第3話 生活環境を良くしたい

 アリスが部屋から出ていき、すぐに自分の部屋から階下へパタパタと降りていく足音が聞こえてきた。多分、ご飯を食べたら教会の掃除など朝のお勤めに向かうことだろう。


 僕は今日1日、教会の仕事から解放されて考えを整理してから明日に備えることにした。


 まず現状把握が必要なのでレオンの記憶を軽く遡ってみる。


 ここは教会に隣接する孤児院で、教会は繁華街と住宅街の中間地点にある。週に一度の安息日、つまり日曜になると信者と言われる人たちが神官と共に祈り、説法を聞いたあとにレストランなどへ家族で食事をしに行くのだという。


 僕たちの生活費は教会から出ているが、その教会の活動費は敬虔な信者たちの寄進によって成り立っている。着ている服を見直すと袖口がぼろぼろだったり、サイズが少し小さめで体に合っていないにも関わらず新しい服はなかなか支給されないという体たらくで、必要以上というか必要であっても金はなかなか回ってこないのだと気付かされる。


 食事事情に加えて服もだな……


 まずは教会の下働きをしつつ、せめてまともな、サイズの合う洋服に買い換えられる金を手にすることが必要だと判断した。要するに最低限の金を稼いで生活を改善したい。


 では、そのために何をするのか?


 高熱を出したおかげで神に並ぶんじゃないかってほどのチート能力があることは思い出したし、現代日本で生きていた知識があることも思い出したので2つの思いつきを試してみようと考えた。


 一つ目は孤児院の庭で薬草を栽培して冒険者ギルドへ販売すること。もう一つは冒険者ギルドで治癒魔法を使って代価を得ることだ。これがダメなら見習い冒険者にでもなって金を稼ぐかな?と3つ目も考えた。


 試す前にシミュレーションは必要なのでレオンの記憶から薬草栽培を想像してみた。が、そもそも薬草は魔物の領域、つまりは森へ採集に行く必要がある。冒険者でもない子供が街の門から外に出て森まで採取に行けるはずもないし、仮にこっそり抜け出しても帰ってこれる保証が微塵もないし、よくよく考えてみたら薬草が庭で簡単に栽培できるならギルドで買い取るはずがなかった。おっふ、これで第一の案は手詰まりでダメという答えが出た。


 では第二の案、ギルドで治癒魔法を使って代価を得るのは……これもすぐにギルドではダメだと理解できた。なぜなら、治癒魔法を使う機会というのはそこに怪我人や病人がいて初めて成り立つからで、治癒魔法を使う場所はギルドじゃなく病院の役割をしている治癒院か教会だからだ。


 教会の庇護下にある孤児院児が治癒院で働くことは御法度だ。

 治癒院は教会の商売敵だからだ。

 治癒魔法が使えるなら教会で使うべきで、孤児院児が治癒院で働くという時点で教会から非難を受けて孤児院にいることすらままならなくなることだろう。それに教会で治癒魔法を施したとして代価、いや寄進を受けたとしても教会の収入になるだけで僕たち個人の収入にはならないのだから。これも収入を得る手段にはなり得ないという答えが出た。


 見習い冒険者になることは可能だが、孤児院児の場合は町の外へ出るのに教会の許可が必要だし、そもそも教会の下働きをしなければならない点からも難しいとなる。


 他の手段を考えるが今のレオンの記憶だけでは世間の情報が足りなすぎて、せっかくのチート能力を生かせることが思い浮かばないことがわかった。

 昔の人は良く言ったもので『下手の考え休むに似たり』、長く考えるだけ無駄ってことだ。ならば、今は機会を待とう。それだって選択肢の一つのはずだ。


 生活環境を今すぐに変えることはできないが、できることを探すのは無駄じゃないわけで、教会の下働きをしつつ、どこか飲食店や商会を手伝って小遣いくらいは稼げるようになろうと思う。


