第7話 ジレンマ

【異議申立却下】

猫田(校長)を含む旧理事7名分の意見書を裁判所に提出したことで異議申立が認められるかと期待を寄せたが、猫田の翻意によって振り出しに戻った結果、仮処分申立てが認められた際の〝判決理由〟を覆すだけの切り札を裁判所に示すことが出来ない中、平成28年11月25日、裁判所は異議申立を認めないという判決を下した。

裁判所の判決理由は前回と同様の内容であった。6月10日時点の総理事数は13名である為、議案を可決する為には過半数である7名の賛成が必要であるというものだ。

この判決に学内外の反体制派幹部達は狂喜した。まるで本訴で勝訴したかの如く勢い付いた。中でも団体交渉の席上での大学・中高組合側の攻撃は凄まじかった。

「裁判所が6月10日の理事会での決議を無効だと言っているのだから、その時に新しく決まった理事会も無効だ。ということはその理事会から選ばれた(谷川)理事長も無効であり、その理事長が選任した(北村)事務局長も無効のはずだ。よって、我々は北村さんを理事長職務代理者として認めない。我々の団体交渉の相手は、真の理事長職務代理者といえる猫田校長である。」組合委員長の別府が喧嘩腰で北村を罵った。

「別府先生、今回の裁判の判決は、本訴を争うにあたっての仮処分を認めたものであって、6月10日の新理事会を否認したものではないのですよ?それは本訴に於いて裁判所の判決が下されて初めて、6月10日に戻って理事会をやり直すのか、それとも現理事会が戻るのかが決まる訳ですから。」北村が冷静に回答しても、従業員代表と称してこの団体交渉に参加する者達とは、まるで議論がかみ合わない。

「だから、仮処分が認められ、異議申立が否認された時点で、6月10日の理事会が無効であると裁判所が認めたことになるんですよ。潔く認めたらいいじゃないですか?認めて理事長職務代理を猫田校長に譲れば良いのですよ。」

「勝手にその様なことが出来る訳ないでしょう?現時点ではまだ新理事会も成立しているし、谷川理事長も、理事長の職務代理者としての私(北村)の権限も生きています。私は権限が欲しくて言っているのではない。今、私が理事長職務代理者という職務を放棄して、誰が職務代理者をやるんですか?」

「だから、猫田校長と言っているでしょう。」

「猫田校長を職務代理者に誰が任命するのですか?正式に理事会の承認がないと勝手に理事長職務代理者は出来ませんよ?」

「北村さん、貴方こそエセ理事会の任命で選ばれた、いわばエセ理事長職務代理者でしょう?」

「それは違います。本訴に於いて正式に6月10日の理事会をやり直す様に命が下された時に初めて、理事長職務代理者の任が解かれます。その時は、笠井前理事長が一時的に(理事長として)戻られ、旧理事会の理事としての権利を有する者が再度招集されて旧理事会を開催して、新たな理事会が承認されてから新理事長も決まるのです。それまでの間は、笠井前理事長が理事長の職務代理者となられる。それが法的に正しい流れなのです。」

「もう貴方と話をしても埒が明かない。とにかく、我々は北村さん、貴方と団体交渉をする気はありません。」そういうと、組合員長の別府は席を立ち、団体交渉の会場をあとにした。

こうして団体交渉は決裂した。翌日、組合はいつもの様に〝組合員ニュース〟と称する教職員〝扇動〟手段を用いて自分達の都合の良いように書き並べ、北村・堂本のふたりを罵倒した。別府達は、それらの記事が北村・堂本にだけ配布されないように小細工をして学内に偽情報をばらまいた。

組合側があくまで北村を理事長職務代理者として認めようとしないものの、冬期期末手当だけは支給してやらないと、それをローンの返済原資として家計に充てている者をはじめ、多くの教職員に迷惑をかけることになる。

北村は、交渉は今後とも継続するという条件のもと、前年度支給率と同率という、教職員からすれば恵まれた条件を応諾した上で、予定期日での支給に踏み切った。

仮処分を認める命令を発した裁判所に対しては再考を求める不服申し立てをしたが却下された。もうこれ以上、争っている時間はない。一刻も早く本訴を起こさせ、正式に裁判所から6月10日の理事会での決議無効を判決して貰う他にない。

利害関係者が原告と被告だけであれば、双方が和解すれば済む話であるが、今回の裁判では原告・被告以外に利害関係者が存在する。

裁判の被告にならなかった他の理事の意志やその地位を無視して、当事者だけで勝手に和解をし、現理事会を無効にしてやり直すことは〝法的〟に出来ない。

本訴での正式な判決なしでは法務局が登記変更に応じないのだ。

本訴で正式に裁判所(司法)の判決が下れば、当時者以外の新理事7名も、基本的には異議を唱えず判決に従うことになる。

よって、今は一刻も早く原告の本来目的であるところの〝本訴〟を起こして貰い、悪戯に時間をかけることはせず判決を受け、現時点で権利を有する旧理事が集まり、理事会を開催するしか選択肢はない。

