09:お説教のお時間です … ≪前≫

「食欲」というのは、命あるものすべてが生まれながらに持っている生存本能というもので、人間にとっての三大欲求とも呼ばれている。


国や地域によっては違う三大欲求理論を説く学者もいるらしく、どの説であっても学術的な根拠はないというのが現状ではあるそうだが。


しかして、欲望というものに順位など、本来ならつけようもないと思う。


それこそ各々の性格や生活習慣なんかで変化するものでもあるだろうからだ。


現に、その三大欲求と呼ばれているはずの「食欲」というものがかなり薄い人間が、実際にここに存在しているわけで……。



「…………」


「…あの…ええと……くーちゃん……???」


「………、…」


「……ぴぇ」



現代のこの国に住んでいて、最も理想的で適切な食生活をしている人は、朝昼夕の3回しっかり決まった時間に食事を取る。


多少時間がずれるような生活をしている人であったとしても、昼と夜とで1日に2回は食事をするものではあるが、………自分はこの二つには当てはまらない。


自分の食事は、一日に1回取ればいいほうなのだから。



「ままま待って待って!!?今日はいつにも増して圧が凄くない!!!?」



ずごごごご、と背景に効果音が浮かび上がってきそうなほどの威圧感とともに『くーちゃん』がこちらを見下ろしてきている。


もちろん、無言で。


正直に言おう。


……めっちゃ怖い。



『キミが、今日ご飯を食べてるところ、見てない』



そんな威圧感から逃げられない自分の前に立つ『くーちゃん』が、今までに見たこともないほどの速さで打ち込んだ文章を読んで、自分は冷や汗をかきながらそっと目を泳がせた。



「ん???えー…?そう、だったかな?……いや、食べたよ!うん!ほら…お昼過ぎくらいに!!」


『……もしかして、チーかま1本のこと?』


「そう!それそれ。いやぁ、やっぱりチーかまは美味しいよねぇ」



Wワーカーで一人暮らし。


誰に何を言われることもないという生活を続けていると、まずは食生活に大きな変化が起こる。


『食事を作る』という習慣がいつの間にやら消えるのだ。


もちろん、最初は自分一人なら適当でいいか、という考えから時短料理くらいは作っていたし、そもそも祖父母と暮らしていた時にはそれなりに料理の手伝いもしていたのだから全く作れないわけではないが、一人分の料理を作ることほど虚しいことはない。


それに、一人で食べてもあまりおいしいと思えないせいもある。


後片付けも億劫になってしまって、コンビニなどを利用するようになるものの、やはりそれらの味には飽きてきて、徐々に食事の回数は減っていく。



『それは食事じゃなくて間食でしょう?………食事は?』


「んー……と、今日は、食べない日…かなぁ…?なぁんて、……へへへ」



1日3回の食事が2回に減り、時が経つごとに1日1回食事すればいい方というところまできてしまった。


さすがに食べなさすぎると貧血になったりもするので、一応保存食としてダイエットバーや栄養ドリンクはいくつか家に常備しているが、休みの日はとくに空腹を覚えることも少ないので何も口にしないことも多くて……。


つまり、自分の中では今日は休みの日ということで『食べない日』という認識になっており、食事のことは何一つ考えていなかったのである。



『……本当に、なんて危ない生活をしているの…?』



『くーちゃん』はそう打ち込んだ画面をこちらに見せてきた後、ゆっくりと自分をモフモフの大きな腕の中に閉じ込めた。


睡眠に関してといい食に関してといい、『くーちゃん』には心配しか掛けてないなぁ……と、苦笑いしつつ自分からも『くーちゃん』の柔らかい体に腕を回す。



『ちゃんと食べて、ちゃんと休もう?キミは、もっと自分を大事にしないと、だめ』


「…じゃあその、ダイエットバー…で」


『……。今日は食材もないだろうし、それでいいけど……。でも、明日はちゃんと買い物に行って、しっかりとした食事をするって約束して』


「う、うぐぅぅぅ……」


『そんな食生活で、今みたいな睡眠時間をずっと続けてただなんて……。今まで体を壊さなかったのは奇跡みたいなものなんだよ?お願い。何よりもキミのために、ちゃんとご飯食べて?』



31歳、独身、女。


幼い頃から大事にしていたぬいぐるみから、正論すぎる正論で自身の生活へのお説教を頂きましたぁぁぁありがとうございますぅぅ……。


『くーちゃん』と生活をしだしてから今の自分の危うい生活環境を思い知らされるというか、なんというか……本当の意味で色々と見直していかないといけないと考えさせられていく。


今まで考えていなかったことのツケだろうか?


でも、今更こんな風に自分を省みる時間を持てるのも、『くーちゃん』とこうして過ごせているからこそではあるけれど…。





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