11:謝罪と感謝と、お願い事 … ≪後≫

「まずはキミに、謝罪と、感謝を」


「………!」


「キミの日常に、突然入り込んでしまったこと。本当に申し訳なく思う。本当はキミの前で動いて見せるつもりは一切なかった。もちろん、プライベートを覗き見るつもりなんかもなかったんだ。けれど、あまりにもキミが無理をしているから…つい我慢できなくて……」



…『彼』は本当に申し訳なさそうに言葉をゆっくりじっくりと繋げていく。


真摯な言葉はすんなりと私の胸の内に落ちていき、強張っていた体からジワリと力が抜けていった。


そんな自分の様子にも気が付いてくれたのか、『彼』はそっと自分の口元からぬいぐるみの腕をそっと外して、少し離れたところに腰を下ろして言葉をつづけた。



「少しでも気持ちよく眠ってもらえたらと思って思わず腕が動いてしまった。動いたことに気付かれたときはもうだめだと思ったのに、まさか受け入れてくれるだなんて…。あの時は泣かせてしまって本当に申し訳なかった…。言葉も届かないから、どうしていいか分からなくて、ただ涙を止めないと、と必死で……。あの時の僕こそ、随分情けなかっただろう?」



困り顔の表情があまりにも美しすぎて、喉の奥が変な音を鳴らした気がする。


神様、あなたが遣わしたこのお方の破壊力がやばいです!!もうどうにかして!!!!!??と願うも、当然応答などあるはずもない。



「キミが受け入れてくれた時は、正直ほっとした。存在を認知されることがこんなに安心感高まるものだったなんて知らなかったんだ。本当に、ありがとう。キミに否定されてしまっていたら、きっと、僕はに残っていないのだろうと思う」


「あの、そんな…!別に、大層なことは何もしてないので…」


「いや、キミが僕を救ってくれたんだ。キミとの日々は、自分の人生の中のたったの数日なのに、僕にとっては値も付けられないほどの宝物だ」



会社で、見ることがほぼない専務の満面の笑み。


あまりにも眩しすぎるそれを、直で見せられるという謎の拷問にさらされている自分を誰か助けてくれないかしらと、意識を遠くしつつ『彼』の言葉に耳を向ける。



「キミには、感謝してもしきれないくらいの恩を感じている。……そんな君に、こんなことをお願いするのは、すごく、烏滸がましいと思うんだけれど…」


「………お願い、ですか?」


「そう、『お願い』だ。これはもちろん強制なんかじゃない。でも、できれば…叶えてほしいと、思っていて……」


「そ、そんな…私に、できる事で良ければ!」


「もちろん、キミにしかできない事だよ。……あのね、その…。……僕は、確かに久須平だ。キミにとっては、ただの職場の上司でしかないと思う。だけど……この現状が、偶然なのか何かしらの因果なのかも分からないけれど、僕にはここで過ごさせてもらった数日間があまりにも煌めいていて、とてもじゃないがせっかく得られた『くーちゃん』としての立場を、溝に捨てるような真似は出来そうにないんだ」



勢いあまって、すでに了承ともとれる返答をしてしまった後の話の流れが、何となく良くない気がしてひやりとした物が背中を伝う。



「え、あの…久須平専務??」


「…あぁ、それ。…それをさ、やめないか?」


「え」


「僕の呼び方、それじゃ嫌だなって思って」



少しの照れを滲ませながら頬を掻く彼の姿に、ひゅ、と今度こそ本当に喉からか細い音が鳴る。


嫌な予感は、どうやら的中するようだ。



「………ま、まさか」


「うん。だって、僕も『くーちゃん』、だから…ね?」



……つまりは今までの通りに『くーちゃん』として扱え、と!!?


いやいや、さすがにそれはどう考えても宜しくないです断固拒否しますよ、さすがに!!!!



「………む、むり……っ!!!!!それは無理です専務!!!!!!!」


「そう?じゃあ、練習してもらおうかな?」


「ひ、ひぇぇぇえええええ!!?ご勘弁をぉぉぉおおおお!!!!!」



『くーちゃん』と部下から呼ばれたい上司って何!!!!!!?と大混乱の中、逃げ腰の自分をサッと抱え上げた『彼』は、その足で自分を布団の上へ移動させる。



「でも、今日はここまで。たくさん泣いて、たくさん混乱もさせてしまったし。かなり疲れただろうから、ちゃんとゆっくり休まないとね」



抵抗する隙すらない手際の良さで、すっぽりと自分を布団に包ませてしまってから、いつものようにもふもふの腕で自分の頭を撫でつける。



「………甘やかしたって、なにも、出ませんからね」


「僕がやりたくてやってるんだから、キミは何も気にしないで眠ったらいいんだよ」



…あぁ、でもいつか、いつもみたいに『くーちゃん』って呼んでね、と柔らかな声が耳を擽るのを感じながらも瞼はゆるりと落ちていく。


本当に、思っていた以上に疲れていたらしい。

緩やかではあるものの、抗えない眠りの波がやってくる。


また、このパターンか……と思ってはいるのに、強く抵抗出来ないまま、とろりと意識が溶けていった。



「ゆっくり、おやすみ」



穏やかで、やさしい。


微かに残った意識の端で、酷く甘ったるい声を聴いたのを最後に自分の意識はふつりと途絶えたのだった。






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