第8話 創業家 

【春海・天知VS笠井・堂本】

「そうですか。天知理事はどうしても谷川理事を再度理事長に推す考えですか。教職員や同窓会からあれだけ激しい抗議文や嘆願書を送られながらまだ懲りないのですね。」

「理事会主要3ポストを谷川理事長・天知常務理事・北村事務局長の3人で固めさえすれば〝民の声〟は力でねじ伏せられるとお考えの様です。理事長・学長を宗門から迎えるという本学の100年以上続く伝統そのものを見直すとも仰っていました。最後には〝大学を潰しても構わない〟とまで。私は天知さんに初めてお会いした時に、〝救世主〟が来てくれたと感じましたが、どうも見当違いだった様です。」

「さて、堂本さん、ここからどう動きましょうか?」

「笠井理事長と私とで既に次の理事長候補は決めてあるではないですか。いよいよ、この方に理事長職を引き受けて頂けないか、お願いをしに参りましょう。」

堂本は本学に着任した当時から評議員メンバーのひとりに大きな関心を抱いていた。

評議員の大半が反対派勢力である中、その人物はしっかりとした自分のポリシーを持ち、肝心な局面においては臆することなく発言をし、どの様な罵詈雑言を浴びせられようともぶれる事もなく、その発言内容は常に東京仏教大学の将来を見据え、大学や宗門に対する深い愛情にあふれていた。

理事懇談会の1週間後、笠井と堂本は、都内でも有数の由緒ある寺院でもある、その評議員の自宅を訪ねた。

ふたりは応接室に案内され、しばらくすると住職が現れた。

「加山さん、ご無沙汰をしています。先般は本学の次期理事に就任頂く旨ご了解頂きありがとうございます。」

「いやいや、他ならぬ笠井さんの頼みですから引き受けない訳にはいかないでしょう。」

「本日お伺いしましたのは、重ねてお願いしたい儀がございまして。」

「さて、どういったことでしょうか?」

「次の理事長職を加山さんに引き受けて頂きたいのです。」

加山は何も言わず背凭れに背中を預け、顔を天井に向けて目を瞑った。

その静寂はわずかな時間であったが、堂本にとっては長い時が音を立てて流れ続けたように感じられた。加山がようやく口を開いた。

「笠井さん、私はもうじき70歳に手が届こうかという老体です。しかも持病を抱えています。大きな騒動の渦中にある東京仏教大学のトップを務めることなどとても荷が重過ぎます。どなたか他の方を当たってみてください。」

「ご存知の通り、実業家として素晴らしい功績を残された谷川さんが理事長に就任されれば大学の改革が実現するのではないかと思い、寄附行為の禁じ手を断行しましたが見事に失敗に終わりました。それまでの私に対する反発は教職員と一部の卒業生のみによるものでしたが、谷川理事長に対しては、それまで中立を保っていた教職員までもが新理事会反対派に回り、更には卒業生や保護者の多くから反対の意見書が寄せられました。挙句の果てに、宗門の本山からも〝顛末書〟での報告を求められました。結果的に同窓会会長の2人が裁判を起こすトリガーとなったのは、宗門以外の〝外の血〟で本学の〝歴史と伝統を汚す〟ことは、たとえ改革の為といえども許すべからずといった、ほぼ全ての本学関係者の〝総意〟に後押しされた結果であったと言えます。」

「宗門の本山までもが相手方についたとなれば勝ち目はありませんね。」

「その時点で我々の中から、次期理事長としての谷川さんは完全に消えました。ところが、谷川さんは懲りる事もなく、理事長就任に強い意欲を持っておられます。更に谷川さんを強く推しているのが天知さんです。天知さんは宗門理事総数を大きく削減し、空いたポストに外部から有識者や実務経験者を理事として迎え入れたいと考えている様です。そのような事をすれば改革どころか、いよいよ船は動かなくなってしまいます。よそ者が〝宗教〟をなめてかかると大きなしっぺ返しを喰らいますよ。」

「しかし、天知さんを招致されたのは笠井理事長でしょう?そのようなお考えのお方と知りながらお招きになったのですか?」

「私が招致した方々には悉く期待を裏切られました。常務としてお迎えした京極さん、学長候補としてお迎えした若山さん、そして天知さん。参謀であった朝倉さんにまで反旗を翻されました。私に〝人を見極める眼力〟がない事も然ることながら、基本的に私には〝人徳〟〝人望〟というものが欠けているのかも知れません。そうした猛省を踏まえて、次の新理事長の人選こそは決して間違ってはならないと考えました。」

「そういう事でしたら、私はとてもその期待に応えるだけの器量を持ち合わせておりませんよ。それに、家内が絶対に許してくれません。彼女は私の寿命を縮める様な事に対してはことさら監視が厳しいですから(笑)。」

