05:余罪を追求した結果
自分に許可も得ずに勝手に職場にメールを送るという暴挙をかました『くーちゃん』。
まぁ、あまりにも上手すぎる文面に店長に疑問のひとつも抱かせずに(ただし、あらぬ誤解は生み出しつつ)3日も連休をもぎ取るという凄技を披露してくれたわけですが、それもこれも自分のためを思ってとかそんなこと言われたらもう……全部赦してしまうわ!!イケメンか!!?いや、イケてるぬいぐるみだからイケぬいかー!!?……と、じたばたと、敷いたままになっていた布団の上で悶えていたところで、ふと疑問というか、不安の種が芽を出した。
………この『くーちゃん』、結局のところどういう存在なのだろうか?
先程までは、ちょっとしょんぼりした様子でいた『くーちゃん』だが、自分が大好き宣言したからか、今はもう凄くご機嫌な様子で、傍から観ればこちらがペットなのでは?と思われても仕方ない程に、ずーっと頭をなでなでスリスリと撫でられ、ひたすらに猫可愛がりされている。
ひとまず、そんな『くーちゃん』に自分は問いたい。
「ねぇ、くーちゃん。君がやらかしてくれたのはカラオケ店だけ、だよね?」
「………………、……」
問うた瞬間、自分の頭を撫ですいていたふわふわの腕がピタリと止まる。
それから、ほんの少しだけぎこちない様子ながらも、こくん、と『くーちゃん』は一応頷いたものの、頷くまでの間が酷く怪しすぎて、疑いの眼を向けることを辞められない自分は、ただただ、じっと『くーちゃん』を見つめてやった。
「………………」
「………………」
「……くーちゃん?」
「……、…………、……」
見つめて、見つめて、ずーっと見つめ続けたその結果。
ようやく『くーちゃん』は観念したようで、そっと携帯を引き寄せて、もはや玄人の手つきでメモアプリを開き、タッチペンを軽やかに操りとととん、と素早く文章を作成していく。
『お昼の職場の人にも、お願い、しちゃった』
………………oh……。
画面に表示される文字列を見て、思わずその場に崩れ落ちる。
文面は、すごく可愛い。
でも、その内容がものすごく可愛くない。
『くーちゃん』がいう、そのお願いとやらが何であるかは、今更聞く必要も無いだろう…………。
そして、それはきっと、あらぬ疑いをかけられるような文面で相手に送り付けてしまっているだろうということは、既に前科がある故に想像するのは容易かった。
「……っ、ぇぇええええ!!?もぉぉお嘘でしょぉぉおおお!!!!???」
待って!!?
昼の職場はやばい!!!
昼の職場は、ただでさえ噂好きの女性陣が多いのに……っ!!!
慌ててスマホの中身を確認しようと『くーちゃん』の腕からスマホを取り上げようとするも、そうはさせまいとでもいうように『くーちゃん』はスマホを高く掲げて立ち上がる。
「、あ!……こら!!それ、ずるい!!!」
かーえーしーてー!!と、そのふわもふな体に掴まりつつ背伸びするも、そもそもの大きさが違いすぎて全く相手にならずスマホに自分の手が届く気配はまるで皆無だ。
「やぁだぁ!……もぉー!!くーちゃんのいじわるーーーー!!!」
『……ふーん。…なるほど?お相手の名前は、"くーちゃん"って言うのね』
「………………………………え」
その声は、唐突に頭上から降ってきた。
凛と鋭く、少しだけハスキーな女性の声は、どうやらスマホのスピーカーから零れているようで……。
「………………す、昴さん……?」
『こんばんわぁ、ささらちゃん。こんな夜更けに彼氏とイチャつく電話寄越すとか……中々いい度胸してるわね?』
「ひえ、」
どうやら『くーちゃん』からスマホを取り返そうと無我夢中になっていた間に何をどうしたらそうなったのか、昼の職場で共に働く、先輩事務員の昴さんに電話が繋がってしまったらしい。
やばい。
これはまずい。
何を隠そう、このお方こそ我社一の噂好きな女性である。
「あ、えーと……ちょっと、間違えて電話繋がったみたいで……。や、夜分遅くにすみませんでし、」
『まぁまぁ。お待ちなさいよささらちゃーん?だーいじょうぶよ。お姉さん、今丁度皆とのんびりまったり飲んでただけだから』
「……み、みんな……とは………まさか…?」
『そ。職場の、皆と……ね?』
あああああああああ……と、あまりの絶望感に『くーちゃん』に縋り付くと、『くーちゃん』は呑気なものでただ嬉しそうにすりすりと甘えてくる。
ほんと、コノヤロウ……っ!!
