第15話 王都までの旅路

 馬車は二頭立て、御者はベン・ウィールドンさんという濃紺に白髪交じりの髪に濃紺の瞳をもつおじさんで、今回はパジーニ氏もアラベラさんも同行せず王都で合流するらしい。

 僕たちは緊張せず気楽に行けるとむしろ貴族やその側近が一緒じゃないことを歓迎した。


 季節は夏、草原を走る時は陽ざしがかなりきついが林を走る時は青々と茂った草丈が道にせり出すほど伸びてて風も気持ちよかった。のんびり二週間の旅が楽しめるといいなぁと思っていたが三日目にして魔物に襲われる事態が発生した。


 草原のど真ん中、魔物はグラスウルフという名の狼系の魔物だ。頭頂から背中、尻尾まで一筋の緑色の毛が生えて、集団で人を襲うのが特徴で大きさは大型犬と同じくらい。と、ベンさんがのんびりした口調で教えてくれたのだ。


 そしてこのベンさん、口調はのんびりしているが弓の達人で、なんと八体のグラスウルフを八本の矢で仕留めている。つまり一撃必殺の達人技を見せてくれた。

 この達人技に僕たちは舌を巻くしかなかった。悠然と話しながら弓を番えては射る、これをたった八回繰り返しただけで周囲に近づいたグラスウルフが倒されてしまった。


 なるほど。これなら御者が一人で他の護衛を付けなくて良いわけだ。

 先日のゴブリン討伐の時のように討伐証明を切り取ったりしないのかをベンさんに聞いてみた。


「ベンさん、討伐証明を切り取ったりしないんですか?」


「えぇ、皆さんの安全が確実に確保できているならそれもいいですが、今回は私一人で御者と護衛なので、同じ場所にとどまるのはなるべく安全の確保ができている場所に限られますなぁ。狼系の魔物は仲間を呼ぶ習性もあるのでここで留まっていると危険度が増しますから少しでも早く逃げた方が良いでしょう」


 のんびりした口調とは裏腹に急いでこの場から離脱すべきだと教えてくれた。


「そうなんですね。それじゃ、急いで先へ進みましょう」


「そうしましょうかぁ。あと半日ほど進めば次の村に着きますので頑張りましょう」


「はい」


 頑張ってるのはベンさんで僕たちは馬車の中でのんびりしてるだけなんだよね。

 途中で休憩を入れながらも日が傾く前に予定していた村に無事たどり着くことができた僕たち一行だった。


 村に入る時は柵の入り口前に男が木槍を持って警戒していたが、ベンさんは顔なじみのようで右手を上げて挨拶しただけで木槍の男はスッと通れるように避けてくれた。

 多分これが領主邸の馬車でベンさんがその御者ということが周知されているのだろう。


 村の宿は「金の匙亭」という名で、金と名がついてるわりに建物は質素というか簡素な造りの宿屋で、窓は一般的な家と同じく木の鎧戸で当然お風呂はなかった。ナチオ男爵の支払いだけど一泊の料金を聞いてみたら一泊2食付きで銀貨6枚だった。日本円だと六千円程度なんだが高いのか安いのかよくわからなかった。


 しかし建物の簡素さとは違って夕食がすごかった。

 味は普通なのだが量が尋常じゃなく、いわゆる「デカ盛りの店」みたいな感じなのだ。


「さぁ!たんと食べとくれ!若いんだからこれくらい大丈夫だろ?」


 宿付きの食堂のおばちゃんに運ばれてきた夕食は最初にオーク肉と野菜炒め、野菜かなり多めで濃い目の味付け、パンと相性が良いので美味しい美味しいと言いながら食べ始めたが、食べ始めたらすぐに次のキッシュが入った皿が運び込まれ、野菜炒めを食べきらずキッシュに手を付けたら次にシチューの入った皿が運び込まれた。料理の種類が多いわけじゃなく一皿一皿がデカ盛りで食べ切れない。ほどなくしてギブアップを申し出た。