「加山さん、今日のところは一旦引きあげます。数日後にもう一度伺います。何卒、お考え直し頂き、私の願いをお聞き届け頂きます様に、何卒、何卒、よろしくお願い致します。」

笠井と堂本のふたりは一時間ほどの交渉を終え加山邸をあとにした。

「堂本さん、どうしましょうか?」

「次の訪問は本学の宗派内僧侶理事全員で押しかけましょう。僧侶理事全員の総意であることを示せば山が動くかもしれません。それでも駄目ならば最後の砦、京都の宗門本山にお願いして宗務長クラスに動いて頂きましょう。まさに〝三顧の礼〟を以てしてでも首を縦に振って頂かないと、名門東京仏教大学が消滅の危機を迎えることになります。」


【春海・天知の油断】

丁度同じ頃、春海弁護士事務所内に於いて、春海・天知・谷川・北村による戦略会議が行われていた。

「本日はお忙しい中をお集まり頂きありがとうございます。今回は天知さんのご指示通り、堂本さん抜きで戦略会議を開く事とします。それにしても、私(春海)は、堂本さんがあのようなお考えをお持ちだとは思ってもいませんでした。」

「そもそも彼は銀行員あがりで笠井さんから本学に招かれた人間です。学校の事については全くの素人ですよ。昔から私(天知)の傍で仕事をして来た北村さんはこの道のベテランですから、彼が事務局長に就任すれば、堂本が居なくても何とかなりますよ。」

「さて、裁判の判決も下りましたので、3月の上旬にも旧理事会を開催することになると思います。旧理事会を開催し、新理事会の構成メンバーについて旧理事会理事で承認する事になります。新理事会理事のノミネートですが、寄附行為に従って旧理事会の理事長である笠井さんが人選をする事になります。笠井さんによれば、昨年6月の陣容とほぼ同じ顔ぶれにするという事です。」

「それだと反対派が黙っていないでしょう。昨年の6月と同じことが起きませんか?」

「下山前学長が自己都合退職をして頂いたお陰で、旧理事会の総数は12名になりました。恐らく賛成が6名、反対が6名になります。同数の場合は議長である笠井さんが1票を投じて決しますので、笠井さんの案が採択されるという訳です。」

「下山学長が早々に退職届を出されたことが勝敗を分ける鍵となるなどとは考えもしませんでしたよ。」

「東京仏教大学に対する思い入れが強ければそうはならなかったはずです。朝倉が票集めの為に外部から連れてきて突貫工事で補った〝偽物〟ですから、メッキが剥がれるのも早かったという訳です。さて、新理事が決まれば、そのメンバーで直ちに新理事会を開催する事になります。そこで先ず新理事の中から新理事長を決め、新理事長が決まれば、新理事長が議長を務める中で、常務理事と事務局長を選任するという順番になります。」

「春海先生、それまでにやっておくべき事はありますか?」

人一倍慎重な性格である北村が春海にたずねた。

「そうですね。新理事メンバーの中で谷川さんと天知さん以上に弁が立つ人はひとりも居ません。対抗馬も居ません。安心して構わないと思います。」

「そうですか・・・。」

「北村君、新しい理事メンバーの中に谷川さんの対抗馬はひとりも居ないよ。あとは新理事会の席上で、私(天知)が谷川さんの推薦人となり、口頭で推薦理由を強くうったえれば、恐らく反対する理事はいないだろう。」

天知は、キャリアを積む毎に自信過剰に拍車がかかり〝自分の考えこそが正しい〟となかなか反対意見を受け入れない、更には反対意見を言う者を排他する様な一面があった。

北村は〝本当に大丈夫だろうか。他の理事にも根回しをしておいた方が良いのではないか〟と考えたが、下手に水を差せば天知から何を言われるか分からないのでそれ以上は口を挟まなかった。


【三顧の礼】

「加山さん、もう一度お伺いしたいのですが、お時間を頂けないでしょうか。」

「あぁ、笠井理事長。何度お越しになっても私の結論は変わりませんよ。遠いところをお越し頂くだけ申し訳ない。他の方をお当たり下さい。」

「実は、旧理事会の宗門理事お二人ともに加山さんの理事長就任に賛成をして頂いており、次回はそのお二人が是非とも同席したいと仰っています。何とかお時間を作って頂きたくよろしくお願いします。」

「そうですか。分かりました。それではいつにしましょうか。」

ふたりはその週の週末(2月25日)に会う約束をして電話を切った。

今回は笠井・堂本に、旧理事会の宗門理事2人が加わり加山邸を訪れた。

「加山さん、この度は無理なお願いをお聞き入れ頂き感謝します。」

「いえいえ、こちらこそ、このような遠いところまではるばる皆さんでお越し頂き、かえって申し訳ありませんでした。」

「加山さん、私ども宗門理事は昨年6月、ただただ東京仏教大学の改革を願うあまり、宗門から理事長を選出するのではなく、実業家の谷川さんを〝一時的に〟理事長にするという〝禁じ手〟を容認しました。しかし、やはりそう甘くはありませんでした。谷川さんが理事長に就任してからというもの、それまで中立であった教職員や卒業生、保護者、宗門関係者の多くが反対派に回り、笠井理事長時代以上に厳しい環境に追いやられてしまいました。下山学長のお陰で九死に一生を得ましたが、次にもう一度、谷川さんを理事長に再選しても同じことが起こる事は目に見えています。もう宗門僧侶から理事長を選出するしかないのです。そうして理事長職を務められるのは加山さん、あなたをおいて他に考えられません。」

