第11話 領主との面談(3)

 偶然とは恐ろしいものです。

 聖女様と思しきエリーヌ様を滞りなく連れて行くために同行をさせたあの少女に強力な魔法使いの才能を見出すことになるとは。


 もし……もし、聖女様と強力な魔法使いをナチオ男爵様の領地から出すことができればナチオ男爵様の評価はうなぎ上りとなるでしょう。明日の朝、いいえ、今からあの少女には聖女様と同等の扱いを致しましょう。


 これで万が一でも、私の隣のベッドで小さな寝息を立てている少年が何かしらの才能を持っていたりしたらあの孤児院にはとんでもなく高い評価を付けざるを得なくなりますね……ナチオ男爵領の明るい未来を想像して今晩は眠れなくなりそうです。


▽▽▽▽▽


 次の日、僕は馬車の中でうつらうつらと居眠りをしながら夕方まで揺られてやっと領都ダヴィエルに着いた。馬車から降りて体を伸ばし、周囲を見回して言葉が出た。


「ヴォージラールより少し都会か」


「ねぇレオ兄、人多いし、建物が高いよ。手つないでいい?」


「あぁ、そうだね」


 そう答えてアリスと手をつないだが、エリ姉は意外にも領都の風景に平然としていた。


「本日は宿に宿泊していただき、明日私が迎えに参りますので領主ナチオ男爵と面談をしていただく運びとなります。今晩はゆっくりとお休みください」


 パジーニ氏の言葉を最後に僕たち3人とメイドのアラベラさんは宿に入った。

 アラベラさんもパジーニ氏と一緒に帰るのかと思ったら、領主との面談までお世話するのが自分の仕事だから最後まで全うするとか言っていたが、これまでと同様にツンとした固い空気感のままだった。


 翌朝、パジーニ氏が宿まで迎えに来たが、昨日より顔色がよくなっていて表情が明るくなっていた。もしかして昨夜何か良いことでもあったんだろうか?


「では、準備はお済みでしょうからナチオ男爵邸までご足労願います」


 促されて宿屋前に停泊させていた馬車に乗り込み移動すること数十分。

 おそらく領主邸であろう、すごく立派な建物の敷地に門をくぐって入り、少しして馬車が停車するとパジーニ氏が馬車の扉を開けてくれた。


 降車して建物を見上げると3階建ての、いかにも貴族のお屋敷という豪奢な建物で……

 あれだ、「金とはこう使うのだよ。アーハハハー!」みたいなことを言いながらガウンを着てワインを飲んでる想像図が勝手に頭に浮かんできてしまう感じだった。


 パジーニ氏とアラベラさんが先導して領主ナチオ男爵の執務室へと入った。


「よく来たね。私が領主のアソリオ・ナチオだ。そちらに掛けてくれ。アラベラ、彼らにお茶を」


「はい。承知しました」


 アラベラさんがお茶を淹れるためにスッと音もたてずに引いていった。

 なんというかアラベラさんがこれまでと比べて急に背筋が伸びたようなスキのない対応に変わった気がした。領主の威厳のようなもので一ランク対応が上がった感じか。


「お茶が来るまで自己紹介でもしてくれないか」


「はい。私がエリーヌ・ソワイエクールです。本日はお招きありがとうございます」

「僕はレオン・シャレットです。義姉エリーヌの同行者として参りました」

「あたしはアリス・ラプラスです。パジーニさんから一緒に来てもいいと言われたので一緒に来ました」


「ありがとう。昨夜パジーニから聞いたのだがアリスさんも魔法を使えるのだとか?」


 アリスは水を向けられて少し困った表情で答えた。


「少しだけ使えますが、まだ上手く使えないので今はレオ兄に教わりながら制御の練習をしています」


「今日の鑑定で君たちがどんな職能を持っているのかハッキリするが、その結果次第で王城まで出向いてもらうこともあり得るので承知しておいて欲しい」


 え?そんな話聞いてないぞ?


「パジーニさんからは面談の目的はエリ姉が『聖女様』であるかどうかを判別するだけだと伺っていましたが?」


 思わず先に聞いていたことを告げる。


「うむ。この面談はそこまでが目的で合ってるよ。その後のことは別なことでな、『聖女』と判別された場合は改めてフェルナン・ブリュノー国王と面談し、国として魔王討伐に勇者と同行することを命じるんだ」


 えぇぇ?なに?そのシステム?


