13:解けていく警戒心
Wワーカーのお部屋事情というものを皆様はご存じだろうか。
働いた後、ほんの少しの休息をとったあと、また働きに出るという生活をしていると、正直室内の片付けにまで手が回せないというのが実情である。
けれども、幸いなことに自分には物欲というものがほとんどないので、あれこれと買い込んでしまって片づけられないというような事案が発生することはない。
ただ逆に、基本的に何も置いたりしないため女性の部屋らしからぬほどに殺風景というだけで。
「……すごい、眩しい」
「あれ、もしかして普段はこうしてカーテンを開けたりしないのかな?」
「え?まぁ…わずかな待機時間っていう感覚だったので、いちいち開けたり閉めたりするのも面倒でしたし…。まるっと一日お休みを頂いた日に、『くーちゃん』と日向ぼっこをする時以外は基本的に開けないですね」
普段はずっと薄暗いままの殺風景な寒々しい部屋に、眩しいほどの光が差し込んでいる。
今日は天気がいいから開けておこうね、とつい先ほど専務がカーテンを引いてくれたおかげで、いつになく室内が明るく感じられた。
燦々と室内に入り込む太陽光はほのかに暖かくて、確かに今日は絶好の日向ぼっこ日和である。
…とはいえ、窓際はまだまだ冷える時期ではあるので、今から日向ぼっこというのは少々ご遠慮したいものではあるが。
「あの、今はまだ少し寒いのでもしかしたら昼過ぎの方が良いかもしれません。そのくらいの時間なら暖かくて、もっと心地いいと思いますよ?」
「ん?キミは日向ぼっこしたいの?」
「……???あれ、専務の目的が日向ぼっこなのかと思っての提案でしたけど……、…違いました?」
「……いや、別に僕は…。朝から日差しを浴びるのは体内時計を正常にするのにいいっていうから…と。……あぁ、もしかして……そういう………ははっ!」
快活に笑われてしまってからハッと気づく。
ついつい見た目の愛らしいぬいぐるみ感のせいで、自然と『日差しを浴びる=日向ぼっこ』という関係で結びつけてしまったけれど、このふわもふなぬいぐるみの今現在の『中身』は久須平専務なのだ。
つまり……、そんなものを要求するわけが、ない。
「あ…っ、いや、なんかすいません!!!そうですよね!!!専務は日向ぼっことか、しませんよね!!!?あは、…は……っ!??」
自分勝手なもの凄く見当外れな思い違いを恥ずかしく思いつつ、笑って誤魔化そうとしたけれど、そんな自分の腕を掴んできたのは、相も変わらずもふもふでやわらかな腕。
掴まれたと思った途端、あっという間にグイっと引き寄せられてしまい、バランスを崩した体は踏みとどまることも許されないままに前のめりに倒れ込む。
そうして、ぽふん、と軽やかな音ともにふわふわもちもちの感触に包まれた。
ずるいな、と思えてしまうほどいい感触のこのぬいぐるみの腕の中は、はっきり言って地上に於いて究極と言っても過言ではないほどの癒しゾーンである。
そんな腕の中に囲われてしまえば、抵抗する気など一瞬で失せるというもの。
「あの…、せ、専務…」
「言っただろう?…僕だって、『くーちゃん』だよって」
「ぴゃあぁ!」
ただし、こういう時に唐突に放たれる謎の専務の色気の込められた声音すらなければ…という話だが。
垂れ流しの艶やかさに充てられる前にとにかく離れねば!と、慌てて飛びのこうとした自分の腰にはすでにふわふわの腕が回っていて、抜け出そうにも抜け出せない。
「ぐぬぬぬ!!!なんで放してくれないんですか専務!!!」
「んー?どうしてだろうねぇ?」
「あ!ちょっと!?」
くすくすと耳触りの良い笑い声がする中、ほとんどの抵抗を許されないままに勝手に体勢を変えられてしまい、気が付いた時にはもう定位置とも化しているバックハグの形に持っていかれてしまっていた。
本当にこの体勢好きなんだな……というか、なんという手際の良さ……と、戦々恐々としている自分に気付いているのかいないのか、彼はとても満足そうにそのまま後ろから抱き着き、すりすりと頬を寄せてくる。
「ううううう!!!だからこの体勢は近すぎやしませんか!!!?」
「ぬいぐるみだし、このくらい普通じゃないかな?」
中身はいい歳した大人が何を言っているんだ!!!!と内心ツッコミながらも、放して頂ける素振りを感じないので、もうこれは諦めるしかないかな…とため息を落とした。
「………今日は、このまま日向ぼっこ、します?」
「いいね。キミとのんびり過ごせるなんて、最高の休日になりそう」
そっと後ろから囁かれる甘やかな声は本当にうれしそうで、この人は本当に自分が知っているあの専務で間違いないのだよな?と今更ながらに疑問が浮かぶ。
(…………まぁ、何か楽しそうにしてるし……いいか)
浮かんだ諦念に苦笑しながら、久方ぶりの日向ぼっこを満喫することにする。
―――…その時の自分は気付いていなかった。
抵抗を完全に諦めたことにより自然と力が抜け、体が後ろに沈み込んだことにも。
受け止めている側にも、自分の警戒心がある程度は解けてしまっていることが、この体を通して如実に伝わっているという、その事実にも。
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