原告が直ぐに本訴を申し立てるとは限らないため、春海弁護士をはじめとする大学側は、12月6日、裁判所に対して相手の尻を叩く意味で〝起訴命令〟を提出した。

起訴命令とは、債権者が仮処分だけを中途半端に行って本訴を提起しない場合に、債務者が裁判所を通じて債権者に対して本訴提起を促すよう求めることが出来るという制度である。この申請を受けると裁判所は債権者に対して相当期間を定めて裁判を起こすように命令を出し、もしこの命令に債権者が従わない場合には、仮処分の命令が取り消される というものだ(民事訴訟法)。

ここまでやっておけば、債権者側は黙っては居られなくなる。仮処分の命令が取り消されては元も子もないので、必ず本訴提起をするはずだ。


【理事懇談会】

いよいよ天下分け目の合戦の仕切り直しも大詰めが近づいてきた。

反体制派を支持する一部の教職員は、異議申立が認められなかったことであたかも戦争に勝利したかの如く雄叫びを上げ、各所で祝杯をあげた。

一方で、現体制支持派はまるで通夜の如くに沈んだ。子細を知らない理事の中には「裁判で負けた事は決定的で、もはや挽回は難しい」と白旗を揚げる者もいた。

天知と春海は〝ここは大至急、理事を招集し、今後の作戦を周知する必要がある〟と考え、12月10日、都内のホテルに全理事を集めた。開会にあたり谷川が冒頭の挨拶をした。

「理事の皆様、本日はお忙しいところを急遽、お集まり頂きありがとうございます。皆様におかれましては、裁判所への申し立てが立て続けに却下された事で、今後の行方について不安を抱いておられる方も多かろうと思います。本日は、春海先生から仔細についてご説明頂き、皆様に安心して頂きたいと存じます。それでは、春海先生、よろしくお願いいたします。」

「弁護士の春海です。さて、本学の旧理事である大学・中高同窓会会長両氏による当学校法人や新理事6名に対する職務執行停止を求める仮処分申立事件について、東京地方裁判所は去る11月25日付で本学と6名の理事が行った異議申立を却下する決定を下しました。本学としてはこの決定は甚だ承服し難いものですが、既に2つの決定が出た以上、これを尊重して速やかに紛争を解決する必要があると考えます。しかし、仮処分決定はあくまで仮の判断に過ぎません。この決定を以て登記の変更は法的に出来ません。〝裁判所による終局的判断〟になり得ないからです。彼らは勝ち誇った様に騒いでいますが、このままでは解決しないのです。解決するには本裁判に於ける裁判所の判断が必須なのです。よって、我々は速やかに起訴命令申立を行いました。それを以て12月7日付で東京地方裁判所から原告両氏に起訴命令が発布されました。これは、命令後1ヶ月以内に本裁判の提起を命じるものです。今後は、これを受けて提起される本裁判の過程で速やかな終結を図って参りたいと考えています。本裁判で6月10日の理事会決議の無効が確定すると、新たな理事が選任されるまで旧理事が理事の地位にあることになります。」

「弁護士先生。と言うことは〝認諾(民事訴訟において、被告が口頭弁論または準備手続きで、原告の訴訟上の請求である権利主張を肯定する陳述をすること)〟をするという事ですか?」

「そうです。ここは何よりも早期決着が必要です。〝認諾〟というと〝負け〟と思われる方も多かろうと思いますが、この認諾は〝勝利の認諾〟なのです。これから重要なポイントについてご説明します。」

「笠井前理事長が理事会を招集し、ご本人を含む全12名の理事で改めて理事会を開催し、新理事の選任決議をして頂くことになります。」

「旧理事総数は13名ではないのですか?」

「そこが重要なポイントなのです。6月10日時点で理事の1人であった下山学長は,本年6月30日に辞表を提出され、既に退職金も受け取っておられます。学校法人と学長との法律関係は準委任契約と解釈されていますので、いつでもこれを解約することができ、従って、辞表を提出することによって辞任となります。また、学長は充て職として理事の地位にあるのですから、学長を辞任された以上、本裁判で6月10日の理事会決議の無効が確定するか否かに関わらず、現在は当然に理事の地位も失っていることになります。」

この説明を聞き終わると、全ての理事の目の色が変わった。

「理事総数12名であれば、6対6の可否同数となった場合に、今度こそ、議長である笠井理事長の議決権が活きる訳です。」

そこで谷川が笑いながら口を挟んだ。

「皆さん、ここに居られる猫田校長先生は、6月10日時点では相手方に付いておられたが、今や私達の同志。今は6対6ではありませんよ。7対5です。完全過半数ですよ。ねぇ、猫田校長先生?」

「えぇ。まぁ。」

猫田は、裁判所に対して谷川理事長を支持するという表明書を出しておきながら、ひと月足らずで相手方の証拠書類として〝撤回〟の表明を出すという卑怯な事をしているだけに、いかにもバツが悪そうに小声で返事をした。

