※06:『希望』と『光』は等号では結べない
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この先、微弱ではありますが、一部流血描写・暗所、閉所描写が含まれています。
その手の表現が苦手な方はブラウザバックし、自衛して頂きますようお願いします。
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目の前は、均一に塗り潰された一面の黒。
意識は確かにそこにあり、目を開けているという自覚もあるのに、何一つ「視る」ことは叶わない。
一番身近にあるはずの自分の体さえ、完全に漆黒に呑まれてしまっており、本当にそこにあるのかどうか、視覚からは認識できない。
それはもはや、そこに存在しないと同じこと。
自分は、本当に、自分だろうか?
そんな疑念も湧き上がってくるような、光が完全に遮断されてしまったその世界で、ただ、何かで体が濡れている感触と、鼻をつくような鉄臭さが酷く不快で。
(……嗚呼、夢だ)
それは、今の自分に言い聞かせるように。
本物の闇が生み出す光の届かない暗がりの中、自分に唯一残された意識で、必死に浮かんだ言葉に縋り付く。
(これは、夢……)
早く起きなきゃ……と、意識だけになった自分は思っているのに、意識と身体が接続不良でも起こしているのか、目を閉じることも、耳を塞ぐことも、声を出すことも、何一つ自由には出来ない。
感覚だけは、こんなにも鮮明に感じているのに。
数分とも、数時間とも感じるような異様な空間で、1人孤独に耐えていたが、…ぱきり、ぱちり、と小さな音が響いたかと思うと、周囲を覆っていた深すぎる闇に次々とヒビが走って、徐々に漆黒の世界は割れていき、そうしてその隙間から唐突に光が入り込んできた。
差し込んできた暖かな光に、あの日の『私』は確かに安堵していた。
……けれど今の『自分』は、知っている。
光が見せるのは、
安寧だけでは無いことを────。
「お……かぁ、さ……ん?」
いまだ幼さが残る、少女の声がする。
それが自分の口から漏れたものだと理解するのには少しだけ時間を要した。
けれど、確かに記憶している。
それだけ、鮮烈だったから。
「……おと、う……さ……」
───眩しいほどの、光が。
『私』に、それを視せつける。
凄惨なこの光景は夢などではなく、
紛れもないお前の『現実』なのだと嘲笑うように。
……両親だったモノの双眸が、ひた、とこちらを見据えている。
どろりと濁ったその両目に宿るのは、"虚無"だ。
温度も、感情も、光も無く。
何を映すでもない虚ろな瞳が、ただじっと、こちらを向いていた。
そして『私』の全身は、そんな二人の身体から溢れた赤黒いどろついた液体にまみれていて────……
────……むぎゅう。
「……………………っ!!!?」
口から、絶叫が迸りそうになった瞬間。
やけにリアルなもふもふにくるまれる感覚が、唐突に、そして急速に自分の意識を覚醒させた。
ドクドクと巡る血潮を感じながら、荒れきってしまった呼吸をひとまず整えなければと、浅すぎる呼吸を少しずつ深いものへと切り替えてゆく。
(……わぁ、すごい……。……もふもふ……もふもふが、悪夢に勝ったぁ……)
久々に見た悪夢から覚めたばかりの、ちょっと冷静ではない寝起きの頭で、ぼんやりとそんなことを考える。
寝起きドッキリのような感じで突然叩き起されたことで、心臓があまりにも早鐘を打っていて、正直少し痛い程だが、……まぁ、よくある事なので病気じゃないよ大丈夫……と、誰にともなく内心で言い訳しつつ、水でも飲もうと身体を起こそうとすると、それを制止するもふもふの腕がにゅっと背後からわき出て、起きようとした自分を布団の中に引き留める。
「……んん??……くーちゃん?」
ひとつの布団にくるまっていたらしい『くーちゃん』には、さすがに自分が悪夢を見ていたのがバレているようだ。
ぎゅうぎゅう、と甘えているのか、それともこちらが甘やかされているのか分からないが、ものすごくすりすりなでなでされて…………いや、あの、これはなんのご褒美ですか鼻血出そうなので勘弁してくださいもぉぉぉぉお!!!!と脳内暴走しながら、『くーちゃん』に向き合うように寝返りを打つ。
