10:弱虫が望むモノ … ≪中≫

誰にも助けを求められない世界に突然突き落とされる恐怖を、どれだけの人が知っているだろうか?


確かにそこにあったはずの希望なんて、その世界ではまるで意味も成さなくて。


どうして助かったのか。

なぜ一緒に死ねなかったのか。


その疑問に対しての答えはどこにもない。


だからこそ、当時の自分はより深く絶望したのだろうと思っている。


葬儀などの諸々の処理を終えた後、無駄に長すぎる時間を取っての親族会議を行なった結果、結局自分は母方の祖母の妹、つまりは淑祖母おおおばのもとで暮らすことになった。


淑祖父おおおじは私を引き取ることをあまり良しとはしていなかったようではあったが、自身が行く予定だった専門学校への入学を取りやめて、生活費などは自らで確保することを約束したことで、なんとか淑祖父の家の一室を貸してもらえることになったのだ。


両親が生きていた頃でさえほとんど会う機会もなかった人との共同生活は思った以上に気を使ったし、周りにもかなり気を使わせているという自覚もあったので、当時はとにかく急いでお金を貯めて家を出ていかなければとそればかりを考えていたように思う。


そんなことを前向きに考えている様に見せながら、頭の片隅にはいつも『死』への切望があった。


けれどそれを悟られてはいけない。


もしも死ぬなら、誰にも目に触れない場所で、迷惑が掛からないようにすべての手を打ってから行なおう。


そう決めて、ひそかに自分の死に方を模索する。


いつ。

どこで。

どんな方法で。


時間があればそんなことばかりを考えている。


痛いのは嫌なので、傷をつけるのは却下。

溺れたり、首を絞めるのは苦しいので却下。

薬を大量に飲むのは致死率低いので、却下。


『死』をこいねがい求めるくせに、その『死』に対して強い恐怖も抱いているせいで、結局どんな死に方にするかすら選べない。



(ずるくて、弱くて、…なんて卑怯な)



赦されるならできるだけ綺麗に死にたい。


そんな我儘を通そうとする愚かな自分をより嫌いになっていく。



「……と、まぁ……割とねー…ダメな子なの、私」



へへ、と力なく笑いながら後ろから抱え込んでくれている『くーちゃん』に寄り掛かる。



「そんな感じで色々考えてると表情抜け落ちちゃうらしくって、それがまたかなり暗い表情っぽいんだけどね。そんな風にちょっとでも暗い顔してると、皆が鬱陶しいくらいに目に見えて同情してくるの…。それが、ものすごく嫌で。『二人が見守っててくれるから大丈夫だよ』って言われるのも、『亡くなった二人の分も頑張れ』とか言われるのも嫌だったな。あ、あと、『可哀そうに』って言われるのも大っ嫌い。だから、そういうのを片っ端から黙らせるために、『笑う』ようにした。いっそバカっぽく見えてもいいかと思って、大袈裟っていうくらいずっと『笑って』たら、いつの間にか『親が死んでも涙も流さない親不孝者』っていう扱いされてたのには驚いちゃったけどねー」



ぺらぺらと。


勝手に動く口がぼろぼろと自分が隠していた何もかもを吐き出してしまう。



(―――……もう、最悪だ)



こんな嫌な考えばかりの自分を知られてしまった。


汚くて弱い、酷く幼い考えの自分。


そんな自分が今更何かに愛されようだなんて、なんて烏滸がましいんだろうか。



(あぁ…『くーちゃん』にだけは、嫌われたく、なかったな)



「…………こんな…、こんなこと、聞かされたって困るよね……。ごめんね、くーちゃん……。わたし、こんな、……こんな嫌な女で、……弱虫で、ごめんなさ、い……」



ひくり、と喉が痙攣する。


あ、これはダメだと思った時にはすでに遅く、ポトリと一滴涙が溢れてしまった。


そうして嫌な予感は的中し、溢れ始めた涙はどう拭ってもじわじわと湧いて出てきて止まらない。



「う、……っ、うぅー…」



泣くな。


同情を呼ぶような行為は嫌悪しろ。


そんなふうに同情される資格などお前には初めからないんだからと、頭の中の嫌な自分が、ひたすら自分を罵倒する。



嫌い。


きらい。


こんな自分が、大っ嫌い。



膝を抱えて呻くように泣き声を嚙み殺していると、背後から回されていたフワフワの腕にぎゅっと力がこもったのが分かった。


それから、『くーちゃん』は自分の体をよりふわもふな体側に引き寄せると、俯いていた自身の顔を少し上げさせ、いまだ流れ落ちる涙を柔らかな腕で拭っていく。


すりすり。

なでなで。


その仕草はまるで、動くようになった『くーちゃん』と初めて対面した時の再現のようで。



───そう。


ペふペふ、と目元を撫でる優しい仕草は、何一つ変わってなくて……。



「ふ、ぅ、う……っ」



声がこぼれる。


溢れる涙が止められない。


凍りつかせていた感情が、ドロドロに解けて、流れ出ているかのように。



「死にたかった……!ずっと、ずっと……死にたかったよ!!だって、1人なんだもん!!!寂しいよ!!誰も助けてくれないし、大人はみんなお金のことばっかりで!」



それは、自分でも初めて『聴いた』自分の本音。


今まで口にすることは許されないモノとして、勝手に自分の中で削除され続けていた言葉。



「専門学校だって、本当はちゃんと行きたかった!!でもそんなの、わがままだって分かってたから言わなかっただけで……っ!!都合がいい子でいられないならすぐに放り出されるって分かってたから、だから、ぜんぶ我慢したのに!!」



久々に叫んでいるからか、喉が熱くて焼けるようにも感じるけれど、箍が外れてしまった感情を止めるすべを自分自身では持ち合わせていなくて、ただ、思い浮かぶ言葉を吐き出し続ける。



「可哀想って何?2人が見守ってるって何?これ以上何頑張れって??希望も何も無い人間に、何を期待してんの?おまえも、死ねばよかったのにって、みんな、皆、思ってたくせに!!!!」



───なんで、あの子だけ助かったのかしら。



葬儀の時、そんな言葉を耳にした。


それがどういう意図で囁かれたものだったのかは今となっては知る由もないけれど、打ちひしがれていた自分の心にトドメを刺したのは間違いなくあの言葉だった。


そのナイフのように鋭い言葉を、あの瞬間ポジティブに受け止めれる強さは、当時の自分にはなかった。



「…は、……っ」



まるで、全速力で駆け抜けたあとのように息が上がっている。


こんなにも激しい感情が自分の中にあったのなんて知らなかったし、知ろうとも思ってなかった。


ひたすら、『無私むし』していたから。


『笑って』いる自分は、『死にたい自分』を隠すための別人格と言っても過言ではなかったのだろう。


だとするなら、私は、なんて空っぽな人間なのかと……もう、ただ力なく失笑するより他になかった。






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