今やここに居る誰もが〝東京仏教大学の小早川秀秋〟のことばなど信じてはいなかった。ただ、旧理事総数12名で新たな理事を選任することが決定的な今、彼はまさに〝小早川秀秋〟として、勝ち馬であるこちら側に付くことは間違いない。猫田に対して批判を口にこそしなかったが、理事の中に彼を信頼する者は誰一人いなかった。

「しかし、向こうがあくまで下山学長が旧理事であると言い張って来たらどうしますか?」

「下山前学長にその権利がないことは法的に認められることなのです。その前提で、笠井前理事長が下山前学長を除く旧理事11名を招集し、全12名の旧理事による理事会を開催します。その上で、笠井前理事長が再度、新しい理事を選任します。恐らく、ここにお集まりの皆様がそのまま再選されるだけでしょうが。ですから、本当に今回の裁判は、結果的に本学を危機に曝しただけで、他に何の意味もなさなかったということなのです。」

「旧理事総数12名として旧理事会が招集されれば向こう側の旧理事達は〝勝ち目がない〟と思い理事会をボイコットするのではないですか?」

「そもそも今回の裁判の目的は、6月10日の理事会決議を無効にして新理事会を決め直すということです。よって、少なくとも原告両氏は旧理事会が招集されれば当然、出席する義務があります。総理事数が12名であることに不服であるから欠席するということになれば、裁判で訴えてきた目的に対する自己矛盾になります。更にその先に〝自分達の思い通りの理事メンバーによる新理事会の組成〟という隠れた目的が暴かれます。それは通りません。」

「それを達成する為には手段を選ばないのではありませんか?」

「もし、理事会をボイコットする理事がいて、その為に理事会が流会になり、更に招集をかけてもボイコットを繰り返すとすれば、いつまで経っても新理事会が決められず、結果的に来年度の重要決議が間に合わなくなります。そうなれば、文部科学省からの行政指導どころの騒ぎではなくなります。業者への支払いも出来なくなり、全ての学校運営が滞ることになります。20億円近い補助金の支給も見送りとなるかも知れません。そうなれば、大学は閉鎖への道を辿ることになるでしょう。そういった場合の責任は当然、ボイコットした理事にありますから、大学は彼らに対して数億円単位での損害賠償を請求する訴訟を起こすことになるでしょう。彼らにそれを受ける覚悟があるとは思えません。」

「しかし、このままでは彼女たちの訴訟は何の意味もなさないことになります。手ぶらで納得するでしょうか?」

「かといって、ここにおられる新理事の皆さんには何の責任も過失もありません。今度、笠井前理事長が戻られて新理事名簿を再作成される際に、その名簿からここに居られる方々の誰一人として外される理由はありませんよ。」

「それは確かにその通りですね。」

「彼女たちは、6月の理事会に齟齬があったことを認めさせ、やり直させたということで一旦は裁判の目的は遂げたということにするしかないでしょう。そこから先の事に関しては、下山学長がお辞めになったことで、ご自分たちが考えていたシナリオとは大きく狂いが生じたかも知れませんが、それも身から出たサビ。自業自得というものです。」

「今は、彼女たちが裁判所からの起訴命令を受けて、本学のために一日も早く本訴提起をしてもらうことを祈るばかりです。彼女達が本訴を提起すれば、裁判所からの第1回目の呼び出しで我々は裁判所の判決を〝認諾〟し、速やかに登記変更を行い、笠井前理事長に旧理事の招集をかけて頂き、今度こそ、理事総数12名のもとで、寄附行為に則った理事会議決を行い、新理事会を決議致しましょう。」

「我々がこれ以上争うつもりがないことや、下山前学長が自己都合での辞任であることから法的に旧理事としての資格も喪失されていることを示した書簡を〝谷川理事長所感〟として学内教職員に一斉に流す予定です。これは理事長の単なる〝所感〟なので裁判所から禁止されている〝職務執行〟には当たりません。」

「これを教職員に流せば、浮動票をこちらに取り込むには相当の効果が期待できますね。」

「その通りです。もとより〝反・笠井理事長〟が骨身に染み込んでいる人間は何を言っても聞く耳を持たないでしょうが、重要な事は、根も葉もない噂を流し続ける組合幹部や大学執行部の人間の話を鵜呑みにして向こうの城に身を寄せている〝善良な教職員たち〟をこちらに取り込むことです。今回のこの書簡は、基本姿勢はスクエアかつ誠実な心を持つ教職員であればきっと理解出来るはずですよ。」

「楽しみですな。」

こうして理事懇談会は全員の結束を固めて閉会した。

翌日、〝理事選任決議について(所感)〟という題目で、谷川理事長名の一斉メールが全教職員あて送付された。

予想通り、その反響は凄まじかった。まず、朝倉が慌てて総務課宛連絡をしてきた。

「下山学長の退職金を大学に返金したいので、口座番号を教えて欲しい。」

北村と堂本は当然この申し出を一蹴した。前代未聞とも言える常識外れの依頼を恥ずかしくもなく申し出る厚かましさに二人は顔を見合わせて失笑した。

組合もまた、性懲りもなく出鱈目な組合ニュースを出したが、いつもとはニュアンスが違った。

「双方の弁護士が、谷川理事長が1期で辞めることを条件に話し合いをしている。」

根も葉もない内容であるが、言い換えれば〝谷川理事長が1期で辞めることさえ認めれば、組合・教職員は今の理事会が再選されても承認する準備がある〟と言いたいのだろうという推測が成り立った。

堂本は、1通の書簡が学内の雰囲気を一変させ、潮目が大きく変わりつつあることを感じた。今回も、春海と天知の思い切った策略がズバリ的中した。


【ジレンマ】

谷川サイドが認諾をするというのは原告側の弁護士達も予想をしていなかった。

しかし、そもそも、裁判の論点自体が6月10日の理事会の議決が有効か無効かということなので、谷川等が〝認諾〟をして〝負け〟を認めても、下山前学長が自己都合退職をして旧理事の権利を放棄してしまっている今、総理事数は12名となり、理事会をやり直した場合に、〝寝返り〟が起きない限り、賛成と反対は同数となる為、谷川サイドの〝負け〟はなかった。

仮処分申し立てに対して学校側は真っ向から立ち向かったが、結果的に仮処分申し立てが認められ、理事等の手足が縛られた。理事会機能が停止させられ、挙げ句、異議申し立ても却下された。その結果、大学は真綿で首を絞められる様に徐々に弱まり、今や危機的状況に陥りつつあった。

谷川をはじめとする笠井前理事長擁護派の中には〝東京仏教大学を救う為に、自分達が〝名誉の撤退〟を行い、騒動を収めよう。〟と提案する者もいた。

しかし、ここまで来てしまったら〝名誉の撤退〟などあり得ない。徹底的に〝悪性腫瘍〟を叩き潰さない限り、学校は反乱再発のリスクを内包する事になる。

これだけの〝騒動〟を巻き起こして大学を混乱に導いた〝悪〟の権化達に対してその責任を問うどころか、逆に経営権を渡すなどと言う選択肢は、太陽が西から昇ろうともあり得ない。

一方で、反体制派側も、今となっては振り上げた拳を降ろしたくても降ろせない状況に追い込まれてしまった。敗北の先に待っているものは、自分達に対する懲罰や報復と考えているだけに、こうなったら徹底交戦を貫く考えだ。

ここまで拗れたら共に納得がいく〝和解〟などはあり得ず、どちらかが〝完全勝利〟を得るまで闘うしかなかった。

いよいよ、東京地方裁判所からふたりに起訴命令が発布された。

年が明けた1月7日までに本裁判の提起をしなければ、仮処分は取り消される。そうなっては元も子もない。

裁判所の2度の判決を以て教職員や一般世論を味方に付ければ、谷川サイドはいずれ白旗を掲げるだろうと睨んだ読みが完全に外れて、原告サイドは浮き足だった。

「東京仏教大学連絡協議会」という名の下に〝田上村〟の同志達が集い、緊急会議を開いた。

「さて、どうしたものか。このまま、本訴を提起しなければ、年明け早々にも仮処分が取り消され、これまでにやって来た事が水の泡になる。」

「本訴は提起するしかないでしょう。ただ、本訴の開廷を出来るだけ引き延ばしましょう。あくまで谷川を理事長と認めない、北村を理事長職務代理者として認めないという主張を貫くのです。引き延ばしの手段としては、東京都弁護士会会長宛に、理事長の〝特別代理人候補者〟の推薦を依頼しましょう。当学校法人は〝理事長不在〟なので、至急、〝臨時の理事長〟を推薦して欲しいと頼むのです。」

「効果はありますか?」

「効果があれば御の字。ないにしても時間稼ぎにはなる。更に、裁判所に対して北村以外の〝理事長職務代理者〟の選任を申し込みましょう。これをやれば1ヶ月は時間稼ぎが出来ますよ。」

「時間稼ぎをしている間に、本学にとっての時間もなくなりますよ。もし、3月末までに理事会が開かれない場合には大変な犠牲を払う事になります。そうなれば当然、我々教職員もただでは済まないでしょう?」

「ただ、嫌がらせの時間稼ぎをする訳ではありません。その間に、教職員が最後の団結をするのです。〝当学校法人は民衆(教職員)で成り立っているのだ〟と、〝このままでは卒業式を学長不在で迎えることになる〟と、向こうサイドの旧理事に訴えて、理事の一角を取り崩すのです。今、総理事数12名で、敵6名・味方6名と言われています。これを崩してこちらに取り込めば勝てます。」

「今更こちらに翻る理事などいないでしょう?」

「いや、分かりませんよ?向こう側の最後の砦は西日本大学の中田総長(本学理事)です。この重鎮をこちらに取り込めれば、一気に大逆転への道が開けます。中田総長は常々、〝本学の卒業生に万が一、学長不在で卒業式を迎えさせる様なことがあっては申し訳ない〟と、相当な責任を感じておられる。この弱点を突くのです。」