2人の宗門理事がそれぞれの思いのたけを精一杯にうったえた。

「皆さんがお見えになる前に西日本大学の中田総長からお電話を頂きました。中田総長は西日本大学が女子大学の時代に総長に就任されました。それ以来、共学化を含め様々な改革を進められ、当時2千人規模の女子大学を現在の1万人規模の総合大学にまで大きくされました。その方が、今回の皆さんの思いを是非とも受け止めて欲しいと仰いました。一旦は何があってもお断りすると決めていた私の中で大きな迷いが生まれました。本日、旧理事会の宗門理事の皆さん全員がわざわざ足を運んで頂きました。お引き受けしない訳には参りません。」

「加山さん、そのお言葉を頂戴するまで、我々は3度でも4度でもお伺いするつもりでおりました。本当に感謝致します。ありがとうございます。」

「ところで、谷川さんがまだ諦めておられないとお聞きしました。更に顧問弁護士と天知さんまでもが結託しておられるとか。勝算はあるのですか?」

「それについては堂本さんの方から説明します。堂本さん、よろしくお願いします。」

「はい、分かりました。新理事長職を加山先生がお引き受け頂けるとなれば、谷川さん陣営に対して過半数の票数を確保することは然程難しい仕事ではありません。ただし、春海弁護士や天知理事には新理事会当日まで悟られない様に水面下で動く必要があります。新理事会メンバー13名のうち加山理事に賛成して頂ける票が確定しているのは、現時点ではここにおられる2名の宗門理事の皆さんだけですが、笠井理事長と私は明日から中田総長をはじめ同窓会理事、中山新理事、香月理事、猫田校長等に対して直接お会いして交渉をする予定です。」

「中山さん?確か彼は向こう側の人ですよね?」

「そうです。彼が反対派に回ったのは、私が若山副学長のみを理事にしたことへの恨みからなのです。今回、私が理事長を退任するタイミングで彼を理事にすれば、彼をこちら側に取り込むことが出来るのではないかと考えました。若山副学長理事の後任人事でもあり、またいずれは下山学長の後任として中山副学長をそのまま学長に昇格させようと考えています。それまでは学長不在のまま、中山副学長に学長代行を務めて頂きます。そのことを彼に伝えましたら、涙を流して喜んでいました。彼は加山理事長にとって強い味方になってくれるはずですよ。」

「彼もずっと平の副学長として冷遇されて来ましたからね。それは良い人事ですね。」

「笠井理事長が中山副学長を新理事に推薦されました。この恩に対して仇で返されるはずはありません。ですから中山新理事は加山理事長に票を投じてくれるはずです。教職員・卒業生・ご父兄・宗門総本山が悉く谷川理事長にアレルギー反応を起こしました。今回の決戦が、宗門東京支部の名門である加山理事と谷川理事との一騎打ちとなれば、谷川理事側の票は恐らく谷川・天知・北村の3票だけになります。本学の教職員理事・同窓会理事・宗門関係理事が万が一にも谷川さんに投票したとなれば、その理事は教職員や同窓会から袋叩きに合うでしょう。」

「我々が推薦する加山理事を〝私(笠井)の傀儡〟と疑い、投票を辞退するという行為も考えられます。それが考えられるのは、校長の猫田と、創業家の香月理事、それに同窓会理事2人の計4名です。しかし、それでも我々の獲得見込み票は6票です。負けることはありません。ただし、我々のこの動きは理事会のその時まで相手に悟られてはなりません。谷川・春海・天知といった狡猾な3人に加えて慎重な北村がいます。何を仕掛けてくるか分かりません。私は中田総長に仁義を切った後に、校長理事の猫田、同窓会理事の2人に頭を下げに参ります。香月理事に対しては私と堂本さんとで直談判をする予定です。」

「私はこの闘いのキャスティングボートを握っておられるのは創業家である香月理事ではないかと考えています。ですから、香月理事を落とせば情勢は一気にこちらに傾くと思います。」

