08:爆砕するほど高鳴るものは
「やぁったー!!完成したぁ!!!」
色とりどりの毛糸を、黙々と編み始めて3時間弱。
久々の指編みで、ちょっと編み方覚えてるかなと不安になりつつ始めたものの、思いのほか自分の記憶力はきちんと機能してくれた。
編み始めこそ少し手間取ったものの、指先を一巡する頃には流れを完全に思い出していたので、色の合わせ方や最終的な形の整え方なんかもゆっくりじっくり考えながらその過程をも楽しむ余裕すらあって、正直すごく有意義な時間を過ごせてしまった。
完成した作品も久しぶりに作ったにしては、中々の出来栄えだと自負できる。
じゃじゃーん!と完成品を『くーちゃん』の前で掲げてみせると、『くーちゃん』はふかふかの両手をぺふぺふぺふぺふと高速で打ち、鳴らない拍手をもってして労ってくれた。
「……ただ、……途中から楽しくて夢中になっちゃって……」
言いながら、『くーちゃん』の首に完成したマフラーを巻き付けてあげたのだが……
「……うん。完っ全に長すぎた……っ!!!!!」
思いつくまま気の向くままに。
普段、類を見ないほどの集中力を発揮してひたすらにもくもくと編み続け、時間感覚もわからなくなるほど没頭してしまった結果、なんと『くーちゃん』の首周りを2周しても、両サイドが床に垂れ下がり引きずるほどの超ロングマフラーが出来上がってしまっていたのである……。
ぐぁぁぁっ!!なんという大失態……!!!!と、悔しさのあまりにその場をじたばたと転がり回る自分をよそ目に、マフラーを巻き付けられた本人(……本ぬい?)は、とてつもなく浮かれた様子で、余って垂れた分のマフラーもそれぞれの腕に巻きつけて、そのマフラーに嬉しそうに頬擦りをしていた。
そんな様を見てその可愛さにひれ伏さずにいられるだろうかいや無理だ可愛いは常に正義である異論は認めません!!!(早口)
「はーぁぁあ……くっそ、かわいいなぁぁぁあもぉおおお」
可愛さ天井無しかよぉぉぉ最高ですもっとやれ!!!!!と、未だはしゃいでいる様子の『くーちゃん』の可愛さの前に跪いて頭を垂れるようにして頽れていたのだが、不意に大きな腕が伸びてきて、その腕が床に伏せていた自分の体を抱き起こされた。
そのまま『くーちゃん』は自分を抱き上げるようにしてぎゅうっとふわもふハグをしてくれる。
言葉はないのに、『嬉しい』という声が聞こえるような。
そんなハグに自分も嬉しくなりながら、ぎゅっと自分から身を寄せて抱き返す。
すると、何を思ったのか『くーちゃん』は自分を腕に抱えたままで、くるくるーと緩やかに2周ほど回ってみせた。
「ひゃー!!くーちゃん、本当に力持ちー!あははは!!!!」
そんなことをされるのは、もちろん子どもの頃以来だ。
こんな風に声を上げて腹から笑ったのも一体いつぶりだろうか。
たのしい、という気持ちがどんどん湧き上がる。
『くーちゃん』があんまり素直に喜んでくれるからか、自分の気分も高揚して止まらない。
「気に入ってくれた?」
「……♪」
私の問いかけに、もちろん声での返事はないけれど。
それでも何度も首を縦に振って、嬉しそうに自分に擦り寄ってきてくれるその様に、喜び以外は何も感じられなくて。
ほわ、と自分の心も温かなもので満たされていく。
「ふふ、そんなに喜んでくれるなら、もっと早くに作ったら良かったねぇ」
今度は、もっとピッタリなやつを作るからね!!!と決意新たに次作の制作に意欲を燃やしたのだが、『くーちゃん』は、それに対してはフルフルと首を横に振った。
え、まさかの受け取り拒否……!!?
喜んで貰えると思っての提案がまさか棄却されるとは思わずに、ショックを受けつつも、まぁ、こんな失敗作作っちゃう奴の次回作とか期待も出来ないよね……と、自己完結させかけた自分の視界がぐるりと回る。
「…………んん!?……な、何、どうしたのくーちゃん???」
抱き上げられていた状態から降ろされたと思ったらくるりと180度方向転換させられ、背中側から『くーちゃん』の腕が伸びてきて抱き寄せられた。
本当にこの体勢好きなんだなぁ、と思いながら伸びてきた腕に頬を寄せ、抵抗もなく『くーちゃん』の体に体重を預けたのだが、その時ふわりと後ろから首元にゆるりと巻き付けられたのは、自分が『くーちゃん』に贈った指編みマフラーの余り分で……。
『これで、ピッタリ。……ね?』
「んぐぅ……っ」
『くーちゃん』の手にはいつの間にやらスマホが握られていて、画面にはそんな一言が映し出されている。
紡がれた言葉は、ドラマなんかで見るような、それ。
ちょっと、まって。
なんか、心臓、ギュッとした……っ!!!
やめて!!!喪女に!!!そういうの!!!!良くない!!!!!!!!
「い、いやぁ、でもほらあの、編み目とかさぁ、やっぱ久々すぎて目が荒いしー……??」
『これが良い』
「っ!だがしかし!!?ほら!!一人だと!!床に擦り付けちゃうし足に引っ掛けたりすると危ないしーー!!?」
『いつもキミと一緒だから、平気だよ?』
「んんんぅぅう…………っっ!!!」
恋愛小説やドラマ、恋愛シュミレーションゲームなどがお好きな世の中の乙女の皆々様。
あなた方の心臓は一体どれほどの強度があるのでしょうか???
我が心臓は既に爆砕寸前なんですけども!!!??
……おかしい!!!!
目の前にいるのは、ただの(?)ぬいぐるみであるはずなのに!!!!
「くーちゃん!!!無闇に人を……く、口説くのは!!!大変、良ろしくないこと、です……っ!!!」
心臓もたないのでぇぇえ!と叫びながら、恥ずかしさのあまりこの腕から逃げようとするも、後ろから自分に絡む腕は離す気等ゼロだという様子で全くその力は緩まない。
自分の見当はずれな叫び声に、ことんと首を傾げた後で、力尽きた自分をひょい、と抱え直したあとスマホを操作して新しい言葉を打ち込んでいく『くーちゃん』を、もはや抜け出す気力もなくぼやっと眺めていると、スっと画面を差し出される。
『キミにしか言わない』
「───────……っ!!!!?」
もはや、それはトドメと言って過言ではない。
息が止まりそうなほど、グッサリときた。
それはもう、深く深く心の奥底に突き刺さった。
「だ、誰かこの天然タラシくまを止めてぇぇぇっっっ!!!!」
ぶぁぁぁっと全身真っ赤になった自覚は、ある。
そんな自分を見て何を思ったのか、『くーちゃん』はマフラーごと私の体を抱え込んですりすりなでなでと上機嫌な様子で、ええ、もうほんとに、ご機嫌よろしく何よりですよ!!!!と、ちょっとヤケになりつつ、自身もこっそりと大好きな『くーちゃん』のお日様の匂いを満足いくまで堪能するのであった。
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