「国として命じるって、断ったりはできないのですか?」


 僕の言葉に少しだけ眦を上げてナチオ男爵が答える。


「ふむ。知らぬなら教えておこう。勇者、聖女、賢者、大魔法使いの職能を得たものは歴戦の戦士と共に魔王討伐に出向くことが国の法律で定められてるんだ。よって聖女だと判別されると国王との面談も、その後の勇者同行も断ったら死罪となるだろうね」


 理不尽!


「えっと……失礼を承知で申し上げますが、他国へ逃げたりした場合は……」


「逃げても構わんが、他国に通知されるから他国で勇者のパーティと合流して魔王討伐に向かうことになるだろう。魔王討伐に関してはどの国でもほぼ同じ法律があるからな」


 世界レベルだった。


「それ……『聖女』に認定されたら人類の人身御供になれって言われるのと変わらないですね」


 少しくらいの皮肉は許されるだろう。


「そうかも知れんな」


 むしろ余裕の肯定ですか。そうですか。

 ムカつくやり取りをしているとコンコンコンとドアのノック音が室内に響いた。

 どうやらアラベラさんにお茶の準備ができたらしい。


「入れ」


 ノックの音にナチオ男爵が短く答えるとアラベラさんがお茶を入れたワゴンを運び、すぐ後ろには判別係の人だろう老婆が1人一緒に入ってきた。

 老婆は小奇麗な服装をしているが貴族という風でもなく町で見かける感じの人で白髪交じりのくすんだ茶髪に薄緑色の瞳の人だ。

 アラベラさんが一人一人にお茶を配膳してるとナチオ男爵の横に老婆が控えた。


「紹介しよう。今回君たちの職能を判別してくれる。カルラ・ウィーラーさんだ。カルラさん、こちらに掛けて自己紹介を」


 カルラさんはナチオ男爵の横で立ちあがって自己紹介をしてくれた。


「カルラ・ウィーラーです。今回は皆さんの職能を確認させていただくことになりました。よろしくお願いします」


 小さく頭を下げて挨拶をされたので僕たちも全員が立ち上がって挨拶をする。


「エリーヌ・ソワイエクールです」

「レオン・シャレットです」

「アリス・ラプラスです」


 名前を告げて掛けなおすとナチオ男爵が判別を促した。


「カルラさんが来る前に判別の結果次第で王との面談があることは伝えてある。早速だが判別を頼む」


「承知しました。それでは皆さん、気持ちを落ち着けて深呼吸を。リラックスしてください」


 言われるがままに深呼吸をして肩の力を抜き、カルラさんのことを見る。

 それまで町にいるおばちゃんたちと変わらないと思っていたが、瞳の色が薄い緑色からほんの少し光を放つ濃い緑色に変わった。

 思わず瞳を凝視してしまった。おぉ?なんか宝石みたいですげぇ。


「エリーヌ様は、、、『聖女(仮)』です。アリス様は、、、『大魔法使い(仮)』で、レオン様は、、、『神官(仮)』の職能をお持ちです」


 告げ終わるとカルラさんの瞳は薄い緑色に戻った。どうやら職能を見る魔法を使えるらしいが使っている間は瞳が色の濃いエメラルドのように光るらしい。ちょっと神秘的に感じているとナチオ男爵から困惑の声音で質問された。


「その『かっこかり』とはどのようなものか教えてくれないか?」


 困惑の質問にカルラさんはあっさりと答える。


「判りかねます」


「いやいや、カルラさん、長年判別しとるだろう?経験から分ってるのではないのかね?」


「経験から……そうですね。20年ほど前に一人だけ鍛冶師(仮)の人を判別したことがありますが、その方は鍛冶職に就いてすぐに事故で亡くなっておりまして、職能に変化があったとか、極端に何かの能力が目覚めたなどは知りえませんので判りかねます」


「むぅ……困ったな……」


 その後、カルラさんは帰され、僕たちも一旦その場を解散して部屋に控えるよう指示が出された。僕たちも部屋で話し合うことにした。


 ナチオ男爵はどのような答えを持ってくるんだろう?そして僕たちはどのように対応するか決めておこうと思う。

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