09:お説教のお時間です … ≪後≫
(自分を大切に、って……どう、やるんだっけ……?)
唐突に自身の中で湧いた疑問にぞっとする。
胸の内が酷く騒いで気持ちが悪い。
駄目だ、それは考えなくていいことのはずだ…と、湧いてきた疑問に対してぎゅっと固く蓋をしてから、しっかりと心の奥そこに押し詰めることにした。
どくどく、と心臓が嫌な音を立てている気がして、けれどもそれを『くーちゃん』に知られたくなくて、必死になっていつもよりゆっくりとした呼吸を繰り返して落ち着こうとするものの、胸の内にある不快感は一向になくなりそうもない。
「…確かに、いちいち健康に気を遣うとかは、流石にやってないけどさー……。…でも、別に無理は……してない、よ?」
自分自身の限界値は数年間のWワーク期間を経てしっかりと把握をしている。
自身の体調次第で昼夜の職場に迷惑をかけてしまうことになるのだから、その辺りの感覚についてもしっかり心得ているつもりだ。
……今回の連休を貰える原因となった寝坊については、…あれは『くーちゃん』の寝かしつけ能力が多大に発揮されたというイレギュラーがあったせいだと思う。
だから、『くーちゃん』には前にも伝えたように、今までの生活が苦しいと思うこともなかったし、今の生活をつらいと思うこともないのだから大丈夫だと主張した。
今現在、大変充実している毎日だと思うようにしているということも。
―――…だけれども。
『……そうだね。きっと、ずいぶんと長い間そんな風に考えて、ずっと自分を守ってきていたんだろうね』
「……っ」
どうにも『くーちゃん』に対しては自分の本心は隠し通せないようだった。
ぬいぐるみの瞳から感情の変化など読み取れるはずもないのに、その目に深い愛情と憐みの感情の色が浮かんでいるのを感じてしまって、何とも居たたまれない気分になり、そっと視線を外してそのまま下方へ視線を移す。
こういう時、どう対応していいのかが分からない。
浅く、狭い人間関係でしかやり取りしたことがないからだ。
人間は…とても怖い。
だって表で口に出していることと裏で思っていることが全く違うのだから。
……まるで、自分のように。
そうだ、分かっている。
自分が一番わかっているのだ。
自分の本心がどんなに汚らしいモノなのかを。
……だからこそ、こんな風に暴かないで欲しかったのに。
『言葉にするのは、良くないかもしれない。キミにもきっと、たくさん思うことはあって、その感情すべてを僕がどうにかできるわけでもないから』
「……じゃあ、ずっと言わなかったらいいじゃん…」
『そういうわけにもいかない。僕はキミを大事に想っているから、今の現状は見過ごせないよ』
「………えぇー……」
自分の体を抱え込んで、『くーちゃん』はそんな風に言葉を紡いでいく。
出来すぎなくらい優秀なぬいぐるみにはカウンセリング機能でも内臓されているのだろうか?と疑わずにはいられない。
そんな風に、何とか気を逸らすようなことを考えてはみるものの、結局意識は引き戻されてしまうので、じわじわと何か得体のしれないものに浸食されて、心が悲鳴を上げているようだった。
ずっと、気付かないふりを続けてくれていたらよかったのに。
そんなわがまま、通用するはずもないけれど。
『僕は、キミを大切にしたい』
「……うん」
『キミの体はもちろんだけど、その心だって護りたい』
「こころ…?」
『そう、心も。…でもきっと今から伝える言葉はキミを、…キミの心を傷つけるだろうと思う』
「……、…」
『それについてを非難するつもりはないし、キミを否定するつもりもない。だけど、キミが抱えているそれは、一人で持つにはあまりにも重いモノでしょう?』
「………」
『……キミが隠し続ける本音を、今ここで暴いてしまおうとする僕を…どうか、許してほしい』
もうここまで言われてしまって、腹をくくる以外の選択肢はあるだろうか?
少なくともそんな都合のいい選択肢は自分の中には存在していないようで、そっとため息をついてから、暴かれた瞬間に感じるであろう心の痛みに備えて、ぎゅっと両手を握りしめて身構える事しかできなかった。
『キミは、ずっと……死にたかったんだね?』
いつも以上に時間をかけて、ゆっくりと打ち込まれた言葉のナイフは、優しく、それでも容赦なく自分の心臓を貫いていく。
あぁ、ホントに、全部ばれてるのか。と、あまりにも的確な言葉にちょっと笑ってしまった。
そう、その通り。
田ノ倉ささらは、ずっと死にたいと願っている。
世界にひとり、置いてけぼりにされてしまったあの日から、ずっと……―――。
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