお仕事、お受け致します』


 昨今人気の美大生イラストレーターを見事に一本釣りである。


『うふふ。JK……JK……ふふふふふふ!』

『……お願いだから、問題は起こさないでね?』


 釣った魚の興奮具合に少々不安を覚える。

 餌は疑似餌であったけれど、本物瑠璃を食べられては困るのである。


 ……こうして思い返してみると、天戸さんを売ったと言われても仕方のないようなやり取りだった気もする。

 完璧に空調が管理された室内だというのに、どうにも冷や汗が止まらない。ダラダラと流れる汗は、満面の笑顔を浮かべるクレオールさんに見つめられ、その勢いを増していく。


「えっと……その、女の子大好きな変態ではあるけど、相手の嫌がることをしない理性は……ぎりぎり(ぼそっ)……あるような気も」

「かしこまりました」


 納得してくれたのか、頷いて見せたクレオールさんに僕はほっと息を吐き出す。

 ――けれど、その安心も一瞬のことであった。


「このお話については後程、しっかりと精査させていただきますので、燕様もそのつもりでお願い致します」


 死の宣告だろうか。

 御影さんとクレオールさん。この後に待ち受ける2つの地獄に、僕は今にも貧血で倒れてしまいそうだ。

 それこそ、逃げ出したいぐらいの気持ちだったけれど、ここは世界のどこにあるかも分からない無人島。助けはなく、逃げ出すこともできない。

 ここまで来るとやけっぱちというか、当初の目的は絶対に達成しようという強い決意が僕の心に宿る。そうでなければ、報われないではないか。……僕が。


「御影さん……お仕事、してもらえる?」

「承りましたわ。ふふ。後の楽しみが多くて羨ましい限りです」


 全然、嬉しくない。いっそ泣きたい。


「では、真面目に」

「……」


 今までふざけていたのかと問いたくなる台詞であったけれど、断腸の思いでぐっと我慢した。

 ツッコミを入れたら、からかわれて無駄に疲れる上に、時間も浪費してしまうからだ。

 聞きに徹しようと遠い目をして立っていると、御影さんが天戸さんに尋ねた。


「瑠璃さん。どのようなイラストが良いか、ご希望はありますか?」

「……き、希望?」

「はい。見た目の希望があればそれが一番ですが、イメージでも構いませんよ? 例えば、童話のヒロインであったり、職業であったり。方向性させ示していただければ、簡単にですが描き起こして、すり合わせることもできますから」

「…………っ」


 御影さんの言葉に、天戸さんは唇を噛み締めて俯いてしまう。

 1週間前、天戸さんと似たようなやり取りをしたけれど、彼女の中のキャラクターイメージは未固まっていなかった。

 それを責めるつもりはない。分からないことをどれだけ1人で考え込んでも、簡単に答えが出るわけもないのだから。

 けれど、御影さんなら天戸さんの助けになってくれるかもしれないという、淡い期待があった。

 御影さんは天戸さんの態度に怒るでも責めるでもなく、穏やかに笑っている。


「少し、難しそうですね」

「ご、ごめんなさい……」

「構いません。バーチャル世界における、瑠璃さんの大切な体です。ゆっくり、じっくり考えていきましょう」


 天戸さんを諭す姿は、変態性が成りを潜めた、見た目から受けるイメージ通り心優しい大和撫子だ。

 普段からこれだったらさぞモテるだろうに。……いや、あの変態性を前面に出してもなお男女問わず好意を寄せられているんだよね。世も末だな。


「そうですね……そうしましたら、好きなVtuberはいらっしゃいますか?」

「……宝譲、ツバメ……さん」

「あらあらまあまあまあっ!」

「……なによ」


 質問の時点で予想できた答えだった。

 心構えはあったはずなのだけれど、それでも気恥ずかしく、頬が熱い。

 御影さんが桜色の唇を着物の裾で隠し、目を輝かせて僕を見つめてくる。

 羞恥心のあまり僕はつっけんどんに返すけれど、御影さんはお構いなしだ。


「愛されておりますね」

「……っ。そういうんじゃないから! 止めてくれないかなその下世話な目!」


 によによとした生暖かい瞳で僕を見つめて、さらりと口にした愛という言葉に全身が熱を持ったように火照る。体中が痒くなりそうだ。

 流れ弾を喰らった天戸さんは、透き通るような白い肌を赤面させて、涙目で俯いてしまった。発端は天戸さんと言えなくもないので、そこは甘んじて受け入れてほしい。


「お仕事とは別に楽しみが増えてしまいましたね。こちらにレンカさんをお呼びしたらどうなるでしょうか」

「ぜっっったい止めて」


 それはそれは楽しそうに笑い、とんでもない爆弾を持ち込もうとする御影さんを、僕は必死で止める。

 こんな混沌とした状況に恋歌まで来たら収拾が付かなくなるし、絶対碌なことにならない。

 僕の平穏のためにも、それだけは避けたい事態であった。

 ……けれど、同時に思う。あの恋歌が、通話での説明だけで納得するなんて到底ありえない、と。

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