原野
五体満足で帰ってくるあたしの姿を見て、師匠はたいそう喜んだ。
「お前ならやると思っていた。本当に、よかった」
骨の折れるほど抱きしめられた後で、あたしは鞘に収めた金烏を渡す。
「これ、返すよ。血を吸わせてはやれなかったけど」
「いや。其れはもうお前のものだ。碧眼の老人の元にあっても、仕様が無い」
出会って以来、この人からは、何もかも貰ってばかりだ。
「師匠に拾われていなかったら、とっくに死んでいた。有難う」
「為すべきことを為したまでよ。これからどうするつもりだ?」
「そうだね。とりあえず、三日寝たい」
気が抜けたように笑い、師匠は家に戻る。あの歳で、一晩寝ずに待つのは辛かったろう。あたしは寝る前に、少し寄り道をした。
師匠の荒屋の裏には、だだ広い原野が広がっている。
蘇芳の墓に手を合わせ、盃に湧水を注ぐ。映り込む月はもう赤くなく、ただ穏やかに揺れている。兄の言葉を思い出す。人を殴ってもいい。怒ってもいい。罵ってもいい。それでも、決して憎んではならぬ。
やがて墓から数歩、離れた野原で。
一つかみ持ってきた玉兎の灰を、そっと夜風に撒いてやった。
「さあ、お還り。何も無いだろう。此処があたしらの故郷だよ」
武蔵野グレネヱドムーン 名取 @sweepblack3
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます