第6話 冒険者ギルド
この数日、エリ姉は教会の下働き、裏方仕事のみならず病人や怪我人の手当てのため頻繁に駆り出されている。
そう、エリ姉は聖女の能力が一部発現したようで
発現を確認した日はシスターの手伝いをしているときに冒険者の怪我人が運び込まれた時だったと聞いた。
冒険者の怪我は日常的にあることだが、冒険者は怪我の度合いや自分の懐具合に応じて治癒院と教会を使い分けているようだ。有り体に言ってしまえば、たくさん金を持っている冒険者なら怪我の程度によって、治せるか治せないか、範囲や見極めがハッキリしている治癒院に行って治療を受け、持ってる金が少なければ教会で治癒魔法を受けるということだ。
教会の治癒は治癒後に寄進をしてもらう。病気や怪我へのヒールは銀貨1枚から、つまり千円程度からということだが、魔法を実行するシスターや神官の
ヒールには下級(初級)のヒール、中級のハイヒール、上級のメガヒールと範囲で使えるエリアヒール、最上級のエクスヒールがあり、その分岐点は初級なら傷を塞ぐ程度、中級なら痕は残っても傷をいやすことができ、上級なら傷痕を残さず治癒させることができたり、範囲指定してヒールが使える。とはいえ、失った血を増やすことはできないし、綺麗に傷が治っても中には機能が回復しないこともある。魔法の限界はあるのだが、エクスヒールはその機能も回復ができる。ちなみに僕は使わないだけでエクスヒールは問題なく使えて聖魔法について補助レベルであると皆は認識しているようだ。
その日教会に運ばれてきた冒険者は狼獣人で金をあまり持っていなかったらしく、街の治癒院ではなく仲間の冒険者が肩を貸して教会に運ばれてきた。狼獣人の傷は右の胸元から左の脇腹にかけて斜めに傷がついていたが欠損はしておらず、いわゆる浅い傷だったという。原因は魔物との戦いだ。
その日いたシスターが狼獣人の冒険者を他の冒険者と共に休憩室へ運び込み、エリ姉に傷口を拭かせ、ヒールをかける際も横に控えさせていた時にエリ姉から聖魔法の波動が感じられたので呪文を一緒に唱えさせたところ正確に魔法の発現を確認したそうだ。
狼獣人は瞬く間に怪我が治り、金貨1枚を寄進して帰っていったそうだが、その後何度か通って祈っては銀貨数枚を寄進しているそうだ。治癒院でヒールをかけると最低でも金貨5枚からで傷の程度によっては下級でも金貨10枚はかかるところを金貨1枚の心づけというやつで済まされたのだから通って寄進するのはわからなくもない。
ただ、狼獣人が祈って寄進をするのはエリ姉がいる時に限るらしく僕自身はなんだか釈然としないものを感じている。
発現のきっかけはさておき、聖魔法が芽生えたとなればこれから先、一気に魔法が加速していく可能性があるということで良かったと思う反面、できたらゆっくりと進んでいくことを願いたい気もする。
そして今日はエリ姉と僕が買い出し当番で今はジョスさんの店で野菜を頼んでいるところだ。
「はい、今日も野菜のお買い上げありがとう。ところで、この間アリスちゃんから聞いたんだけどレオン君がコロッケという物凄く美味しいジャガイモ料理を作ったと聞いたんだけど、一度私にも振舞ってもらえないかな?アリスちゃんの言う通りならレシピを買い取らせて欲しいんだ」
「え!?レシピって買い取ってもらえるんですか!?」
ジョスさんからの思わぬ言葉に声が大きくなってしまった。
「そりゃそうだよ。秘伝のソースとか、人気のあるお店のレシピなんか相当の値段がつくよ?アリスちゃんが思い出しながら語ってくれたあの顔は相当美味しかったんだろうなって思えたからね」
「か、考えておきます。なにぶん、孤児院では自由に材料が使えないので……」
「そうか、必要な材料は私が提供するからいつでも声をかけてくれよ」
「はい。わかりました」
意外なものが売れるとわかって驚いたのと、市場価格を知らないと安く買いたたかれても困るので一旦は保留にさせてもらったが、アリスとエリ姉に新しい服を買ってあげられるかもしれないと思うとちょっと夢が広がった感があってやる気が出た。
大量の野菜を抱えたが、こっそりと麻袋に浮遊の魔法をかけてあるので重量はほぼ感じられず余裕で抱えて歩くことができていた。
孤児院への帰り道、冒険者ギルド前を通り過ぎると突然後ろから二人の人がぶつかってきて、麻袋を落としたために野菜が転がりだしてしまった。
「あ、あ~、野菜が……」
思わず情けない声が出てしまったが、気を取り直して二人に怒気をはらんだ声をかける。
「おい!ちょっと待て!人にぶつかっておいてそのまま逃げんなよ!」
「ごめんなさい。急いでいるの。後で弁償しますからギルドで少し待っててください」
青いロングヘアの女性が走りながら返事をして去っていった。
「
「落ち着いてレオ。後で弁償するって言ってたのを信じてギルドで待たせてもらいましょう?」
仕方なく転がり散らばってしまった野菜たちを集めて麻袋に詰めなおしたが、既に傷んだところはどうしようもないだろう。憤懣やるかたない気分を抱えつつ冒険者ギルドで待つことにした。
冒険者ギルドに入るとホールの中央に人が集まってザワザワとひそひそ話をしているのが聞こえてくる。
「あいつら治癒院に行く金なんかないんだろ?教会からシスターを連れてくるのか?」
