14:ご褒美の休息

いつもならば、バタバタと余裕もなく仕事への準備をする時間に、贅沢にもかなりのんびりと暖かな日差しを浴びている。


こんな風にのんびり過ごすのはいつぶりだろうか?


遅刻することは許されないからと、いつも極限まで気を張っていたせいで、睡魔などほぼ感じていなかった数日前までがウソのように、ちょっと気を抜くとすぐに瞼が落ちてくるようになってしまった。


この寒い時期に、暖かな日差しを浴びるとなるとなおさら心地よくて、意識を覚醒させ続けるのが非常に難しい。


Wワーカーにとって、睡魔というのは最大の敵である。


そんな睡魔といつの間にやら仲良くなっていた自分の体は、普段は欲しがらない睡眠というものを欲しているらしい。



「………ぜんぶ、専務のせいですからね」



ふわふわと浮いているような感覚にも感じるほど、夢か現かの境界が曖昧になりつつある意識をなんとか保たせながら、そんな恨み言を呟いてみる。


もごもごと口の中でだけ転がしたような言葉であったので、自分の後ろに陣取っている彼には聞こえてなくても別に構わなかったのだけれど、背後から届く低めの笑い声のおかげで、まったくもって隠せていなかったことを悟った。


そうであるなら、隠したり偽ったところで何ら意味はないため、眠い目を擦りながら声の主に説教をするために肩越しに振り返り、下から見上げるようにして目線を合わせて睨みつけてみる。



「笑い事じゃないんですよ…。仕事に影響出ちゃいますよ…この眠さ…」


「それだけ、無理してたってことだろう?…いままでも実際にはそれくらい睡魔は来てたんだと思うよ。ただそれを、キミが感じないようにと本能的に遮断していただけじゃないかな」



そう言われれば、まぁ…確かに…と思うものの、なかなか素直に受け止めきれない。


「きちんと休みなさい」という彼の言い分が正論なのだろうと理解はできるが、仕事に影響が出てしまいそうなのは少々困ってしまう。



「休みもまだ二日目って……。あぁ…次の勤務からちゃんとやっていけるかな……」



はー…とため息を吐きながらいつの間にか完全に力の抜けてしまった体を、後ろから抱き留めてくれているぬいぐるみに預け、ほんの小さな弱音を吐いた。


働くことは嫌いではない。

けれどもまぁ、疲れることはある。


それでも休みたくないのは……



「やることないと、いろいろ考えちゃって…だめ、ですね」



時間がありすぎて嫌なことばかりに思考が落ちていくからだ。


負の感情に呑まれていいことなんか一つもないとわかっている。


それでも心が疲れてしまえば、やはりそういった感情に囚われるものである。


事実、今回自分が感情を爆発させてしまったのも、専務に指摘されたのがきっかけとはいえ、いい加減精神的に限界が来ていたということなんだろうとさすがに気付かされた。


そんな風に、昨日の失態をふと思い出してしまえば、ぞわ、と一気に血の気が引く。


職場の上司になんという醜態を晒してしまったのか…と、考え始めたら止まらなくなってしまって、じりじりと胸を焼かれるような焦燥に駆られたのだが、そんなこちらの心境を知ってか知らずか、専務が背後からすり、と唐突に甘えるように身を寄せてきたので驚きのあまり身を跳ねさせた。



「ひぁ!?な、なんですか急に」


「ん?何だか変なことを考えてそうだったから、ついね」



変なことってなんですか!?と突っ込みたくても、あながち間違いでもないせいでうまく反論がまとまらず、「うぐ、」と言葉に詰まってしまえば、「ほら、やっぱりね」とやれやれといった様子で専務が一旦軽く身を離して、それから今一度自分の体を引き寄せて腕の中に閉じ込める。


今度はバックハグではない、正面からのハグだ。


思わず息を呑んだけれど、彼はそのまままるで子供をあやすかのように、とんとんと優しく背をたたいてこちらの感情を抑えてしまった。



「大丈夫だよ。キミはいつも頑張っている。それこそ頑張りすぎくらいにね。少しの息抜きくらい、罪にもならないし、罰も下らない。疲れたから休むというのは、何一つ悪いことではないんだよ」



ゆっくり。

優しく。


そっと、心にしみわたるような。


そんな声音で、彼は言う。


その言葉があまりに真摯な響きを持って届いたものだから、変に反抗する気も起きなくなってしまった。


そうか。


休んでも、いいのか…。とそんな当たり前のことを考えながら、自分がいかに自分勝手に自らを追い詰めていたのかを思い知る。



「さて、休むのが悪いことではないというのを理解できたキミに、一つ提案があるんだが…」


「……?なんでしょう??」


「今日の午前中ゆっくり休んで、午後からは今後の働き方についてしっかりと話し合っていくのはどうだろう?」



柔らかな腕がそっと頬に添えられて労わるように肌を滑った。


ぬいぐるみに重なるようにして目に映っているその人の表情は言葉に比例しないほどに甘やかだ。


……………。


うん、無理だ。


もうこの人この距離から離れる気一切ないらしい。


離れてくださいと指摘するのもなんかもう疲れたので、もう、いいか……と、諦めることにする。


かくして、本日の予定は決定した。


全く何も予定がないというのより余程いいかと思い直して目を閉じる。


働き方改革会議によって、今後自分の生活がどれほど変化するのだろうかと、不安と期待が混ざりあって、少し不思議な気分を味わいながら、午後までは専務とのんびりと過ごすことにするのであった。


















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