第7話 教会を訪れる人々

 冒険者ギルドでの出来事がきっかけだったのか教会に癒しを求める、というか正しく言うとエリ姉に聖魔法をかけてもらいに来る冒険者や街の人が増えていた。


 冒険者ギルドで治癒を受けた冒険者は「草原の風」というCランクパーティのリーダーだと聞いた。


 あの後、パーティ草原の風は謝罪と弁償、そして寄進のために教会へ赴いてくれた。

 僕からすれば当然のことだと思うのだが、謙虚なエリ姉はわざわざ足を運んでくれたことへ丁寧にお礼を述べていた。


「わざわざ足を運んでいただき、教会へ寄進も頂きましてありがとうございました」


 エリ姉が深々とお辞儀をして礼を述べるとリーダーのジャンと共に来ていた草原の風メンバーたちは恐縮しきりだった。


「私はアーリーンと言います。先日はジャンを助けてくれて本当にありがとう。急いでいたとは言え、失礼な態度をとってすみませんでした」


 青いロングヘアーの人はアーリーンという名できちんと謝罪を述べていた。


「俺、あ、いや、私は草原の風のリーダーでジャンと言います。助けて頂いたのにろくにお礼も伝えられずすみませんでした。本当に感謝しています。ありがとうございました」


「俺はレミ、この間はぶつかった時に失礼してすまなかった。ジャンを救ってくれてありがとう」


 パーティ草原の風は3人とも思っていたより丁寧に挨拶をして謝罪と礼を述べていった。

 先日はリーダーのジャンが危険な状態になっていたことに動揺していたらしい。まぁ、僕がこの場で密かに神気を放って厳かな空気感を作ってることも一因ではあるだろうが。


「私たちは偶然あの場に居合わせてできることをしたに過ぎません。皆さまこそ街の人たちが安全に過ごせるよう日頃から魔物と戦ってる冒険者だとお聞きしておりますので、日々感謝しております」


「……あ、それは……」


 リーダーのジャンが言い淀んでいるとアーリーンが補足する。


「魔物と戦っているけど、私たちは自分たちのために戦っていて街の人たちのためじゃないわ。あの日は自分たちの実力以上の魔物と遭遇してしまったから傷を負ったの。だから本当に助けてもらえて良かったわ」


「でも、結果的に私たちは冒険者の皆さんが魔物を討伐してくれてるおかげで安全に過ごすことができているので感謝してしかるべきかと思います」


 エリ姉の言葉に半ば呆れたようにアーリーンが答えた。


「はぁ……お礼を伝えにきて逆に感謝されたんじゃ立場がないわ。でも、おかげで傷を負っても少しは自分たちの活動が街の人たちの役に立っていると言われて悪い気はしないわね。私はこれからも教会ここへお祈りに寄らせてもらうわ」


 アーリーンの言葉にジャンとレミも続いた。


「「俺もだ!」」


「はい。いつでもいらしてください。神はいつも皆様と共にあります」


 エリ姉の心底からの笑顔に草原の風の皆も笑顔でその場を後にした。


 その翌日のこと。


 今日のエリ姉は礼拝堂に入る仕事はなかったのに孤児院へシスターが迎えに来た。

 ものすごく慌てた様子だったこともあって僕も同行したら、礼拝堂に街の急病人が運び込まれていた。


「ごめんなさい。私では回復させることができなくて困ってたら急病人を運び込んだ方がエリーヌを呼んで欲しいと……」


 シスターの言葉にエリ姉が即答した。


「わかりました。すぐに伺います」


「エリ姉、僕も行くよ!」


 バタバタと走りながら孤児院を出て礼拝堂へ向かう。

 戸板に乗せられて運び込まれていたのはジョスさんの店の近所のおじさんで、運び込んだのはジョスさんだった。僕たちが礼拝堂に着いたときに急病人の顔色は血の気を失い真っ白になっていた。


「どうされたんですか?」


「あぁ、エリーヌちゃん。助けてやってくれないか?」


 ジョスさんが縋るように弱弱しい声でエリ姉に声をかけた。


「ジョスさん、いったいどうされたんですか?」


 僕からジョスさんに問いかけるとさっきと同じように弱弱しく答える。


「わからないんだ。うちに野菜を買いに来て突然胸を押さえて苦しんで倒れてね。慌ててここに運び込ませてもらった。言いにくいんだが、ご近所ということもあって……治癒院に運び込むような金を持ってないことを知ってたからこちらに運び込ませてもらったんだ」


 症状をよく聞くと、運び込んだ時点ではまだ胸を押さえながらも少しは会話できていたというが、今は白目をむいて血の気のない真っ白な顔で気を失っている。店で買い物をしているときに聞いた話では前から胸が痛む時があったのだと言うことだ。


(胸だとすれば心臓か肺だろう……)そう考えて鑑定を実行すると、[状態:胸の病気で息ができず窒息、心肺停止状態]と出た。あ、これはまずい。


「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール……」


 エリ姉が躊躇なく詠唱したが回復しなかった。


「僕が補助するよ」


 そう伝えてエリ姉の向かいで膝立ちになり、胸に手の平を当ててエリ姉と同調して詠唱を開始する。僕がイメージしたのは正常な形の肺、人体模型を思い出しつつ想像を巡らせる。