「それでは中田理事には私が交渉してみよう。」田上(元理事長)が名乗り出た。

あとはいつ本裁判を提起するかということだけが原告・被告弁護士団の焦点となった。そうして平成28年12月27日、原告側は期限ギリギリになって本訴を提起した。

真に大学の危機を救おうと思うのであれば、起訴命令が出されて直ぐに本訴を提起し、大学側の認諾を以て早々に裁判を終わらせ、一日も早く新しい理事会を組成するという行動を起こすはずである。

しかし、原告のふたりは、煩悩の中でも最も重いとされる三毒〝貪・瞋・痴(とん・じん・ち)〟に冒された人間たちに操られ、結果的に自分たちの意志のままには動けなくなっていた。

もう彼女たちの中には闘う気力は残されていなかった。本音は原告という立場から逃れて、どこか遠くに雲隠れをしたかった。

京極(前常務理事)も任期満了後は地元の奈良に戻り、これ以上闘うつもりはなかった。神田(前事務局長)は北村が事務局長の椅子に座り認証評価機構に対して見事な対応をしてその手腕を見せてから後は、自分の居場所がないことを悟ったのかすっかり大人しくなった。

しかし、田上・朝倉・中山・別府・黒川の5人はたとえ同士討ちになろうとも最後まで闘うつもりでいた。

今回の訴状の請求には〝下山大観が学長の地位にあることを確認する〟という一文が追加で盛り込まれてあった。彼らなりの〝苦肉の策〟であった。

このまま、素直に本訴が開廷され、争うこともなく〝認諾〟で判決が出てしまえば、谷川や春海のシナリオ通りに事を進められ、それは実質的には〝負け〟に等しい事になる。ここは何としても〝下山学長の理事職権限〟の回復を裁判所若しくは被告側に認めさせるしかない。彼らはやれる事はどんな事でもやる覚悟を決めた。

自ら放棄した旧理事(学長)のポストを取り戻す為に、(下山を8番目の同志として呼び寄せた)朝倉がここにきて(下山の援護射撃要員として)原告に加わった。もはや恥も外聞もなかった。

いよいよ、本訴を争うという裁判所からの呼び出しを待つばかりとなったはずが、待てども待てども春海らの元に裁判所からの招集通知が来なかった。

それは、原告側が予定通り、裁判所に対して〝職務代理者選任申立〟を求めた為、裁判の時効が一時的に中断されてしまった事に因るものだった。

いよいよ、裁判所もしびれを切らし、原告側に「事務連絡」を書面で通知した。

裁判所も、原告が本訴勝訴という本来の目的を遂行しようとせず、悪戯に期日を引き延ばしているという事が十分に理解できた為、暗に〝早くしろ〟と催促してきたのだ。

このまま、本訴を開廷し、被告の〝認諾〟という形で裁判所の判決を受けてしまえば、学校側は、裁判所の判決文を持って登記所に行き、谷川理事長の登記を抹消し、笠井理事長を再登記する。その上で、笠井理事長が、現時点で権利を有する旧理事に招集をかけて旧理事会を開催してしまえば総理事数は12名となるので、8名の理事が集まれば理事会は成立する。

理事会が成立すれば、笠井理事長が新理事会構成員を提案し、7名以上の賛成があれば新理事会は成立するのだ。

原告側は裁判には勝っても、最終的には敗北が待っているという〝ジレンマ〟に襲われ身動きが取れないでいた。


【田上VS中田】

年が明けて平成29年がスタートした。

年初早々、田上は西日本大学の中田総長に連絡を取り、緊急で面談をしたいとの申し出をしていた。

「明けましておめでとうございます。田上です。大変ご無沙汰をしております。」

「明けましておめでとうございます。田上さん、お久しぶりですね。年初早々にどうされましたか?」

「中田総長もご存知の様に、未だ以て裁判は決着が付かず、いよいよ年も明け、待ったなしのところまで来てしまいました。この状況についてどの様に感じておられますか?」

「私は、3月に卒業する学生に誰が卒業証書を渡すのか?ということが一番、気がかりです。」

「その通りです。今のままでは学長不在の中、学長代行の中山副学長が証書を渡すことになります。」

「中山副学長には申し訳ないのですが、卒業証書に〝学長〟ではなく〝学長代行〟という肩書きを記し与えるというのは実に忍びないですね。」

「何とか一刻も早く、本来あるべき新・理事会を組織して、大至急、学長を選任すべきではないでしょうか?」「それが理想ですが、良い方法はありますか?」

「本訴などと言っていては時間がありません。やはり〝和解〟しかないと思います。」

「私も、どちらかが勝った、負けたというのではなく、〝和解〟が出来るのであれば、それが1番良いと思います。1年前に教職員から理事長の不信任表明文が出されました。その後、突然〝理事長解任請求〟が出され、理事会が二分しました。私は〝理事長解任〟というクーデターは〝学校法人の恥〟ですから、決してやってはいけないことだと申し上げて来ました。クーデターを起こした8名の理事の責任は最も重いと思いますが、結果的に〝裁判で負ける様な新理事会の決め方〟をした他の理事の責任も重いと考えています。ですから、旧理事は全員、責任を取って辞任すべきだと思うのです。」

