04:優しさで生かされている … ≪前≫

…………やってしまった。


やってしまったやってしまったやってしまった……。


いま、自分の頭の中にはその言葉しか出てこない。



「……なんで、……なんでこんな……」



思わず零したつぶやきはみっともなく震えている。


こんなの想定していなかった。


だって、いつもは……

いままでは、平気だったのだ。


いつもなら絶対に─……こんな……。


絶望感が支配する中、先程目が覚めてからもう何度も目視し直した壁掛け時計をもう一度、しっかりと見て確認した。


時刻は、12時を少し回っている。

何度見てもその針の位置に大きな変化はない。


つまり、自分の目は狂っていないということだ。


外は闇と静寂に包まれているので、未だ深夜帯ではあるようだが……、自身の夜勤のスタート時間は23時。


ちなみに、夜勤で働くカラオケ店の店舗までは車でどれだけ急いでも20分は掛かる。


そう、つまり───……



「……ち、遅刻……だ……?……え、うそ。うそうそうそぉぉぉぉ!!!!?」



どれだけ働いていても。

どれだけ疲れていても。


深く眠ることなくただ5分だけでも目を閉じておけば、すぐに次の仕事に行っても元気に勤められる程度に一気に回復するのは、もはや自分の特技のひとつだと思っていた。


6年近く続けている掛け持ち仕事をするうちに、自分の体にいつの間にか習慣として染み付いていったそれは、Wワーカーとしては最高に便利だったし、その回復力は安定しており、何一つ疑うことなく今までやってきたのだ。


だからこそ、絶対に有り得ないと自信を持って言えていた。


それが、……まさか。


────……こんなにも、盛大に寝過ごしてしまうなんて。



「……なんでっ、起こしてくれなかったのくーちゃああああん!!!!!?」



5分だけ、と宣言したのを聞いてたよね?!!と、ギャンギャンと喚き散らす自分の事など素知らぬ様子で、何故か寝起きの自分の目元をすりすりと優しく撫でながら、どこか満足そうに見えなくもない『くーちゃん』は、今日も変わらぬもちふわボディで自分を誘惑してくるが、そんな誘惑をがむしゃらに振り切って、迷わず枕元にあったスマホを起動させた。


そこからはスマホ片手に諸々を準備しつつ、とにかく急いで、本来であれば出勤するはずだったカラオケ店の店長に連絡を試みる。


既に勤務開始時間から1時間近く過ぎているが、今から10分ほどでバタバタと準備をすれば30分後には店に到着できるはず……と、スマホを片手に準備時間を含む大まかな到着時間の算出をしながら、自分の頭の中で謝罪内容を必死に言葉に纏めて練り上げていると、3コール目の呼出音の後、ふつりと電話が繋がった。



『……おー、どしたの?』



繋がると同時に聞こえてきたのは、いつもと変わらぬ緩いテンションの男性の声。


間違いなくカラオケ店の店長、柳田さんだ。



「あ!柳田店長お疲れ様です!!……あの、ええと、……わたし……っ!」


『…あぁ、もしかしてシフトの話?心配しなくて大丈夫だよー?ちゃんと。それより田ノ倉さん、もう体調大丈夫なの?』



遅刻してしまってすみません!と告げようとした私の言葉を遮るように被さってきた声音は、どこか労わるように優しげで、しかも『』とは…………ん?……え?どういうこと……??と、思わず言葉に詰まりながらも「……だ、だいじょうぶです……たぶん……」と、しどろもどろに答えると、電話越しに『ははっ』と、柳田さんらしいカラッとした笑い声が響いた。



『田ノ倉さんなら、そう言うと思ってたけど……』


「え、いや……あの……すみませ」


『あぁ!違う違う、責めてるわけじゃないよ。ちょっとね、淋しかっただけー』


「………………??……さみしい、ですか?」


『そーだよ。苦しくても、きつくても、キミは全く人に頼らないからさぁ』



だからすこーし、淋しく思ってたんだよね。と柳田さんは静かな声で、まるで諭すような言葉をひとつひとつ丁寧に並べていく。



「あ、の……」


『気付いてないだろうから、敢えて教えちゃうけど、今回キミが急遽休むことになったから誰か出れる?ってグループトークで回したらさぁ、我こそが!って子がすんごい多くて、結局決まんなくて、最終的に代打をあみだくじで決めたんだよー』


「……え!?な、なぜ……??皆さん、金欠か何かですか?」


『あはっ!!!違う違う!!なんでそう考えちゃったの!!!?…急遽欠勤する子が、キミだったからに決まってるでしょー』



電話の向こうでものすごく爆笑されているのは何故なんだ???と首を傾げていると目の前の『くーちゃん』も同じように首を傾けているのが目に入ってきて、その可愛さに思わず「ぐぁ、」とちいさく呻いてしまったが、柳田さんには聞こえなかったのか、未だ向こうでくすくすと笑っているようだ。



「わたし、だから……?」


『そうだよ?キミ、いつも他の人の急な欠勤とかにも割と積極的に対応してくれるし、新人さんとかにもわかんないことあったら夜遅くても全然構わないから気軽に連絡入れてって伝えたりして、結構手厚くフォローしてるでしょ?』


「……まぁ、はぁ……そうです、ね?」



確かに、そういった事もやっていた。


自分が入りたての頃、先輩スタッフがそういう風に対応してくれる人がいて、とても助かった記憶があったから、私はただそれを引き継いだというだけなのだが……、それは長く勤めていれば割と当たり前の責任というものでは?と疑問は膨れていくが、柳田さんはそれも見越しているのか焦る様子もなく切々と言葉を紡いでいく。


その声に、優しさを隠すことなく滲ませながら。










✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣ ✣


ヒロインようやく名出し(※苗字だけ……)


作者は「タイミング見失ってた……( ˙꒳​˙ )」などと供述しており……







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