「治癒院に行く金があってもこの状態からじゃ助からねぇかもな」
「教会だってギルドに出張する義理なんかねぇだろが」
「誰かヒールを使えるヤツかポーション持ってるヤツはいねぇのか?」
「この傷じゃ上級ポーションでもないと無理じゃねぇか?」
漏れ聞こえてくる言葉に不穏な言葉が入っているが、おそらく中央には怪我人がいるってことだろう。まずいところに来ちゃったのかも知れないと考えていると、エリ姉がスッと人の間を縫って中央へ入っていったのを見て思わず額に手を当てて苦い表情になってしまった。
仕方なく野菜の入った麻袋を放置してエリ姉の後を追って中央まで進んでみると、そこにはまさに瀕死の怪我人が横たわっていた。
上着は袖がズタズタに切り裂かれ、ズボンも切り裂かれていてざっくりと切れた傷口が見えているし、何より服で隠れている腹から夥しいほどの血が流れていて顔面蒼白になっている状況で、今息が途絶えたとしてもおかしくない気がした。
ギルド職員がすぐ横で時々周囲を見上げるが何かできるわけでもなくおろおろしているだけだ。もしかしたら、できることは既にやった後なのか?と考えていたら、
「傷口を洗って血止めの布を」
エリ姉がギルド職員に申し渡すと職員はハッとして行動に移った。
「どなたか、ポーションをお持ちではないですか?」
矢継ぎ早にエリ姉が周囲の冒険者をぐるりと見まわして声をかけるが皆視線をそらし、持っていないとボソリと小声で返答がされた。その間にギルド職員が水を満たした桶と清潔な布を持ってきてくれると、エリ姉は躊躇うことなく横たわる冒険者の上着のボタンを外して傷口を露わにし傷口を洗った。
冒険者の右肩から左わき腹に向けて三本の大きな傷が走っており、真ん中の一番深い傷は腹の肉を見事に切り裂いていて、外科手術なら今すぐ縫わないと横にしただけで内臓が飛び出そうな深い傷口でかなりグロさを感じた。
周囲を改めて確認してポーションが期待できないと判断したエリ姉は詠唱を開始した。
「……聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール」
エリ姉と横たわる冒険者の間が一瞬だけ光ると腹の傷が少しだけ塞がったように見え、周囲から「おぉ……」とどよめきが起こったがそれ以上は回復しなかった。
エリ姉は額に汗を滲ませてもう一度詠唱をした。
「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール……」
さっきと同じように傷口の辺りが光ってもわずかに傷が塞がった感じがしただけで治癒とまではいかない。エリ姉は顔を上げて僕の瞳をしっかりと見つめて静かに言った。
「私だけでは……レオ、補助をお願いできる?」
真剣なまなざしに気圧されて頷いてしまったけど仕方ないだろう。
エリ姉が冒険者の腹に手の平を向け、僕が向かい合う形で手の平を向ける。
「「聖なる力よ彼の者に癒しを与えたまえ、ヒール」」
二人同時に詠唱をして、僕が中級ヒールをかけるとさっきと同じように中心が光り、すぐに収まったら傷口が見事に塞がった。周囲からまたも「おぉ!」と、今度はどよめきではなく明らかな歓声が上がった。
傷痕は残っているものの冒険者の呼吸は安定し、もう心配は要らないレベルに傷は塞がっているのでエリ姉に席をはずそうと呼びかけようとしたらエリ姉がその場に突っ伏した。
「エリ姉!!」
横たわる冒険者を飛び越え、慌ててエリ姉を抱き起すと額に汗を滲ませて顔色が悪くなっていた。鑑定してみると魔力が2しか残っていないことからおそらく魔力切れと思われたので、職員に少し静かに休ませてほしいと告げると、周囲にいたガタイの良い冒険者がギルドの救護室へエリ姉を抱きかかえて運んでくれた。冷静に対処したつもりだが正直、僕は気が気じゃなかった。
救護室で少し休んだエリ姉が歩けるほどに回復したのでギルドの職員にあいさつして教会へ帰ることにした。丁度そのタイミングで青いロングヘアの冒険者がギルドに戻ってきた。
彼女はギルドに入るなりギルドの窓口へ駆け込みながら告げる。
「教会はダメだった……ジャンは……どこに移したの?もしかして?」
「ジャンさんは助かりましたよ。今は救護室で休んで…」
ここまで聞くと青髪ロングの女性は僕たちを躱して奥の救護室へ駆け込んでいった。
それを見たエリ姉は僕に告げる。
「さっ、私たちは帰りましょう」
「え?野菜を弁償してもらうんじゃないの?」
「それも忘れてしまうほどのことだったと思うわ。今は助かったことを喜んでいるでしょうから私たちは邪魔なだけだと思うの」
「はぁ……僕らは損ばかりだなぁ」
「私たちの力で人を救うことができたし、その人たちは魔物から私たちを守ってくれるのだから損ばかりじゃないわよ」
にっこりと微笑みながらそう答えると野菜の麻袋に手をかけようとしたので慌てて僕が麻袋を持ち上げた。
「魔力切れで倒れた人にこんな重いものは持たせられないよ。さ、アリスのところへ帰ろう」
「えぇ、そうね」
ギルド奥の休憩室から「ジャン!!!良かったぁぁ!!」の声を背に僕たちは静かにギルドから出て孤児院へと帰った。
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