「私も同じ意見です。旧理事は全員が辞任して、全く新しい理事メンバーで、本学の立て直しをすれば良いのです。それこそ〝喧嘩両成敗〟による〝和解〟なのです。」

「私は、本当にそれが出来るのであれば、〝名誉の撤退〟も悪くないと考えていました。そこで春海弁護士や谷川理事長にも進言しました。その後、春海弁護士と谷川理事長が、原告側に対して〝新理事会のメンバー案〟を出す様に提案したそうです。ところが、そこで出て来た案は、主要役職に自分達を、それ以外の理事には彼らの傀儡といえる人間をはめ込み、こちら側の新理事を完全に排除したものだったそうです。私は正直、がっかりしました。せめて、今回、新しく理事に選任された人だけでも理事に残すというのが道理でしょう?」

「今回、選任された〝新理事〟が〝笠井さんの息のかかった〟人間だから外されたのではないですか?」

「私は、6月10日に新しく選出された理事の方々を良く存じ上げておりますが、皆さん、立派な方ばかりです。〝笠井さんの息がかかった〟などと証拠も根拠もない〝色眼鏡〟で人を判断することに対してガッカリしています。」

「もし〝和解〟をしないとすれば、3月10日の〝卒業式〟までに〝新学長〟を選出することは難しいでしょう。」

「春海弁護士は〝認諾〟で本訴を一刻も早く終わらせ、笠井理事長が旧理事会を招集して〝新理事会〟を組成すると仰ってましたが、双方が協力すればまだ間に合うのではないのですか?」

「それをしたくないから相談に参ったのです。それをすれば、総理事数が12名である今、それこそ6対6の可否同数で笠井さんの1票で決してしまうじゃないですか?そうなれば、今の理事会がそのままスライドで選出されてしまい、我々がこれまで1年かけて闘って来た苦労が水の泡になってしまいます。」

「田上さんはそれほどまで6月10日に選出された新しい理事会がお嫌いですか?」

「理事会の違法な決まり方と、そこに旧理事のメンバーが残っていることがたまらなく気に入らないのです。これは教職員の総意です。」

「私も先ほど申し上げた通り、旧理事全員に責任があると思っていますよ。しかし、双方が私利私欲を優先してしまい、〝円満な和解〟が望めないとすれば、もう司法の判決に委ねるしかないのでしょうね。その結果、どちらかが勝者となった時に、勝者は驕り高ぶる事なく謙虚な気持ちで学校の改革に取り組む。それしか残された道はなさそうですね。」

〝家康に過ぎたるものは2つあり、唐の頭に本多忠勝〟という言葉があるが、〝東京仏教大学に過ぎたるものは中田総長(理事)〟と言っても過言ではない程に、この人物の器は並外れていた。中田理事こそが東京仏教大学の見張り番であり、東京仏教大学理事会の〝看板〟でもあった。

田上は〝中田理事を落とせば敵の牙城は崩せる〟と睨んで今回の直談判に臨んだ。

しかし見事に玉砕された。

朝倉が理事8名の血判書を集め、京極(常務)を含めれば9名まで頭数が揃いながら、理事会招集に必要な10人目のあと1名を集められなかったのは、中田理事がそこに立ちはだかったことが大きく影響した。

言い換えれば、中田総長(理事)が笠井を護る選択をした事が勝敗を決したと言っても過言ではなかった。

教職員の殆ど全てがクーデター側に回る中で、堂本が笠井を擁護する立場を取った大きな理由のひとつは〝中田理事が選択される立場こそ正義〟という思いであった。


【笠井理事長復活】

第1回公判は平成29年2月3日に行われた。

予定通り、大学側の弁護士である春海は相手の申し出を認諾した。

それを受けて、2月6日、裁判所から本訴裁判の判決がなされた。

「6月10日の新理事選任決議は無効」という判決が申し渡され、早速、昨年6月10日に発足した新理事の登記が抹消された。

春海は笠井に連絡を取り、笠井理事長の再登壇を依頼した。

笠井はこれを快く承諾した。

平成29年2月8日。笠井が約8ヶ月ぶりに理事長室に戻って来た。

思えば、笠井に請われて堂本がこの大学に来たのが平成27年4月。その時点で笠井降ろしの機運は高まっていたが、堂本の出現が結果的には導火線に火を付ける形になった。それ以降の〝田上村の村民たち〟のふたりに対する誹謗中傷・嫌がらせは実に凄まじかった。

東京仏教大学という名門校には常に募集定員以上の学生・生徒が集まり、経営は順風満帆が続いた。その中で田上元理事長が長期政権〝田上村〟を築きあげ、強大な人脈を東京仏教大学グループに遺して笠井に理事長ポストを譲った。

