閑話:妄想は容易く闇を育む

彼女を愛している。

そう自覚したのはいつだっただろうか。


この激情は、自覚して以降どんどんと熱を帯び、今ではもう自身での制御すらままならないほどに大きなものになっている。


可愛らしく微笑む表情も。


困ったように眉を下げながらはにかむ表情も。


驚愕と恐怖に震え、血の気を失ったまま、それでも気丈にこちらを睨みつけていたあの表情も、すべてすべてすべてボクのものでなければならない。


そう、彼女は最初からずっとボクだけのもので。


この世の中で、たった一人、ボクだけがこの『愛』を彼女に刻み付けることが出来るのに。



「…………どうして」



自身の口から意図することもなく、ほろり、と零れたのはそんな力ない一言だった。



どうして。


まさか。


…嘘だ。


信じたくない。


こんなの信じられるわけがない。



「うそだウソだ嘘だ………っ!!!!」



悪い夢だと思いたくて、自身の腕に爪を立てる。


じりりという鈍い痛みと、滲み出る赤黒い血液が、残酷にもこれを現実だと告げてきた。


有り得ない事だと必死で否定しながら、けれども今、自身のこの目で見てしまった瞬間の映像が壊れたDVD映像のように何度も繰り返し脳内再生されている。


この2日間、彼女の行動時間に変動があったのは気になっていた。


いつもの出勤時間に家を出ず、いつもは在宅していないはずの時間に在宅をしている様子がある事など、ここ数年見ない活動内容に違和感は覚えていた。


それでもたったの二日間だ。


たまには連休でも取ったのか、はたまた体調を崩してしまったなどの急な欠勤だろうと高を括ってしまったのが失敗だったのだろうか。


もしかしたら、あまりの体調の悪さにいよいよこのボクに助けを求めてくれるのではなどと甘い期待をしていただけに、その衝撃の光景に息を呑んだ。


いつもは開くことがないカーテンが、珍しくゆらりと揺れて開かれる。


窓側に目隠しのレースカーテンが残っているせいではっきりとその姿をとらえることは出来なかったけれど、カーテンを引いたのはとても大きな人影だった。


彼女の身長で、あんなにも大きな影になる事は有り得ない。


かなり大型の人物と思われるその影は、一旦少し離れたかと思うと再度窓際に寄ったのか再び影が現れる。


その影の近くにはもう一つ小柄な人影もあり、それこそが愛しい彼女だと分かりたくないのに分かってしまった瞬間、二つの影はするりと一つになってしまった。



「なんで!どうして!!いつの間にこんな…!!!ああぁぁああだめだだめだだめだっていったじゃないか!!!どうしてキミはいつもいつもいつも悪い虫を寄せてしまうんだ!!!!!!」



あまりにも激しい怒りで、目の前が赤く明滅する。



苦しい。


悲しい。


裏切られた。


どうして。


キミには、ボクだけいればいいはずなのに。



「……そう、ボクには、キミだけ。そしてキミにも、ボクだけ、なんだ」



あぁ。

なんてボクの『彼女』は悪い女なんだろう。


こんなにも一途なボクをこんなふうに弄ぶだなんて。



「わるいこには、お仕置き、しなくちゃ……ねぇ?」



誰にともなく囁いたその自身の言葉は、ヒビが入ってカラカラになっていた自分の心に甘露のように沁みわたり、一気にこの身を満たしてしまった。


そうとなれば、彼女の為に最高の一幕を準備しなければと、爛々と目をぎらつかせながらその場を後にする。





クツクツとひそやかに嗤うその人物にもはや正気の色はなく、『愛』という名で象られた狂った妄執だけが残されていた。



































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