「堂本さん、私もそれは感じています。しかし、香月理事をこちら側に取り込める可能性はありますか?」

「実はつい最近、大きなチャンスを天から授かりました。理事長と私に一計がございます。まずは香月理事のご自宅にお伺いして、策を弄してみます。」

「分かりました。吉報をお待ちしています。私は何とか家内を説得してみます。これが一番手強いかも知れません(笑)。」

それから1週間後。

笠井と堂本は、新たに理事5名から加山理事長支持の約束を取り付けた。

猫田、香月(代行の長男)の2人は態度保留として明確な意思表示をしなかったが、2人ともに谷川に投票をしない事だけは約束をした。


【うちなる敵との情報戦】

新理事会の新たな理事を決める旧理事会と、新理事長・新常務理事・新事務局長の3役を決める新理事会の日程が3月6日に決定した。

2月27日、堂本は谷川から食事会に誘われた。堂本は谷川サイドからの〝探り〟と分かりながらその誘いを受けた。谷川は自分が理事長に就任した後の堂本に対する処遇や、大学の改革についての思いについて諭すように語った。堂本も丁寧に谷川の話を聞いた。

その翌日、今度は北村が堂本を誘ってきた。北村との飲み会は夜8時から日付が変わり深夜2時まで延々と続いた。北村からの〝探り〟は堂本の一挙手一投足、言葉の節々にまで及んだ。しかし、堂本は一切、笠井サイドの動きを口にしなかった。

谷川・北村からの報告を受け、今度は弁護士の春海が笠井と堂本に会いたいと言ってきた。2日間にわたる敵方の〝探り〟を通じて、敵が何も策を打っていない事を確認した堂本は〝勝利〟を確信していたが、ふたりは決して敵にそれを悟られない様に十分な下打ち合わせをしてから春海弁護士事務所に向かった。

「笠井理事長、堂本さん、本日は急にお呼びだてして申し訳ありませんでした。裁判も結審し、理事会の日程も決まりましたので、理事会までの段取りについて打ち合わせをしておきたいと思いました。本日はあなた方以外に北村理事にもお越し頂いております。」

「さて、本題に入ります。来る旧理事会で審議される〝新理事〟の顔ぶれはその後、変更なしということでよろしいでしょうか?」

「若山副学長理事のポストが空いておりましたので中山副学長に新理事を務めて頂こうと考えております。」

「そうですか。それでは学長ポストは空席として現時点では13名という事でよろしいですね?」「その通りです。」

「笠井理事長は新しい理事長にはどなたをお考えですか?」

「それは新しく理事に就任された皆さんがお決めになる事であり、私が口を挟むような事ではありません。」

「それはそうですが、我々は谷川さんこそ新理事長が務まる唯一無二の人物だと考えているのですが、どう思われますか?」

「その点については私の思いと必ずしも同じではありません。」

「何故ですか?谷川理事長・天知常務理事・北村事務局長のお三方こそが、まさに東京仏教大学に改革をもたらすことが出来ると思われませんか?それ以外に誰がおられますか?」

「ですから、先程から申しております様に、それは私が決めることではありません。」

「それでは笠井理事長は次の理事長を誰にするかのアイデアがない中で谷川さんを否定されているのですか?」

「私は特にどなたを理事長として推薦するという立場にありません。ただ、谷川さんが新理事長に就任されれば、学内外ともに混乱するのではないかと心配しているだけです。」

「その心配は杞憂に終わるでしょう。理事長の権限は絶対的であり、その両脇を固める常務理事と事務局長もこれまでの京極さんや神田さんとは訳が違います。」

「そうですか。それならば大丈夫でしょう。私は3月6日に旧理事会を開催して新理事会理事の議案が承認されれば、それでお役御免です。」

「そうですか。本日はそれを確認したかったものですから。お忙しいところをお越し頂き誠にありがとうございました。それでは3月6日に理事会会場にてお会いしましょう。」

「春海弁護士先生もお越しになるのですか?」

「私も万が一の時の懐刀・知恵袋として同席して欲しいと、谷川さんと天知さんから頼まれましてね。」

「そうでしたか。それは心強いですね。よろしくお願い致します。」

笠井と堂本はここに新たに芽生えようとしている〝三毒悪〟の存在に対して背筋が凍る思いがしていた。


【旧理事会開催】

平成29年3月6日。旧理事会。

昨年5月末に在職期限を迎えた京極(前常務理事)を含めた旧理事会メンバー12名(笠井を含む)が招集された。そこには解任された神田(前事務局長)、自己都合退職をした下山(前学長)、3月末で定年退職となった若山(前副学長)の3名の名前はなかった。

総理事数12名のうち、8名以上の出席で理事会成立となるが、今回は出席者11名に委任状出席1名(香月理事)を加え12名全員の出席となったことで流会となることなく無事に旧理事会が成立した。

今回も新理事会の人事案は事前に知らされない為、意思表示が出来ない〝白紙委任状〟は賛否の票数にはカウント出来ず、分母の理事総数12名には加算されるものの、賛成票数には加算出来ない為、実質的には反対票と同等の効果を持った。