「うーん……。ええと、ごめんね?…もしかしてうるさくしちゃってた?あー、心配させちゃったね……。でも、大丈夫だよ。油断して今みたいにいっぱい寝ちゃうと……ちょっとね……昔の夢を、見るだけでね………?ぜーんぜん、大した事じゃ、ないんだよ」
「………………」
言葉を選びつつ、一つ一つ吐き出す言葉は我ながらすごく言い訳臭いなと自覚しながらも、何故か言葉が止まらない。
何か違うな、と。
こういうことが言いたいんじゃないな、と思いながらも口は勝手に動いて言葉を紡ぐ。
「……あれ?!……なんでそんな疑わしそうなの?!いやいやホントだよ??今更あんなの見ても、もはやただの夢だし、ほんとに大丈夫なんだから!!!…だってほら、そう、見たくないなら、寝なければいいんだもの。……ね?ほらもうこれで万事解決じゃーんぶふぅ!!?」
『大丈夫』は、最強の鎧だ。
そう言い切ってしまえば、そこから先には誰も踏み込んでこないものだと、知っている。
ずっとそうして、『私』を守ってきたけれど。
おもむろに『くーちゃん』が自分をぎゅう!!!とちょっと苦しいくらいに抱きしめてきたあと、突然布団を抜け出し立ち上がる。
それに合わせて自分も身体を起こしたけれど、『くーちゃん』の強い眼力で、布団の上に無言で押し留められてしまった。
(んんん??……な、なに?どうしたの????)
浅く広く、そしてかなり淡白な関係しか築いてこなかった、対人スキルがほぼ初期値な自分には、『くーちゃん』の考えがまるで読めない。
…………ん?
……いや、実はそうでもないのだろうか?
だって、割と『くーちゃん』が感情豊かであるという事はわかるのだ。
『くーちゃん』はぬいぐるみだから、当然その表情に変化はない。
それでも、しょんぼりしてたり、怒っていたり、心配してくれていたりするというのはもの凄くよくわかる。
……でも、その理由だけが時々分からないから困ってしまう。
(私が、薄情だからかな?)
自分が生きていくことだけで、精一杯だったから。
他人の機微に疎くてよく同僚の話に置いてかれてたなー……というようなことを、不意に思い出して何となく自己嫌悪に陥る。
「あぁ……私は、上手くできないダメな子だから……」
他の人なら、自分のようなありとあらゆるものに振り回されるこんな人生でも、それなりに上手くやれるのだろうか?
……そう、例えば…………
「昼の職場の久須平専務とかなら、なんか上手いことサクッと……」
……ゴッ!
「……っ!?……え、何事!!?」
「………………」
ものすごい音に振り返ると、どうやら1人であれこれ物思いに耽っている間に、いつの間にやら布団の側まで戻ってきていた『くーちゃん』の腕からスマホが転げ落ちたらしく、あわあわと慌てた様子で『くーちゃん』がスマホを拾い上げて異常がないか弄り倒していた。
どうやら自分と意思疎通するつもりでスマホを持ってきたものの、途中でポロリと腕からすり抜けてしまったようだ。
「……んふ、」
「………………、……?」
「ふ、は……あはは!……っ、だめ、可愛い!可愛すぎて……っ、ははは!!」
大きな体を小さく縮めて、なにやら必死にスマホの確認をし続けている『くーちゃん』を見てたら、先程の悪夢などどこかしらへと飛んでいってしまった。
あぁ、可愛い。
本当に、『くーちゃん』は自分の唯一だ。
けらけらと笑い続ける自分を『くーちゃん』が困った様子で眺めているという、傍から見ればなんとも言えない光景であるだろうが、何気ないこんな時間が自分の救いとなっているなんて。
「……あー、ほんと、……くーちゃんが今ここにいてくれて、よかった」
ちいさく、自分にだけ聞こえるくらいの声音で呟いて、それからそっとくーちゃんを見上げると、さすがに今の言葉は聞こえなかったようで、こてん、と小首を傾げている。
あぁ……願わくば、どうか、この穏やかな時間が長く、永く、続いてくれますように。
自分の運命は、そんな些細な願いも叶えてくれることは無いだろうけれど、それでも願わずにはいられない。
兎にも角にも、『くーちゃん』がもぎ取ってしまった昼夜3連休をいかにして過ごすか、それが目下最大の難題であることに、今の自分はまっっったく、気づいていないのだった。
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