第3回 貴方もJKにしてあげますね?
最初から暴走気味な御影さんに、普段の人見知りとは違った意味で困惑気味の天戸さん。
彼女の後ろではニコニコと笑ってこそいるが、非難めいた目線を送ってくるクレオールさんに僕は気もそぞろだ。額から流れた冷やせがとても冷たい。
「……本当は、こんな変態を天戸さんに合わせたくはなかったんだけど」
「うふふ。
「変態を賛美と受け取らないでいただけません?」
変態と呼ばれて悲しむどころか、御影さんは頬を染めて顔に手を添えて喜んでいる。
悪びれもしない彼女の態度に僕が半眼で見つめていると、天戸さんがおどおどとしながらもボソリと零した。
「……な、仲良いんですね」
「ナカ……イイ…………?」
今のやり取りを見ていて、どうしてそんな感想に至ったのだろうか。
真相は天戸さんの中にしかないが、ありもしない勘違いをしているのは確定的であった。
だというのに、そういった勘違いを面白がって悪い方向に推し進めるのが百合園御影という女性なのだ。
「ええ、とても仲良くしていただいております。男性の中では1番ですね」
「1番……ッ!?」
顔を赤くしたり青くしたり。目を白黒させる天戸さんを愛でるように御影さんは目を細める。
「うふ。瑠璃さんは可愛らしい方ですわね」
「ちょいちょい誤解招きそうにからかうの止めてよほんと」
そういった男女関係を想起させる言葉によって、僕がどれだけ酷い目に合ってきたか。
確かに、男性の中で1番というのは間違いないのだろうけど、そもそも御影さんはほとんど男性と交友がない。皆無と言ってもいい。
仕事関係はビジネスライクな関係ばかり。そもそも、自室に籠って仕事をするのがほとんどだ。
そして、20歳の美大生ではあるのだが、女子大であり、講師陣も女性ばかりと聞く。
そんな環境であるので、そもそもとして男性と関わる機会がないのだ。しかも、本人は男性よりも女性が大好きな変態だ。
本人曰く『百合ではない』とのことだけれど、実際のところはわからない。ノーマルということを言い訳に、女性に対してセクハラ三昧しているのではないかと僕は睨んでいる。
そういった状況で、仕事関係とはいえ長く関わってきて親交のある僕は、1番仲良くしている男性に当たるのだろうが、それを恋愛と絡めるのはやや強引に過ぎる。
だというのに、自身の容姿の良さも考えず、人目のある場所で勘違いを招くことを言うものだから、
……こういう表現をすると御影さんは『ツバサさんと特殊なぷれいをしているかのようですね』と言って更に僕を困らせるのだ。酷い女性である。
暫くはこの城でお世話になるのだ。妙な誤解をされて居心地が悪くなってはたまらない。
僕は誤解なきよう天戸さんとクレオールさんに彼女との関係を説明する。
「さっきも言ったけれど、御影さんは恋歌のイラストを担当していて、仕事関係で知り合った人なんだ」
「それはもう、楽しいお仕事でした。今思い出しても大切な場所が疼いてしまいそうです」
「……僕は思い出したくもないんだけど」
後、その卑猥な表現もしないでほしい。
天戸さんはわかっていないようだけれど、クレオールさんの笑顔から放たれる圧が強くなった。ごめんなさい、ごめんなさい。こんな変態連れてきて本当に申し訳ありません。でも他に条件の合う人がいなかったんです……っ!
「あら? 燕さん視点では、とても眼福だったのではありません?」
「がん……ぷく?」
「天戸さん? ちょっと怯えたように僕から距離取らないでくれないかな?」
純粋無垢という言葉が良く似合う天戸さんにまでそんな態度を取られたら、僕の心は落とした硝子細工のように粉々だ。
あまりの精神ダメージに目尻が熱くなる。
けれど、ほおっておくと誤解という火種は大火となってしまい、取り返すがつかなくなる。どんな精神的ショックを受けようとも、僕は口を動かし、弁明しなければならないのだ。沈黙は許されない。雄弁こそが正義だ。
「僕からすれば不可抗力だと思うんだけど。キャラを描くための参考資料とか言って恋歌を脱がそうとするし『では、
「でも、良い光景でしたでしょ?」
「…………」
御影さんの言葉で、ついその時の状況を思い出してしまい、黙り込んでしまった。
絡み合い、身を隠していた衣服を脱ぐ2人の美女。あられもない色鮮やかな下着姿の2人は、柔肌を外気に晒し、女性らしい曲線を描く体を惜しげもなく――。
と、そこでようやく記憶の回想から戻ってきた僕は、涙目の怯え顔、暗い影の差した笑顔、ニコニコと楽し気な表情と三者三様の視線に晒され、背筋が凍りついた。
ふるりと身震いした僕は、ごほんっと1つ咳払いをすると、何食わぬ顔で言い訳を呟いた。発した声は思っていたよりも小さく、尻蕾であったけれど。
「……直ぐ部屋出てったから知らない」
「あらあら。お鼻が伸びておりますよ? ……それとも、お鼻の下かしら?」
からからと楽しそうに、それでも典雅に笑う御影さんに、僕は耐えきれず涙目を向けた。
けれども、そういった弱気な態度が彼女のからかいを増長させているのも分かっている。着物の裾で口を隠すも、昂っているのか赤くなった頬と吊り上がった口の端は隠せていない。