『くーちゃん』のせいで、なんかもう言い逃がれも出来ない状況になってるのに!!!!と、ペソペソと『くーちゃん』のお腹を叩いていると、電話の向こうで大きな溜息が吐き出された。
『隙あらば彼氏とイチャつくのやめてくれる?このくそ不味い酒がヤバいくらいに進むから』
「かっ、彼氏とかじゃないです!!!」
『はい、嘘乙ー』
「即嘘認定!!?」
私と昴さんのやり取りを電話の向こうにいるという同僚達も聞いているのか、ほかの人たちの声や笑い声も遠くから聞こえてくるが、細かく何を言ってるかまでは聞き取れず、それらはただのざわつきとなって耳に届く。
「いや、あのぉ、本当にくーちゃんは……ええと彼氏とかじゃなくてですねー?」
『まぁ、そこは別にどうでもいいのよ。彼氏でも、旦那でも』
「……だ、旦那!!!!?なんで進化したの!!!?」
『あー、うっさいうっさーい!とーにーかーく!!……なんでもいいけど、無茶しっぱなしのささらちゃんの近くに誰かが側にいてくれるなら、私らだって安心していられるんだから!いいこと?その人、ぜーっったいに、逃がすんじゃないわよー?』
「……、う」
『んじゃ、私らはまだまだ飲むからー。あ、ささらちゃんの次の勤務は来週の月曜ね。明日と土日休んで、体調しっかり整えてから来ること!わかった?』
「……は、はい」
『ん。よしよし、いい子ね。じゃ、また月曜日に』
ぷつん、と電話が切れると同時に力も抜ける。
『くーちゃん』のもふもふなお腹にもたれかかり、なんとも言えない胸のモヤつきをどう消化したらいいのかを考える。
残念ながら、答えなんか出ないけど。
あぁ、もう……。
完全に感情の消化不良を起こしているようで、胸の奥が妙に疼いて気持ちが悪い。
「うぅ……、もう、やだ」
どうしてだ。
なんで、自分の周りには優しい人しかいないんだ。
(私なんかに、優しくしなくて、いいのに)
人に優しくされると嬉しいのに、その優しさを与えてもらうのに見合わない自分が恥ずかしくて、どうしてもちょっと距離を置きたくなる。
人との間に、一線ないと落ち着かないのだ。
その一線がはっきりしないままで、感情が激しく動かされる時の、あのモゾモゾとした感覚が昔から嫌いだった。
なのにここ数時間で、自分の感情があちらこちらにと大きく揺さぶられている。
不明瞭な感情が酷くもどかしくて、くるしい。
「……ぜんぶ、くーちゃんのせいだからね……」
『くーちゃん』を恨みがましく思いながら、キッと睨み上げたのに、当の本人は何食わぬ顔でただ自分の髪を撫でている。
この、『くーちゃん』の撫でスキルは、ずるい。
安心感が半端ないからかすぐに眠くなってしまうのだ。
こんなの、反則だ……と、そんなふうに思っても、迫り来る睡魔に抗えない。
───大丈夫だよ。
───もっと甘えたらいいよ。
───ぼくが、そばにいるから。
聞こえないはずの、声が聞こえる。
その声は、どこか聞き覚えのあるもので──……
(……あれ?……だれの、声、だっけ……?)
記憶の糸を手繰り寄せようとしたけれど、残念ながら睡魔の方が一足先で。
あともう一歩、というところで、記憶の糸はぷつりと途切れてしまう。
───ゆら、ゆらと。
自分の意識は、また、優しい暗がりに呑まれていく。
隣にあるお日様の香りを抱きながら。
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