03:我が家の『変革者』… ≪前≫
Wワークをしていると自然と自宅滞在時間が減るもので、自分も例に違わず自宅滞在時間は多くない。
というより、休みの日以外に関しては、ほぼ自宅での滞在時間などないと言っても、過言ではないと思う。
今、自分が勤めている日中の職場における拘束時間は9時~18時、そして夜間の仕事は23時~翌6時という時間帯で職場に拘束される契約だ。
つまり、まぁ……それぞれの職場の拘束時間を見るだけで「あっ...(察し)」となる案件なのだが、自分にはあまりその自覚はなかったりする。
Wワークという形で働き始めてから、既に6年近く経過しているけれども、肉体的にも精神的にも辛さを感じることはほぼ無いので。
働いて、食べて、寝る。
自分の生活ルーティンが、究極にシンプルなこの3つだけだったからということもあるのだろうが、今までなんの問題もなく生きてこられているので、現状の生活に不満などそうそう生まれることもなく……。
誰に咎められることも無いのをいいことに、そんな生活をズルズルとただの惰性だけで長年続けていた自分だったのだが、この生活ルーティンを一瞬でガラリと変える大きな出来事がほんの数日前に起きたのだ。
…………そう、今まさに自分の目の前にいる、自身の身長も超えるサイズの超BIGなくまのぬいぐるみこそが、此度の我が家の『変革者』である。
「……えーと……。……な、なにか…怒っていらっしゃる?」
いつもの時間に、いつものように帰宅し、さぁ今日も次の仕事を頑張るための癒しタイムをいざ!!と意気込みながら、自宅に駆け込んだ自分の視界に真っ先に飛び込んできた巨体。
それは、廊下に仁王立ち状態の『くーちゃん』だった。
驚きで叫ばなかった自分を、誰でもいいからガチで褒めて欲しい。
バクバクと忙しなく跳ねる胸を抑えながら、下からお伺いを立てるように尋ねてみると、それに対してものすごい勢いで『くーちゃん』が首を縦に振る。
お怒りであることを全力肯定したあと、ぬぬ……、と無言でこちらに近づいてくる『くーちゃん』の威圧感といったら、もうなんというか……「ヤバい」としか言いようがない。
見た目はもふもふで、大変愛らしいフォルムのはずなのに、その巨体でほぼ垂直にただじっと見下ろされるだけというその圧が本当にすごい。
子供がギャンギャンと大号泣で泣き出し、大人になっても忘れられないくらいトラウマになるレベルだと思う……。
ちなみに、なぜぬいぐるみが動いているのか?と、訊くことなかれ。
自分もそのあたりはよく分からないので。
だが、まぁ『くーちゃん』に悪意は無いようだし、言ってしまえばただの『超常現象』だし、考えてもしかないことは最初から諦めた方が賢明であると思っているので、まぁ、いいのだ。
兎にも角にも……まずは……
「え、ええと……、あの……ご、ごめんなさい……??」
ひとまず、『くーちゃん』の怒りを鎮めねば、と謝罪を口に乗せてみたものの、何故か、さらに圧が上がったように感じて、「ひぇ、」思わずこぼれた情けない悲鳴とともに肩を跳ねさせる。
(えぇぇぇ……謝ったのに、なんでぇぇ……っ?)
いつもはゆるくふわっとした印象で、何もかもウェルカムで許容してくれていた全肯定派の『くーちゃん』なのに、一体何が逆鱗に触れたのか……。
そんな風に考えている間に、お怒りモード継続中らしい『くーちゃん』は、さらにずいっと自分に詰め寄ってきた。
思わず後ずさった自身の背後には、先程帰ってきて鍵を閉めたばかりの玄関の扉が…………───
「え、え、……え???」
……たふん。
「………………ほぁ」
その瞬間、自分の口から漏れだしたのは、悲鳴ともつかぬ、もはやただの音。
そのくらい状況についていけていない。
(だって、だってこんなの……!!)
本人は腕を叩きつけたつもりだったのであろう最初の音こそ、なにやら気の抜けるような緩さではあったが……、この、位置関係と自分と『くーちゃん』の体勢は……。
「か、か、壁ドン…………っ?!……なんで!!!?」
映画、ドラマ、テレビ、小説。
あらゆる媒体にて胸きゅんシチュエーションだ何だと未だによく騒がれている『〇ドン』シリーズの内1番ベタなの頂きましたー!!あざーす!!!
……と、脳内で静かに現実逃避に走りつつ、ほんとうにこれは何事かと扉とくまのぬいぐるみの間で震える自分……。
え、というか、なぜ壁ドン???
ぬいぐるみが……壁ドン…………???
……いや、いやいやいや!?
その前に、……お怒りの理由は!????
逃げ場のないその空間でひたすらぐるぐると考えていると、もう、これ以上はないという程近いはずなのに、『くーちゃん』がさらに身を寄せてくる。
「く、くーちゃ………んん…っ!!?」
次の瞬間には、自分の体はその大きな体に包み込まれていた。
ぎゅむぎゅむと、少し苦しいくらいに抱き締められて……そこで初めて、おや?と思う。
「……くーちゃん…?あの、……も、もしかして……、さみしかった、の……?」
もふもふに埋められていた顔を少しあげて呟いた自分の言葉に、ぴくりと、小さな動きではあったがふわふわな腕が確かに反応した。
こういう動き……本当にいちいち人間くさいのだけれど……一体どうなっているんだろう……と、思いがけない反応に、つい思考が横に逸れてしまう。
そんな隙を、できるぬいぐるみの『くーちゃん』がわざわざ見逃すはずもなく…………
「……ひぎゃぁ!!!」
予備動作もなく、『くーちゃん』は自分をひょいと軽々抱え上げ、スタスタと奥の部屋へと移動を開始する。
「あぇ!?なに……!??……わ、っ……ちょ、くーちゃん??私、自分で歩けるよ……っ?」
このもふもふのどこにそんな力があったのか……。
片腕に座らされるように抱えあげられてしまえば、それ以上の抵抗など出来るはずもなく、自分は落ちないように『くーちゃん』の頭にしがみつくしかない。
そのまま向かったのは、寝室兼居間として使っているメインルーム。
そこには、いつの間に準備していたのか1組の布団が鎮座していた。
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