しかし、今回の〝香月理事の委任状〟はこれまでの〝委任状〟とはその意味合いが全く違った。

「皆さん、ご無沙汰をしておりました。まさか再び理事会を招集し、新しい理事の選任をすることになろうとは考えもしませんでした。本日は香月理事から頂きました〝委任状〟を含め、理事全員にご出席頂きましたお陰で、無事に理事会が成立致しました。何よりも先ず、このことを御礼申し上げます。」

笠井が冒頭の挨拶をして深々と頭を下げた。

「さて、実は皆さんにご報告がございます。この度、私は、香月理事より〝全権を私に委任する〟という内容の委任状をお預かりしております。事前に内容を開示出来ない人事案につき、賛成票としての1票には加算出来ませんが、創業家が私どもに付いて頂けたのは、本当に心強く思っております。」

笠井のこの〝驚天動地〟の報告に対して、場内のほぼ全員が驚愕し、誰一人としてその言葉を信じようとはしなかった。

しかし、確かに委任状には香月理事から笠井理事長に〝全権を委任する〟と書いてあった。

「これまで香月理事のお名前で委任状が出されていましたが、これは殆どが香月理事ご本人の意志によるものではないという事が最近になり判明致しました。香月理事の過去の委任状は〝評議員〟を務めておられる香月理事のご子息が、香月理事の承諾もないまま代筆をされ、委任状を提出しておられたということをお父様ご本人から確認しております。また、東京仏教大学を正しい方向に導いて欲しいとの強いご要望のもと、ここに委任状をお預かりして参りました。」

笠井派の理事から自然と拍手が沸き上がった。一方で反体制派理事達の表情は一機に青ざめ、動揺を隠せない様子であった。

ここで笠井が新たに選出した新理事の名簿が皆に配布された。

「ご存知の通り、昨年6月10日の理事会での決議は無効となりました。新理事会のメンバーのどなたにも過失責任や齟齬があった訳ではありません。ですから、私は6月10日にお願いしました理事メンバーの方々にあらためて理事職をお引き受け頂けないかお願いしたいと思っております。ただし下山学長と若山副学長は既にご退職されておられます。また、本学を相手取り裁判を起こされたお2人の理事にも退任を頂きます。新たに中山副学長に理事職をお願いしたいと考えております。」

「議長、ひとことよろしいでしょうか?」

大学同窓会会長が議長に発言の許可を求めた。

「裁判を起こしました私共同窓会理事ふたりは、6月10日の決議の決め方があまりに強引であった上に、裁判所も認めたとおり、寄附行為に抵触しているとの思いから提訴に至りました。そうしてその思いが実り本日に至っております。勿論そのあとは私共が理事総数の過半数を押さえた中で、ある程度、我々の意向が反映された理事会を組成したいとの思いがありました。しかしながら、下山学長が辞表を出され、旧理事としての職責がなくなることなど全くの想定外でした。今、それを争うつもりはありません。ただ、ひとつだけ教職員の思いを伝えたいと思います。」

「どうぞ、遠慮無く仰って下さい。」

「寄附行為に〝理事長は東京教区の僧籍を持つ者から選出する〟とあります。勿論、原則ではありますが、やはり、仏教系の学校法人であるからには、安易にその原則を逸脱してはいけないと思うのです。理事長には徳も人望もある僧侶から選出し、その理事長を神輿に乗せながら、理事長以外の常任理事4人(常務理事・事務局長・学長・校長)が神輿を担ぎ、改革を推進すれば良いのではないでしょうか?」

「議長、私もひとこと宜しいでしょうか?」

次に中高同窓会理事が議長に発言の許しを求めた。

「私も今の意見に賛同致します。もし、谷川理事が再び理事長に選ばれるのでしたら1期だけという条件にして頂きたい。谷川理事はあくまで本学を正常化するまでの繋ぎであり、3年後には必ず僧籍に理事長職を譲ると一筆書いて約束をして頂きたい。私は、理事長が仏教の僧籍を持つ者であるということと、創業家である香月家を理事ポストから外さないという、このふたつの条件だけは、我々が今後も守り続ける義務があると思うのです。本来ならば創業家のご子孫で僧籍を持つどなたかが理事長を務めるというのが本学の理想だと思うのです。万が一にも創業家が蔑ろにされ、かつ、仏教系の学校法人でありながら僧籍をも蔑ろにされるようでは、創業者であられる香月哲治先生に申し訳が立ちません。ですから、もし、このあと、理事長を決める際に、僧籍を持たない方が理事長に推薦される場合は、先ほど申し上げました条件を前提として頂けないでしょうか?」

