契約打ち切りされてVtuberから無職になった僕は、自分でパンツも履けない引きこもり社長令嬢を人気Vtuberにするため拉致されたらしい。#打ち切りVtuber
第6回 元薄幸王子様系Vtuberの誓い
第6回 元薄幸王子様系Vtuberの誓い
僕が目を丸くしていると、ここにきて初めて天戸さんは暗かった声を明るくし、銀の瞳を瞬かせた。
「あのね? 別に面白いってわけじゃなかったのだけど」
ふぐぅっ!?
グサリと刺さる一切悪意のない、素直な
……いや、分かっていたことだったけど。だから打ち切られるほど人気が出なかったわけだけど。
素直さは時にどんな感情よりも残酷であった。あまりの痛みに涙が零れそうだ。
天戸さんは辛辣な言葉を口にしたつもりはないのか、言葉の鋭さとは裏腹にその表情は星のように輝いている。
「お話がすっごく丁寧で、一つひとつのコメントにもしっかり受け答えして、とっても優しい人なんだなって、声だけでも伝わってきたの。だからね? 勇気を出してコメントをしたの。『自分が嫌いですって。変わりたい』って。そしたら、ね? なんて言ってくれたか覚えてる?」
恥ずかしそうに、けれど宝物を見せる幼子のような稚い仕草で、天戸さんは口にする。
ただ非情に残念で申し訳ないことに、僕はその時のことを覚えていなかった。
そんな話を配信でしたことがある、というのは記憶しているが、なんと言ったかは星の砂の一摘みほども覚えていない。
背筋に冷たい汗がつーっと伝う。せっかく天戸さんがこんなに機嫌良く話してくれているのに、ここで『ごめん! 忘れちったてへぺろ♪』なんて言おうものなら、会話即終了どころか、下手をすれば生身で深海ダイブまである。僕はまだ死にたくない。
夕立に当たったかのように、冷や汗をダラダラと流していた僕だったけれど、天戸さんは僕が覚えていないことは気にしていなかった。
ほっと安堵すると共に、今度アーカイブを見直そうと心に誓う。
「『Vtuberというのは理想の自分に変身することだと私は思っています。事実、こうして私は現実とは異なる自分になれております。現実では漫画やアニメのモブのような私ですら変われたのですから――』――誰にだって、今とは違う自分になれる権利があるんだって」
一字一句漏らさず復唱したかつて僕が口にしたらしい言葉に、僕は無言で顔を覆った。
……僕、そんな恥ずかしい台詞を口にしたの? 生配信で? えー。死にたい……。
Vtuberとして活動している時の発言を、こうして現実で聞かされる時ほど精神にくる攻撃は早々ない。Vtuberの家族や友人諸君は、気軽に触れないよう注意しよう。
けど、羞恥心で穴掘って埋まりたいと思っている僕とは対照的に、真白い両手をそっと合わせて、天戸さんは微かに頬を色付かせて微笑んでいる。
「そう、言ってくれたのが嬉しくって、わたしも変われるんじゃないかって、思うようになったの。それからずっと、ツバメさんの配信は観ていて、私にとって大切な時間だった……なのに、きゅうに……お辞めになってしまったからっ」
途端に心臓を紐でぎゅぅうと絞られたように、胸が痛くなった。
彼女と同じように辛い思いをさせてしまったファンがいると思うと、申し訳ない気持ちになってしまう。
情けなさで胸一杯な僕だったけれど、彼女は俯いていまった顔を勢い良く上げた。
「けど、けどね! とても悲しかったし、辛かったけれどね? わたしも変わらなきゃって、このままじゃダメだって思ったの。宝譲ツバメさんのように――理想の自分に変身しようって!」
切羽詰まったかのような、いろんな感情が込められた必死な天戸さんの叫びに、僕の心臓は再び射抜かれてしまう。
けれど、それは確かに痛みを伴ったけれど、苦痛とは異なる衝撃だった。
無意識に僕は胸元のシャツをくしゃりと強く握っていた。シャツに皺ができるなんてどうでもよくって、湧き上がる感情に小さく嗚咽を漏らした。
精一杯に言い募る天戸さんは僕の変化に気付いていないようだ。
悪びれる必要なんてないのに、ようやく乾いた
「だから、クレオールに言ったの。『宝譲ツバメさんのようになりたい!』って。そしたら……」
「……拉致に繋がったわけ、か」
「ごめっ、ごめんなさい……っ!?」
「あー、いや。本当に謝る必要はなくって……あー、なんて言ったらいいんだろう。驚いた……じゃなくって、嬉しい、かな。うん、そう。嬉しい」
僕は右手で顔を覆い、左手を彼女に付き出して静止する。
まさか、そんな言葉が僕から言われると思わなったのか、天戸さんは信じられないと目を見開いている。
けれど、信じられないのは僕のほうだ。まさか、23にもなって年下の女の子の前で感極まって泣きそうになるなんて、ほんと恥ずかしい。
そんな恥ずかしい真似をしてしまうほどに、僕は天戸さんの言葉が嬉しかったんだ。
Vtuberになって変われたつもりでいた自分が、実はなんにも変われてなんかいなかったことに失望したっていうのに。
――
――