大和撫子然とした見た目に反して、本当に中身はドの付く変態だと嘆いていると、気を利かせてくれたのか、それとも本心から疑問だったのか、天戸さんがおずおずと問い掛けてくる。
「……あの、ゆ、百合園さんはツバメさんのキャラを描こうとは思わなかったの?」
「僕の?」
「う、うん。その……なんとなく…………ごめんなさい」
皆から集まった視線に耐え兼ねたのか、黙り込んだ末にどうしてか謝罪する天戸さん。
謝ることではないし、むしろ僕からすると話題を変えてくれてありがとうである。
「まぁ……心情抜きにした現実問題を言えば、僕と恋歌が企業に所属して配信開始するのは同時期だったから。御影さんに2キャラ分お願いするってのは難しかったんだよね」
スケジュールの兼ね合いは大きな要因だ。Vtuberのキャラクターイラストというのは、存外時間がかかるものだから。
ただ、現実問題よりも、もっと大きな障害があった。
「御影さんは女性キャラしか描かないから」
「そう……なの?」
「可愛くありませんからね」
可愛くないから。ただ、それだけの理由で男性キャラを描かず、仕事の依頼さえも断るのだから筋金入りだ。
実際、ここまで固執する人は珍しいけれど、イラストレーターの中にはそういった拘りを持つ人は珍しくない。好きな物を描く、それ以外は描かない。
人の顔色を窺い、空気を読んで世渡り僕としてはそういった好きな物に一直線な人達は眩しく、身につまされる。
だからこそ、拉致という強引な手段を取られたにも関わらず、好きに挑もうとしている天戸さんに協力したくなるのかもしれない。
「燕さんをJKにして良いと仰るのであれば、キャラ作成の依頼の1つや2つ、いつでもお受け致しますよ?」
「……まだ配信してた時、ササヤイターでファンアート上げてたよね?」
膝上で白磁のごとき手を重ねてニコリと笑う御影さんに、僕は顔の筋肉を引き攣らせた。
そのせいで、JKツバメちゃんという企画をやらされることになったのは、今でも忘れてはいない。……男性リスナーだと思われるコメントでセクハラされるのは、中々に堪えるものだ。
それだけのトラウマを残したというのに、諸悪の根源は悪びれるどころか、更なる上を目指しているのだから恐ろしい。
「もう少し脱がしたかったのですが、アカウント停止の可能性がありましたので、断念致しました。残念です」
「人をTSさせた挙句脱がさないでくれないかな!?」
いくら現実の体ではないとはいえ、魂である演者からすればバーチャル世界の自分自身だ。
それを性転換された上に裸にされれば、恥ずかしくなって顔も覆うというもの。
「安心してください。成年向けの同人誌は――まだ――描いておりませんわ」
「そんなの当たりま……え? 今まだって言わなかった? ねぇ御影さんっ?」
「盗賊と触手、どちらが宜しいですか?」
「どっちも嫌だしまず描かないで!?」
御影さんの恐ろしい発想に身の毛がよだつ。
「ふふふ。冗談ですよ。相変わらず反応が宜しくって、可愛らしいお人ですね、ツバメさんは」
「……ほんと、この人は」
くすくすと澄んだ声でおかしそうに笑う御影さんに、僕は安堵と疲労で息を吐き出す。
……本当に冗談なのかは本人の気分次第なので気は抜けないけれど。
「そんな真面目なツバメさんが、どうして事務所を辞めることになったのか、詳しくお聞きしたいところですが……」御影さんは1つ言葉を区切ると、僕から天戸さんに視線を移した。「まずは天戸さんの用件を終えてからに致しましょう」
このお話は後程、と付け加えたのがなんとも不穏であった。
こうして顔を会わせた以上、ちゃんと事情は説明するつもりであったけれど、向こうから言われてしまうと胃の辺りがきゅーっとなって痛む。……この後か。
お腹を擦る僕を放置し、御影さんが天戸さんと向き合う。真っ直ぐに目を向けられたせいか、天戸さんの肩が一瞬震えた。
「天戸さん」
「……な、なにっ?」
「1枚写真、宜しいですか?」
「止めなさいっての」
和柄のスマホを取り出した御影さんを諫める。
仕事しなさいっての。
「あら? いけませんか?」
「いいわけないでしょうよ。なにに使うつもりなの?」
「参考資料です♡」
語尾にハートマークが付くような媚びた声で、参考資料と宣う。どう考えても、参考資料(意味深)である。
僕が徹底してNGを出すと、拗ねたように唇を尖らせてスマホを仕舞う。
「そも、ツバメさんが仰ったのではありませんか。私好みのJKがお仕事の相手だから、スケジュールの都合を付けて欲しい、と」
「どういう意味でございますか、燕様?」
クレオールさんからの『瑠璃様を売ったのですか?』という視線が痛い。
「別に売ったとかではなく、天戸さんの年齢が16歳でお嬢様女子高の1年生って話をしただけで……ええっと」
クレオールさんからの棘のある視線から身を守るため、手を壁にして視線を遮った僕は、御影さんとの通話内容を思い起こす。確か、こんな内容であったはずだ。
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