「ただ今、おふたりの理事から頂きました提案について、どなたかご意見がある方はおられますか?」

「議長、宜しいでしょうか?」

「谷川理事、どうぞ。」

「昨年6月、僧籍を持たない私が理事長に推挙され、満場一致で理事長を拝命致しました。当時から〝火中の栗を拾う役割〟と言われておりましたが、現実には〝火中の栗〟以上に酷い状態で、本当に失うものが多いミッションでした。お陰様でこの歳になって教えられることも多々ございました。私は理事長職にはこだわりません。どなたが理事長になられても、私が理事を外れることがあっても、本学を愛する気持ちに変わりはございません。これからも未来永劫、東京仏教大学のために、協力を惜しまない所存です。私は今回、理事長を引き受ける際にも、1期限りと申しておりました。その意図するところは、今、おふたりの理事がおっしゃった想いと全く同じでございます。私も、おふたりのご意見に同意致します。」

「それでは、意見も一通り出揃いましたので、この辺で決を採りたいと思います。私が提案しました新理事の案に賛成頂ける方は挙手を願います。」

出席した理事全員が賛成した。創業家である香月理事が委任状を敵方である笠井に渡したという事実は、反対派理事全員の戦意を完全に喪失させた。

香月理事の委任状は今回の人事案においてもこれまでと同じ様に〝意思表示〟が出来ない為、賛成の1票には加算出来ないが、今回の委任状だけはこれまでの委任状とは比較にならない程の〝効力〟を発揮した。

理事会のあとに開催される評議員会に於いても、旧理事会のやり直しで新たに承認された理事会が6月10日に選任された理事会のメンバーとほぼ変わらない内容であることを易々と認めるはずもなく、相当に荒れ狂うことが予想されていた。

しかし、評議員会の冒頭で、議長から〝香月理事の委任状が笠井理事長に託された〝という事実の報告がなされると、その殆どが反対派で占められた評議員がまるで通夜の席上かの様に静まりかえった。

特に、評議員の一員として会議に出席していた香月評議員(香月理事の長男)は、これまで、理事である父親の〝1票〟を略奪して〝委任状〟として謀反軍に渡していたことが暴かれ、かつ父親が反対勢力に加勢したものだから、まるで狐に化かされたかの如く右往左往するしかなかった。

これまで天皇〝田上旧理事長〟と〝創業家〟という強烈な両看板を楯にやりたい放題、言いたい放題を尽くしてきた悪徳教職員達が一斉に静まりかえった。

〝創業家の香月理事が委任状を向こうに渡した。〟

この瞬間に〝官軍〟と〝逆賊〟が完全に入れ替わった。

評議員会も静粛な中、新しい理事会を受け容れた。そして、その後に開かれた(後)理事会において正式に〝新・理事会〟が無事に誕生した。


【創業家・香月家】

香月哲治がアメリカから帰国した頃(明治30年代)の日本は女子中等教育がようやく地方に拡がりつつあり、仏教者による婦人会活動・女子教育事業も高揚期を迎えていた。アメリカでの女子教育を見聞した経験から、哲治は日本における穏健な女子教育の必要性をあらためて痛感し、高等女学校で学びたいという女子の希望に応え、卒業生に広く社会で活躍できる教育環境を整えたいという思いが旨に溢れた。哲治は命をすり減らし、血の滲むような努力を重ね、ようやく明治40年5月〝東京仏教女学校〟の開校を実現した。現在の東京仏教大学の前身である。

それから100年の歴史を積み上げ、その間に素晴らしい経営者・経営陣の見事な采配の下、また、愛校心に満ち溢れた多くの卒業生・関係者に支えられ、盛り立てられ、都内では右に出る女学校がない程の名門校として自他共に認知される盤石の地位を築いてきた。

明治40年から昭和20年までのおおよそ40年間を創業者哲治が理事長を務め、そのあとを長男の文治が受け継いだ。文治は昭和21年から昭和46年までの26年間、理事長を務めた。その間に文治は東京仏教女子大学を共学化し、総合大学・東京仏教大学として盤石の地位を築き上げた。

昭和59年に前理事長の田上が中学・高校の校長を務めたあたりから、東京仏教大学グループ内での恩・縁・義理によって繋がった人脈や、仏教関係寺院で広い派閥を持つ者に権力が集中し始めた。そのことは同時に創業家を表向きは奉りながらも実態は形骸化させていくシナリオを意味していた。

平成7年にいよいよ田上が強力な人脈に物を言わせて理事長職に登り詰めた。

それから12年間で香月哲治が創業した名門校は〝田上村〟と化し、〝田上村の村民〟による〝やりたい放題の楽園・我が世の春〟が10年以上続き、その間に創業家である香月家は〝お飾り〟化され、理事の〝椅子〟は用意するが決定権は持たせないという〝田上独裁専権〟が続いた。

現・香月哲人理事は香月哲治の孫にあたるが、高齢に持病が重なり、数年前から病床の身にあった。

平成27年5月の理事会に車椅子で出席をして以来、理事会に姿を見せることは無かった。それ以降の理事会は全て、理事長に委任する旨を記した〝委任状〟を提出してきた。平成28年2月に勃発した〝理事長解任要求事件〟の血判状に〝香月哲人〟理事の名前があった。