 金を稼げる機会は半年ほど経ってから訪れた。


 既に季節は初夏になっていて、その日は教会の仕事でエリ姉と一緒に少し多めの買い出しを依頼されて街の商店に来ていた。


「エリ姉、買い出しする物は書いてきた?」


「えぇ、シスターからメモを預かってきたわ」


 シスターから預かったというメモを見せてもらうとダイコン、ジャガイモ、ニンジン、カボチャ、タマネギ、キャベツって、おい!重い野菜ばかりじゃないか!どうりで大きな麻袋を持たせるわけだな!と小声で悪態をついている内に目的の商店に着いた。


「すみません。このメモの通りの野菜をお願いします」


 エリ姉が人の好さそうな商店のオヤジにメモを渡すとすぐに商品をそろえてくれたが、会計は僕と同じくらいの背格好の子供にさせた。


「えっと、ダイコンが2本で銅貨2枚、ジャガイモが30個で銅貨3枚……えっと、えっと……」


 この世界の通貨は単位がGと書いてゴールドと読む。銅貨1枚が100ゴールドで約100円だが、それが10枚で銀貨1枚となる10進法だ。

 銅貨1枚で100円、銀貨1枚で1000円、金貨1枚で1万円、白金貨1枚で10万円、白金板1枚が100万円ほどの価値となっている。ちなみに、銅貨未満は銭貨という10円程度の貨幣が流通していて、銭貨未満の通貨が流通していないので通貨を計算する場合は10ゴールドから、10円程度から始まるということだ。


 今回買い求めた物はダイコン2本、ジャガイモ30個、ニンジン20本、カボチャ3個、タマネギ20個、キャベツ4個で、それぞれの単価はダイコン1本銅貨1枚、ジャガイモ10個で銅貨1枚、ニンジンが10本で銅貨1枚、カボチャが2個で銅貨1枚、タマネギが10個で銅貨1枚、キャベツが2個で銅貨1枚だから、全部で1250G、銅貨が12枚と銭貨が5枚、もしくは銀貨1枚、銅貨2枚、銭貨が5枚の計算になる。


「おまけして全部で1400G、銀貨1枚と銅貨4枚でいいぞ!」


「ボッタクリか!おまけするなら1000Gにしろ!」


「なんだと!1500Gのところを1400Gにおまけしたんだからいいだろうが!」


「どうやって計算したら買った分より高いのにおまけしたことになるんだよ!?間違ってんだろ!」


「え?え?間違ってる?え?その…あの…」


 僕がすごい剣幕で怒って間違いを指摘したら店主の子供はしどろもどろになり狼狽えた。


「おっと。息子が間違っていたかい?私が勘定させてもらうよ。んっと……1250G、銀貨1枚と銅貨2枚に銭貨5枚だね。失礼したお詫びも兼ねて君の言う通り、1000G、,銀貨1枚でいいよ」


 エリ姉が会計を済ませ麻袋に野菜を詰めてもらっていると店主が僕に話しかけてきた。


「私はこの商店の店主でジョスという。会計を間違った息子はユーグだ。君は計算が早かったが息子に算術を教える気はないか?家庭教師として。ちゃんと報酬は出すぞ?」


 え?なんと?


「え?その、僕はレオン。孤児院に住んでいて教会の仕事のない時ならできますが、その……彼とはさっき言い合ったのですが……仕事をもらえるんですか?」


「言い合いは既に君に軍配があがったろう?人に教える程度の算術はわかっているんじゃないか?」


「さっき程度ならば教えられると思います」


 小学生レベルの家庭教師なら全く問題ない。というか学生時代もバイトでやってきたことだしバイトで生活環境改善キタコレ!


「ユーグ、挨拶しなさい。明日からでも家庭教師として来てもらおう」


「……ユーグだ。さっきは悪かった……」


 まだ納得できないのか、それともプライドが許さないのか視線を合わせずに右手を差し出してきたので僕は両手でユーグの手をぎっちりと握り返した。


「明日から、よ・ろ・し・く・た・の・む!」


「いてぇぇ!てめっ!」


「やっとこっち見たね!」


 今度はふわりと握り直して一言だけ伝えた。


「明日またな!」

 

 ユーグから手を放し、エリ姉が持とうとしていた麻袋を持ち上げた。

 僕たちのやり取りを見てジョスさんは苦笑しながら呟いた。


「やれやれ、ユーグじゃ全く敵わないようだな。もしかしたら良いメンターを見つけたかも知れない」

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