「あの……申し訳ないのですが量が多くて食べきれないんですが……」


「ガリヒョロの子供たちが泊まりに来るからしっかり食べさせてくれって領主様の使いが事前にきて伝えていったんだ。だからいつもより量は少ぉしだけ多めにしたんだけど多かったかい?なら残ったら夜に食べられるよう器を貸してあげるから部屋で食べな」


「ありがとうございます」


 宿の食堂のおばちゃんが残った料理を別な皿に移してくれたのを持ってすごすごと部屋に退散した。


 御者のベンさんは馬の世話や馬車の手入れ、他にも村でやることがあるらしく、夕食は僕たち三人だけだったのだが宿の方で気を利かして他の宿泊者たちが夕食で混み合う前に夕食をとらせてくれたため時間的には夕暮れもまだの時間帯だったのだ。


 早めの夕食後は腹ごなしの散歩とアリスとエリ姉の魔法鍛錬に出かけた。

 三十分ほど村の中を歩いてみると広場のような場所があったので人気のない端のほうで鍛錬を始めた。アリスには光の魔法、光源を作り出す魔法で大きさをコントロールして維持することを練習させた。


「こりゃぁ、意外と、難しいかも!」


 光の玉を見ながらアリスが呟く。

 その間にエリ姉に支援魔法と防御魔法の鍛錬をさせる。

 支援魔法はその名の通り、自分、他人に支援バフをかけること、つまりスピードアップしたり、力が増えたりする魔法をかけることで、防御魔法も同じくその名が示す通り他人からの攻撃を通さないような魔法をかけることだ。


 詠唱は基本的な部分が同じで最後のキーワードが違う。

 まずは僕がエリ姉にスピードアップの支援魔法を使って見せる。


「彼の者に助力を与えたまえ、スピードアップ」


 エリ姉が少し動き回ってみると自身の歩いたり走ったりするスピードが速くなっていることを体感した。


「あ、すごい。こんなに違いがわかるんだね」


 呟きも少し早口になりながら小走りになっていた。

 初級の支援魔法では五分程度、長くて十分持てば良い方だ。


「それじゃぁ、私もレオに支援魔法を……彼の者に助力を、スピードアップ」


 走ってみるが効果は感じられない。


「んん、かかってないみたい。もう一度」


 僕に両手の平を向けてもう一度詠唱をする。


「……彼の者に助力を、スピードアップ」


 今度はかかった。走ると体が軽く明らかに速く動けるが五分も経たず効果が切れた。


「うん、かかったけど効果が低いし、時間も短い。もう一度」


 日が傾いて周囲が鮮やかな茜色になってきたころに鍛錬終了を告げるとアリスが告げる。


「王都に着くまで毎日鍛錬するよ。川があれば水の魔法で、なければ光の魔法で、レオ兄、他の方法もある?」


 少し思案して答える。


「水球を小さくして上に放つとか、人がいないなら土の魔法で壁を作ったり穴をあけたり埋めたりするのも良い鍛錬になりそうだね」


「おー!そんな方法もあるんだ。さすがレオ兄だね。明日からは野営の日でも鍛錬しようと思う」


「そうだな。努力は裏切らないから僕もやるよ」


 僕が答えるとエリ姉も同意した。


「私も王都に着くまで支援魔法をしっかり身に着けたいから頑張るわ」


 なんだか二人からやる気のオーラが出ていて夕日に照らされる姿は燃え上がるように見えた。

 その後僕たちは宿に帰り、部屋に運んでいた残り物の料理を食べて就寝した。


 翌日から約十日間にわたり、野営と宿に泊まり、鍛錬と時々魔物と遭遇してベンさんの達人技に感心したり、時には僕とアリスの連携で魔物を討伐しながら王都セプタンブルへと辿り着いた。

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