香月哲人理事は創業家の名を汚すようなことをされる筈はなく、真意を確かめるために笠井が複数の理事を伴い、哲人理事宅を訪ねたが、長男で評議員をしている香月昭治に面会を阻まれた。

実は、この時既に香月昭治は朝倉から〝理事〟のポストを褒美に買収されていたのだ。昭治は父親の印鑑を取り上げ、父親の名前を血判状に記入し、捺印した。

それ以降は全ての理事会における〝委任状〟が、理事長宛ではなく、謀反軍の総大将である京極(常務)宛てに変わった。

結局、この〝謀反〟は〝痛みを伴う改革など行わない悠々自適な田上ファミリーの再来を望む教職員〟〝理事長職を狙う複数の理事〟〝理事職を狙う評議員〟といった〝三毒〟に塗れた人間達の〝私利私欲戦争〟以外の何ものでもなかった。

ある日、堂本にとって思いもよらない〝好機〟が訪れた。

それこそまさに〝創業家ご先祖が導いてくれた奇跡〟であったのではないかと後に堂本は振り返った。

平成29年3月6日の旧理事会から2か月ほど遡る1月下旬、鍋島から重大な情報が入った。

「堂本さん。実はあるところから創業家に関する情報が入りまして。役に立つ情報かどうかは分かりませんが。」

「鍋島さん、どういう情報ですか?」

「香月理事とその長男との仲が悪く、今は別居しているという噂を耳にしました。」

「それは我々にとってビッグチャンスになるかも知れませんよ?」

「どういう事ですか?」

「香月理事は一昨年5月の理事会に車椅子で出席されて以来、姿を見せておられません。その後の理事会は、理事長宛の委任状を受理して処理をしておりましたが、昨年2月に勃発した〝笠井理事長解任請求事件〟の解任請求をした理事一覧に香月理事の署名・捺印があったので、我々は〝創業家がこのような事をなさるはずがない〟と真相を確かめるべく、香月理事ご本人を訪ねたのですが、長男から門前払いをくらい一切、会わせて貰えませんでした。」

「ということは、ご本人の意志確認は出来ていないということですか?」

「そうなんです。しかも解任請求事件以来、今日まで全ての理事会に於いてクーデター側の1票として委任状が理事会宛て提出されてきました。しかし、それが本当に香月理事ご本人の意志を以て出されたものなのか、ご本人の筆跡なのかについては、息子さんのガードが堅く、いまだ以て会わせて頂けていないので確認が出来ていない状況なんですよ。もしかしたら、長男が勝手にお父様の代筆をして委任状を敵方に預けているのかも知れないのですが、創業家ということもあるから強引なやり方はしたくないので動けませんでした。」

「ということは、今、香月理事本人が長男の元を出て別の所に住んでおられるとして、その場所さえ突き止めれば、お逢いして真相を伺えるかも知れないということですね?」

「ご本人の意志で敵方に加担されておられるとしたら、それはそれで諦めもつきます。しかし万が一、ご本人が全く事情を知らされない中、第三者が勝手にやっていることだとしたら、それをご本人に伝えることで風向きが大きく変わる可能性はあります。」

「長女さん夫婦のところに香月理事ご夫婦ともに身を寄せておられる可能性もあります。色々な線から当たってみます。」

「私も地場の不動産屋さんを巻き込んであらゆる可能性を手当たり次第、当たってみます。」

こうして〝香月理事捜索大作戦〟がスタートした。

それから数日後、鍋島から堂本宛に連絡がはいった。

「堂本さん、見つかりましたよ。やはり長女夫妻のところでした。」

堂本はこのことを直ぐに笠井に伝えた。

「それは大変重要な情報ですね。情報源は間違いないのですね。」

「私と同期入職しました鍋島さんが、学内の情報通から仕入れた情報で、信憑性は高いと思われます。」

「それでは何とか、香月理事に直接お会いして、真相を突き止めたいですね。」

「それしかありません。更に、長男は勿論のこと、敵方の誰にも悟られない様に事を運ぶ必要があります。」

「香月理事には誰が会いに行きましょうか?」

「ここは笠井理事長と私とで行くしかないと思います。もしも香月理事がこれまでの事情をご存じないか、もしくは敵方に洗脳されているとしたら、理事長自ら誠心誠意、事実をお伝えされるのが良いかと思います。」

「そして出来る事ならば、委任状を我々の方に託して頂く様にお願いしてみましょう。創業家という〝錦の御旗〟を奪還し、我々が理事会・評議員会で御旗を掲げれば、反体制派の理事・教職員は静まりかえるでしょう。」

こうして笠井理事長をリーダーに〝香月理事調略作戦〟が始まった。

平成29年3月4日。旧理事会の2日前。

「ごめんください。」

「はぁい。どちら様でしょうか?」

「私、東京仏教大学理事長の笠井と申します。突然お伺いして申し訳ありません。実はお父様に火急にお伝えしなければならない事がございまして、ご連絡もせずに参りました。」