「「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール」」


 急病人の胸がぐぐっと膨らんで、一呼吸おいて息が吐き出された。とたんに急病人の顔色に赤みが差しこんで正常な呼吸になった。無詠唱で鑑定を実行すると[状態:正常]と出た。


「ふぅ……上手くいったようだね。呼吸が戻ったよ」


 僕が呟くとエリ姉も安心したような表情になる。


「あ、ありがとう。エリーヌちゃん、レオン君。本当に助かったよ。うちの店で倒れられた時はどうして良いか頭が真っ白になってここに運んでくることしか思いつかなかったんだ」


 ジョスさんも慌てた様子から立ち直ったようで、そうこうしいる内に急病人として運び込まれたおじさんも気が付いた。


「あ……すまない。ジョスさんの店で急に胸が苦しくなって動けなくなったんだ。前から時々胸が苦しくなることがあったんだが急に苦しくなってね。助けてくれてありがとう」 


 その後、おじさんはシスターに寄進をしてジョスさんと共に帰っていった。

 万が一ここであのおじさんが息を引き取ったとしても僕たちに罪はないが後味が悪いことは間違いないし、何より指名されたエリ姉が心に傷を負ってしまうだろう。そうならないように今後もできる限り補助は続けるつもりだが、街で有名になるのも考え物だと思えた。


「エリ姉、大丈夫?」


「えぇ……大丈夫よ。レオの補助があってあの人を救うことができたわ。助かって良かった……」


 エリ姉は呟きながら自分の両掌を見つめていたが、安心と不安が入り混じったような表情をしていた。


▽▽▽▽▽

 

「ごめんなさい。私では回復させることができなくて急病人を運び込んだ人がエリーヌを呼んで欲しいと……」


 シスターの呼び出しにはとても緊張感が伴っていたのですぐに答えを返しました。


「わかりました。すぐに伺います」


 私が答えると隣にいたレオもすぐに言ってくれた。


「エリ姉、僕も行くよ!」


 レオが同行してくれることに心強さを感じて共に走って駆け付けると戸板に乗せられたおじさんは顔色が悪いを通り越し、血の通っていない真っ白な顔になっているのを目にすることになりました。でも、ここで慌ててはいけないので落ち着いて同行してきたジョスさんに問いかけました。


「どうされたんですか?」


「あぁ、エリーヌちゃん。助けてやってくれないか?」


 ジョスさんが心底困り果てて弱弱しい声で話しかけてきたところにレオが問いかけました。


「ジョスさん、いったいどうされたんですか?」


「わからないんだ。うちに野菜を買いに来て突然胸を押さえて苦しんで倒れてね。慌ててここに運び込ませてもらった。言いにくいが、ご近所ということもあって……治癒院に運び込むような金を持ってないことを知ってたからこちらに運び込ませてもらったんだ」


 今はお金の話をしている時ではないと思い、考え込み始めたレオを横目に私はヒールを詠唱します。


「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール……」


 急病人のおじさんの胸あたりに一瞬だけヒールの光が差し込みましたが快癒とはなりませんでした。冒険者ギルドの時と同じ、私だけの力では足りない。そう思いいたった時にレオが優しい声で告げてくれる。


「僕が補助するよ」


 言うやいなや、すぐに急病人を挟んで私の向かいに膝立ちになり、胸に手のひらを当て詠唱に入ったので同調して私も詠唱を開始する。


「「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール」」


 急病人の胸がぐぐっと膨らみ、一呼吸おいてふぅっと息が吐き出された。とたんに急病人の顔色に赤みが差しこんで正常な呼吸になった。良かった、ヒールが効いてくれた。


「ふぅ……上手くいったようだね。呼吸が戻ったよ」


 レオが状況を確認して言葉にしてくれたことに私も心底安心できました。ジョスさんがここに運び込むまでのことを簡単に伝えてくれましたが私は別のことを考えていました。


 そうこうしている内に急病人の意識が戻り状況は一気に改善しました。回復した急病人はシスターに寄進をしてジョスさんと共に帰宅していきました。


 さっきまで私だけのヒールでは効かず、レオの補助でヒールが効いたことが私の未熟さを物語っていることに反省しなければならないと思います。


「エリ姉、大丈夫?」


 どうやら表情に出ていたらしくレオに心配されてしまいました。


「えぇ……大丈夫よ。レオの補助があってあの人を救うことができたわ。助かって良かった……」


 今すぐ一足飛びにシスター以上に癒しの魔法が上達することは無理だろうけど、教会に関わる者として時間がかかっても上達をしていかねばならないでしょう。ううん?実際にそうなれなくとも人に役立つための心構えだけはしっかりと持っていようと思うわ。


▽▽▽▽▽


 教会を訪れる人たち全員、かかわりを持った人たち全員を救うことはできない。本当に手の届くところまでしか人を救うなんてできないし、手を貸しても救うことが叶わない人も出てくるだろう。その時エリ姉は大丈夫なんだろうか?壊れてしまわないだろうか?


 僕にとってエリ姉とアリスが何より大事で、救いを求めて来た人を救えなかったとしても仕方ないと僕自身は割り切ることができるだろう。もしも、エリ姉やアリスにそういう時が来たなら僕が他のことを全部捨てでもなんとかしよう。多分、この覚悟は大事なことだと思うんだ。


 レオンがそんな覚悟を決めてから何ケ月か後に面倒ごとは忍び足でやってくるのだった。

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