一歩踏み出す勇気になって、一人の少女が変わろうとしてくれていることが、泣きそうになるほど嬉しいんだ。
天戸さんが急に黙ってしまった僕を心配そうに見つめている。
これ以上、この女の子を心配させてはいけないと、彼女に悟られないように親指で涙を拭う。
「……まさか、回り回って自分の言葉を自分で否定することになるとは、思ってなかったなぁ」
「あ、あの……?」
「よし、決めた!」
「ひゃいっ!?」
突然、僕が大声を出して立ち上がったことに驚いた天戸さんが可愛らしい悲鳴を上げる。
僕は気にせず天戸さんに近付くと、彼女の手を取って立ち上がらせる。
困惑し、怯える少女の手に触れたまま、僕は改めて膝を付く。――童話の中の王子が、お姫様にするように恭しく。
「私はここに誓います。貴女を必ず人気Vtuberにしてみせることを」
触れるか触れないか。初雪のように冷たく白い彼女の手に僕は――小さくキスを落とした。
童話の王子様のように愛を誓うモノではないけれど。それと同じぐらい、大切な誓い。
僕の言葉で変わってくれた愛おしい少女に捧げる、僕の想いだ。
「……………………………………ふぇ?」
なにをされたのか理解できなかったのか。それとも受け入れがたかったのか。
魂が抜けたように惚けた天戸さんは、僕の顔を見て、そこから僕の唇が触れた手の甲を見て――ボンッと煙を上げて顔を朱色に色付かせた。
「ひゃっ……あ、あ……~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?」
「……流石に、現実で王子様キャラは恥ずかしいね」
目を回して慌てふためく天戸さんに当てられたように、自分のキザな行動を思い返して、口を隠して視線を泳がせた。……顔あっつい。
――と。ここで終われば、恥ずかしくとも明るいスタートを切ったで終わったのだけれど。
日の暮れた夕食時。僕は天戸さんの部屋の前で、ニッコリと名状しがたき威圧を放つクレオールさんに追及され、血の気が引いていた。
「燕様……瑠璃様が部屋に閉じこもってしまって出てこないのですが、理由をご存知でしょうか?」
「天戸さんーーッ!?」
初心な引きこもり少女にキスは刺激的過ぎたのか。それとも、僕の誓いが重すぎたのか。
天岩戸もかくやという具合に固く閉ざされてしまった扉の前で、僕は床に両手をついて絶叫した。
……新たな夢を得ても、僕の前途は変わらず多難であるようだ。
■■
空て輝く月と星々の光さえも遮る、城の裏手にある暗闇に覆われた木々の中。
私はとある方から連絡を受けたのを確認し、誰にも盗み聞きされないよう細心の注意を払い、電話に出ました。
『クレオール君、娘の様子はどうだい? 元気にしているかね?』
お相手は私の雇い主に瑠璃様の御父上――つまり、天戸家のご当主様です。
「はい。それはもう、最近などは部屋の外に出て、元気そうに屋敷の中を走り回っていたほどです」
『そうか、そうか! それはなによりだ。娘の良さも分からん、不届きなガキ共のせいで一時はどうなるかと思ったが、君に任せて正解だったよ』
「恐れ多いお言葉でございます」
『……ところで、確認なんだが、娘の近くに害虫はいないかね?』
お喜びになっていた機嫌の良い声が一転。
『使用人は全て女性を手配したが、天まで届く可愛い娘を我が物にしようとする屑共は数知れん。どのような手段を使って近付こうとするか分かったものではないからな。……で、そのところどうなんだ?』
「瑠璃様の周囲に害虫の影は、誓って1つもございません。ご安心下さいませ、ご当主様」
電話越しだというのに殺意すら感じ取れる声に、私は瞬きの
『――そうか、そうか! それならいいんだ。クレオール君は優秀だから心配はしていなかったが、歴史に残すべき美しい娘である瑠璃を想うあまりつい確認を取りたくなってしまった。君の仕事を疑ったようで、申し訳なかったな』
「とんでもございません。娘を想う父親の愛に、クレオールは感動しております。そのお言葉をお聞きになれば、瑠璃様もさぞお喜びになることでしょう」
『そうか? そうかもしれんな!』
気分を良くした瑠璃様の御父上の用件はそれだけであったのか、あっさりと通話を終わらせました。
私はスマートフォンを懐に仕舞うと、少しばかり強張っていた体を解きほぐすように息を吐き出します。
「……ふぅ。クライアント両方を満足させる、というのも中々に骨が折れますね」
そして、宝譲ツバメのようになりたいと仰った瑠璃様。
コンシェルジュはお客様のリクエストにNOと言わないものなれど、今回は些かばかり苦労をしそうです。
――ただ。
小さな頃より傍でお仕えしてきた瑠璃様が、生きていく上での支えであった宝譲ツバメを失っても、1歩踏み出せたことは素直に嬉しく思います。
「ですので、どうかお嬢様をお願いしますよ、ツバメ様?」
私は身形におかしなところがないかを手早く確認し、城へと戻るために足早に歩き出しました。
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