「少しお待ちください。父に伝えて参ります。」

長女は直ぐに戻ってきた。

「父が会うと申しておりますので、どうぞお上がりください。」

笠井と堂本のふたりは意外にもあっけなく香月理事と会える喜びと緊張に思わず武者震いをした。

ふたりが奥の間に通されると、それまでベッドに横たわっていたのか、脱いだばかりと思われるパジャマが奇麗に畳んで置かれ、簡単な服装に着替えをして車椅子に移った様子の香月理事が待っていた。

「理事長、ご無沙汰をしています。堂本さん、初めまして。香月です。」

さすがは香月創業家ご子孫だけあって香月理事は病床にありながらも礼をわきまえておられた。

「香月理事、本日は突然お伺いして申し訳ありません。実は、大学が大変な事態に陥っております。全て私の不徳の致すところでお詫びの言葉もありません。万策尽きて最後の頼みで香月理事にお願いに参りました。」

笠井はこれまでの経緯について詳しく説明をした。

「そんな大変な事態になっていたのですか?私は息子から何にも聞かされておりませんでした。」

「お嬢様はご存じでしたか?」

「はい。ただ、弟から〝親父には心配させない為に何も知らせるな〟と言われておりました。〝自分が父に代わり全て仕切るから〟と。私も母も弟に言われるまま、父には何も知らさず過ごして参りました。この様な状態の父に東京仏教大学の騒動を伝えたところで心労をかけるだけですから。」

「委任状のことはご存じですか?」

「委任状はこれまで全て笠井理事長に委任するということで、理事会の度に息子に渡していましたよ?」

「笠井理事長宛という文字は理事が書かれましたか?」

「いや、今は手の自由が効かないので、委任状に判だけ押して、あとは息子に書いて貰っていました。」

「そうですか。」

笠井と堂本は顔を見合わせて深く頷いた。

息子が父親に宛名が白地の委任状を差し出し、判を押させた後に自分で宛名を書いていたのだ。

ふたりはそのことを香月には知らせなかった。信頼する息子がその様なことをしていたなどと暴いたところで父親に心配をかけるだけだ。

「香月理事、明後日、やり直す形で旧理事会が開催されます。ついてはこれまで通り、私宛に委任状を頂けませんでしょうか?折角参りましたので、この場で頂けたら有り難いのですが。」

「それは全く問題ありませんよ。」

「ありがとうございます。それから、本日、我々が参りましたことはご長男様には内緒にして頂けますか?」

この言葉を聞いて香月の顔が一瞬曇ったが、直ぐに笑顔で答えた。

「良いですよ。私は創業家がこれまでに築きあげた学校法人の歴史と伝統を護る義務と責任があります。あなた方に託します。ただし私のわがままを聞いて頂けますでしょうか?」

「何なりと仰って下さい。私に出来ることであれば必ずお望みどおりに致します。」

「ふたつあります。ひとつは、次の理事長には必ず宗門僧侶の中から選任して頂きたいということ。もうひとつは・・・今後とも創業家を立てて頂きたいということです。私はこのように長く病床につき自由が利かない体ですが、新しい理事会が立ち上がりましたら、学校法人が落ち着きを取り戻してからでも構いませんから、私は理事を引退し、長男にその席を譲りたいのです。不肖な息子ではありますが、私にとっては掛け替えのないひとり息子です。どうか、東京仏教大学の役員として重用して頂きたく、何卒、よろしくお願いします。」

「香月理事、先ずひとつめのお願いについてですが、我々は加山理事を次の理事長にと考えています。昨日までに谷川派を除くすべての理事に根回しは終わっており、加山さんが間違いなく理事長に選ばれるはずです。」

「おぉ、加山さんですか。それは素晴らしい。あの方ならばきっと大学を再建してくれるでしょう。」

「ふたつめのお願いについてですが、私は理事長を退任しますので、私にその権限はありませんが、加山新理事長に必ずその願いを叶える様に申し伝えます。ご安心ください。」

「ありがとうございます。よろしくお願い致します。」

「こちらこそ、何とお礼を申し上げて良いものか。このご恩は生涯忘れるものではありません。」

ふたりは頭を深く下げ、何度も香月に礼を述べて香月邸を後にした。

「我々が全てを話さなくとも香月理事はおおよその見当をつけて我々に協力をすると決められましたね。」

「父親が一番息子のことを解っているものだ。我々から長男がこれまでにして来たことを話さなくとも解るのですよ。」

こうしてふたりは〝天皇家の錦の御旗〟にも値する〝創業家の委任状〟の奪還を見事に成し遂げた。

この〝委任状〟が二日後の旧理事会に於いて笠井達に絶大な力を与えた。

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