10:弱虫が望むモノ … ≪後≫
「………わかってる。贅沢だよね。…その場にある自分の環境にどうしたって馴染めないってだけで、苦しい、死にたいだなんて。他にはもっと苦しくて大変な人だっているのに…って、そんな風に思ってる人だってたぶん少なくないと思う。……そういうのも全部、ちゃんと、理解はしてるのに…」
叫んで、焼けたように熱を持つ喉からは掠れた声が紡がれていく。
紡ぐ言葉の一つ一つが、自らの悪し様をすべて晒しているようで、それらすべてに嫌悪した。
言葉一つで簡単にこの命を消せればいいのにと、そう願うほど。
「……死にたいの、ずっと……」
ようやく息も整い、最後に吐き出したのは切望だった。
神すら叶えてくれなかった、唯一の希望。
何度も何度も何度もお願いをしたのに、最後までその願いが叶えられることはなく、ただずるずると無為に生かされ、すでにあれから10年を超える時が過ぎてしまった。
神は、いない。
それは自分の中ではもはや確定事項であった。
だからもう、神には祈るつもりも願うつもりもない。
死にたい。
でも、死ぬのは怖い。
そんな『贅沢』で『傲慢』な事を願う自分が、選んだのが今の生き方だった。
「『過労死』することを、緩やかな自死って表現した人がいてね。たまたま目に留まった雑誌のあおり文の一つだったんだけど、あぁ、確かに…って納得しちゃったの。それと同時に、これなら自分にも実行できる自分の殺し方だって、思っちゃったんだ」
昔から働くことは好きだった。
学生の頃にも、長期休暇中はよく飲食店でバイトさせてもらっていた。
もちろん苦手なことはあれど、新しいことを覚えるのも好きだし、覚えたことをいかに効率よく仕事に使っていけるかを試すのだって嫌いじゃない。
そう考えた結果、今の極限まで眠らずに常に働き続けるという、常時稼働スタイルのタイムシフトが完成したのだ。
昼夜働き続け、食に拘らず、睡眠時間は最低限。
こうすれば遅かれ早かれじりじりと自らの命は摩耗していく。
そうなることを願い、ただひたすらに働き続ける。
朝も、夜も。
早く死ね。
早く壊れろ。
そんなことを胸の内で願いながら。
疲れた素振りを同僚に見せないのは、彼らからも可哀そうな人だと思われたくないからだ。
自分はただ好きで働いているのだ、というスタイルを貫けばそこを深く突っ込むような人はいなかったし、人が急遽足りない時にも「私が!」と名乗りを上げることで、仕事が好きだということをアピールもできる。
誰も、私が『自殺』しようとしているとは考えないという、その環境こそが素晴らしく理想的だったのだ。
ただ、盲点だったのは自身の体の頑健さというところだろうか。
職場からの指示で1年に1度は健康診断を受けているけれど、残念ながら何かしら指摘されるような異常はこの数年見られていない。
いつまで経っても、死に近づかない体を憎々しく思いながら、私は今日も生きている。
「………。さすがに……幻滅、した……?」
幼いころから共に過ごしたぬいぐるみにも、自身のこんな気持ちを明かしたことは今まで一度もなかった。
疲れたー!と愚痴のように言うことはあっても、その疲れる要因となっている働き方の一番の理由について語ったことなどない。
けれど、いつも癒していてくれた『くーちゃん』には本当に申し訳ないけれど、ひそかに、死ぬなら『くーちゃん』のもふもふに包まれて死にたい、と思っていたこともまた確かな事実なのである。
申し訳なさにも似た焦燥が胸を焼いていく中、ずっと静かに聞いてくれていたらしい『くーちゃん』がもそりと動いた。
「……?…ん、くーちゃん………?」
額、瞼、頬、鼻先の順に『くーちゃん』の鼻の頭が触れていく。
「―――……キミに幻滅なんて、するわけがない」
どこかで聞いた覚えのある声が鼓膜を揺らす。
え、と思う間もなく、唇にも『くーちゃん』の鼻先が触れる感触がして………そこではじめて自分は『彼』と目が合ったのを感じ取る。
「…………びゃああっ!!!!?」
その衝撃と言ったら、ない。
だって、こんな情けない姿を晒したばかりで。
なにがどうしてこうなったのか、もはや理解が追い付かない。
「な、な、な………っ!?なに、なんで……!!!?」
あまりの動揺に、言葉さえまともに発することができず、混乱のあまり自分は初めて自身を抱きしめているそのもふもふの腕から逃れようと藻掻いた。
「こら、だめだよ。急に動くと危ない。キミに怪我させたくないんだ」
「け、怪我とかしない!!しないから、放してくださいぃぃぃ!!!」
「……あれ?」
そこでようやく、ぬいぐるみの『彼』は抱いていた腕の力を抜いてくれた。
その隙をついて少しだけ距離を取ってから、ちらりと『彼』を見る。
…………うん、目の錯覚とかじゃ…ないらしい……。
「あ、あの……」
「……僕の声、聞こえてるの?」
「は、はい!…と言っても、ホントに、ついさっきから…ですけど……」
「そうか、よかった。流石にメモ機能だけだと色々と伝えきれなかったから、助かるよ」
そういって、『彼』が笑っている。
いや…もう何だろうこの現象ホントにわけが分からない。
確かに目の前にいるのは自分が幼いころから大事にしてきたくまのぬいぐるみであるのだが、その、ぬいぐるみに重なるようにうっすらと人影があるのだ。
「あ、あの……
それは、いつも大変お世話になっている上司の姿で、自分の言葉に対してにこりと微笑んで、自身のその言葉を肯定してみせるのだった。
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