最初は田上の操り人形であった笠井が、少子化の影響による収支悪化の波が年を追う毎に激しさを増す中で、一念発起して改革を決断した。

しかし、改革には〝教職員評価制度〟や〝人件費の圧縮〟といった〝痛み〟を伴うものもあるため、これまでぬるま湯の中で大学の恩恵を受けてきた教職員にとっては〝出来ることならば避けたい〟というのが本音であった。

〝田上理事長の頃は良かった。笠井を追い出して、我々田上村の村民で、もう一度、田上体制を再建しようじゃないか〟というのが今回の謀反・暴動の元となる思想であった。笠井はその思想の元に結束した〝田上村の村民たち〟によって理事長のポストを追われた。

しかし、謀反(クーデター)を是としない理事たちが身を挺して城を護ったことで、笠井(理事長)を〝解任〟させずに任期満了まで繋ぎ止める事が出来た。

それがあったからこそ、前理事長として再登壇が叶ったのである。

笠井が大学を訪れたその日の朝、堂本はさっそく、理事長室のドアをノックした。

「理事長、おかえりなさい。お待ちしておりました。」

「にわか理事長とはいえ、まさかもう一度、理事長としてこの部屋に入るとは思ってもいなかったですよ。」

「ご苦労様です。本学にとっては無駄な半年間ではありましたが、この間に、学内の至る所に隠れていたガン細胞をいくつも見つける事が出来ました。早々に旧理事12名による旧理事会を開催して頂き、今度こそ誰にも文句を言わせない新理事会を1日も早く承認頂きたいと思います。よろしくお願いします。」

「堂本さん、新しい理事長を誰にするかという相談もありますので、早速、現理事の皆さんを集めて理事懇談会を開催しましょう。」

平成29年2月13日。理事懇談会当日。

昨年6月の理事会で決議された新理事会の発足については裁判所から否認され、同日発足した新理事の登記が抹消されたため、〝谷川理事長〟は現時点では〝幻〟となった。常務理事・事務局長のポストも一旦は空席の状態である。

笠井が臨時の理事長として旧理事会を開催し、あらためて新理事メンバーをノミネートして承認されない限りは主要3役(理事長・常務理事・事務局長)のポストは確定しない。

笠井は昨年6月にノミネートした理事13名のうち12名はそのまま残し、若山副学長理事に代わる新理事として中山副学長を加えた。

新学長が決まるまでは学長理事のポストは空席として、スタート時点では13名がノミネートされることになった。

そうして理事懇談会には病床にある香月を除き全員が出席した。

「皆さん、ご無沙汰をしておりました。笠井です。さて、皆さんも既にご承知おき頂いておるとは思いますが、我々は可及的速やかに旧理事会を開催し、遅くとも3月中旬までには新理事会を発足し、新理事長・常務理事・事務局長を決めなければなりません。私は、本日ここにお集りの皆様に対して、あらためて新理事としてノミネートさせて頂く事をお願いしたいと存じます。何卒よろしくお願い致します。」

「笠井理事長。我々はもとよりそのつもりでここに参りました。私(谷川)は、半年前に全会一致で理事長として推挙され、一度は理事長を務めさせて頂きましたが、(訴訟という)まさかの事態が起きまして、ほとんどその務めを果たせておりません。挙句の果てには理事長という職責をはく奪されてしまいました。もし、皆様からチャンスを頂けるものであれば、再スタートを切らせて頂きたいと考えております。」

「天知です。私からもひと言よろしいでしょうか。私もこのメンバーでもう一度、理事会を組成できるのであれば、理事長には谷川理事の続投が望ましいと考えます。可能であれば私に常務理事を、北村さんに事務局長を任せて頂けるのであれば必ずや当学校法人を立て直してみせます。」

谷川・天知両理事の突然の立候補発言には、そこにいた(北村以外の)誰もが何かの間違いだろうと自分の耳を疑った。

谷川が僧籍を持たない立場で理事長職に就いた事に対する教職員・卒業生・保護者の反発は予想以上に激しく、谷川を理事長として認めないという署名の数は内外を合わせると笠井の辞任を求めた署名の数を優に超えていた。そもそも訴訟までに至った争いのトリガー(引き金)は谷川の理事長就任であったことは紛れもない事実として理事の誰もが認識していた。

それにも関わらず谷川は続投の意志を表明し、天知はそれを支持しようとしている。堂本にはふたりの真意が全く読めなかった。


【春海・天知の企み】

理事懇談会の翌日、堂本は春海弁護士事務所に呼ばれた。

そこには堂本の他に天知・北村も呼ばれていた。

「本日はお忙しい中をお三方にお集まり頂きましたのは他でもありません、新理事長を誰にするかという事の相談です。私は谷川理事がもう一度、理事長に返り咲き陣頭指揮を執られるのが一番良いのではないかと思いますが、皆さんはどうお考えですか?」

「私も谷川理事以外に今の東京仏教大学の理事長を務められる人はいないと考えています。あの方の剛腕を以てすればこの難局をも乗り越えられると信じます。」

春海に続いて天知が持論を述べた。

北村は基本的に自分の意見を主張するタイプではなく、あくまで直属の上司である天知に忠実であった。天知が白と言えば自分も白、黒と言えば自分も黒と、たとえそれが間違っていようとも異を唱える事はなかった。自分のポリシーを明確にせず、ただ〝忠犬〟に徹する。

堂本から観ればそれが北村の〝唯一の欠点〟であったが、天知にとっては北村の比類なき忠誠心は、理事会において〝確実な2票〟を手中に入れている事を意味し、何よりの強みであった。

春海と天知が熱く語り合う〝谷川新理事長による新理事会構想〟を堂本はただ黙って聞いていた。

「堂本次長は我々の構想についてどう思われますか?」

「僭越ながら、思うままに言わせて頂きますと、私は、谷川理事長ではもたないのではないかと思います。」

堂本の思いがけない言葉を聞いて春海と天知の表情が強張った。

「春海先生は現場をご存じないからご理解頂けないかも知れませんが、谷川理事が新理事長に就任されてからというもの、それまで中立を保っていた教職員までもが反対派に回ってしまいました。船が全く動かなくなってしまったのです。これは私にとっても誤算でした。宗門の力というものがこれ程までに根強いとは思いませんでした。本学は創設以来100年という長い間、ただの一度も例外なく理事長と学長には宗派内住職が就任して参りました。それを今回、たった4人の宗派内僧侶理事が全員賛成したからと言ってその例外を認めてしまいました。谷川理事は実業家としては素晴らしい実績をお持ちですが、教職員や卒業生らにとっては、あくまでトップは宗派の伝統を護るということが重要でした。」

「堂本君、私はね、そういった宗門のしがらみにいつまでも憑りつかれていては改革など出来る訳がないと考えているんだよ。そもそも本学の理事のポストに宗門の坊さんが4人も名を連ねている事自体がおかしい。それに同窓会OG2名と理事長や学長を合わせると理事の過半数が宗門関係者で占められる。そもそも寺の坊主や専業主婦に学校改革の何が分かると言うんだ?」

予想もしなかった天知の過激な発言に堂本は言葉を失った。春海が続けた。

「そんな事だから本学はこれまで思い切った事がやれなかったのですよ。ようやく笠井理事長が改革の旗揚げをしようとされましたが、孤軍奮闘で誰も笠井さんの味方をしませんでした。私も天知さんと同じ意見です。谷川さんが理事長に就任されれば、宗門理事やOGの理事数を大幅に削り、外部有識者や実業家を理事に据える様に寄附行為を改正すれば良いと思います。その方が当学校法人の改革が進むと思いますよ。」

「確かに宗門理事数と同窓会理事数は多少調整しても良いと思いますが、理事長と学長は仏教系学校である本学の〝顔〟ですから、そこは触らずに、トップを支える常務理事や事務局長、副学長といった肩書きに改革派実力者・経験者を据えれば改革は進むと思いますが。その方が余計な波風が立ちません。」

「堂本君、それは考えが甘いね。理想と現実は違う。私は谷川理事こそが、今の本学の改革を成せる唯一の人物だと思う。彼が理事長になり、私がその脇を固めてこそ、反体制派の残党共を黙らす事が出来る。」

「天知(常務)理事はこの半年の間、裁判所から執務停止処分を命じられて出勤されなかったので現場教職員のアレルギー反応を直に見ておられません。私や北村理事(事務局長)の様な現場を見てきた人間からすれば、谷川理事が再度、理事長に返り咲かれる様な事があれば、船の漕ぎ手である教職員達は皆、働いているフリをしながら働かない事が目に見えています。ねぇ、北村理事。」

「んんん…、まぁ、そうは言っても皆、サラリーマンだから、働かないという事はあるまい。」

「ほうら、北村君もこう言っている。堂本君の不安は杞憂だよ。それにね、私は、この大学が今のまま基本金を取り崩しながら赤字を補填する様な体質から抜け切らなかった場合は、大学を廃校しても構わないと考えているんだよ。基本金とは本来、将来的に必要となる資産の取得(古くなった校舎の建て替え等)の為の積立金であり、赤字補填の為の貯金ではない。それを教職員の多くは勘違いをして、〝うちには数百億円の貯金があるのだから潰れる事はない〟などとほざいている。年に数十億円ずつ赤字補填を続ければ校舎の建て替え計画も立てられないまま、ライバル校との競争に負け、うちは10年で淘汰されるよ。我々が乗り込んで、先ず宗門の勢力・影響力を剥ぎ取る。そして人件費率を70%から65%まで引き下げる。反対勢力にはあの手この手で手足をもぎ取っていく。それでも駄目なら大学を潰してリセットすればよい。」

天知がこれ程までに過激な人物であったことに堂本はただ驚くばかりであった。

春海・天知・北村の3対1では何を言っても無駄だと思い、堂本はそれ以上の反論をしなかった。

この日を境に、春海・天知を中心とした新理事会構想会議に堂本は一切呼ばれなくなった。

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