第15話 孤独なわたし



翌日の朝、友人たちと顔を合わせたけれど、お互い気まずくてあいさつをしただけで、それ以上のことは何も話さなかった。


それからあっという間にお昼休みになり、友人たちに声をかけられたけれど、やっぱりふつうにできなかった私はお弁当だけを持って逃げたのだ。


そして今。

……あーあ、


「また、ひとりぼっちになっちゃった」


屋上へと続く非常階段に座って、一人ぼんやりと呟いた。


高校に入学してから半年、ずっと友人たちと過ごしてきた。正直言って話は全然合わなかったけれど、最低限の言葉を使ってある程度話に合わせていたら、自分さえ輪の雰囲気を壊さなければ一人になることはないと、どこか安心していた。


昨日の出来事だって何事もなかったかのように私が飲み込んで、いつも通りに接したら一人にならなかったのかな?

いつも通りに笑顔を張り付けていたらよかったのかな?


でも、そんなの、


「……私には無理だよ」


昨日、たくさん神社で泣いた。

今まで我慢していた分も、全部流れた。


そしてようやく分かった。

私は、これ以上自分を騙して二人と一緒に過ごすことはできないって。何もなかったかのように二人と過ごしたって、自分が苦しむだけなのだと、思った。


そのことを今までは気づかないフリをしていただけなのだと。


それは全部、神様が諭してくれたようで。


きっと、私が苦しいのを分かっていたから昨日はあんなに優しかったんだと思う。


でも、


「…神様の前であんなに泣いちゃうなんて……」


ちょっと。いやかなり、思い出すだけで恥ずかしくなる。

これから神様にどんな顔をして会えばいいの。


できることなら、時を巻いて戻したい……


「──いた」


突然声が聞こえてきて、え、と困惑した声を漏らしながら顔をあげると、ある人物と視線がぶつかった。


「ここにいたんだ、蓮見さん」


階段の手すりを支えに、ハア、と息を整える田中くんがそこにはいた。


「どうして……」

「教室を飛び出して行く蓮見さんの姿が見えたから、気になって」


そう言いながら、まだ肩で息を整える。

どうやら彼は、私が教室を飛び出したのを目撃して追いかけてくれたらしい。そのせいで体力が底をついたみたいだった。


「やっぱり昨日のあれが原因で……?」


言いながら少しずれていた眼鏡をくいっと押し上げて元の位置に戻す。

「えっと……」

言葉に詰まっていると、


「ごめん、あんまり思い出したくないよね」


そう言葉を言うと、タンタンタンと階段を登って私の一段下で腰を下ろした。

彼の襟足は綺麗に整えられていて、首があらわになって見えた。こうやって彼の後ろ姿をちゃんと見たのは初めてだった。


「……どうして来たの?」


尋ねずにはいられなかった。


「蓮見さんを追いかけてきたのは、謝るためなんだ。昨日、僕があんなことを言わなければ蓮見さんが巻き込まれることはなかったと思うからさ」


淡々と言葉を告げられる。


むしろ彼を巻き込んでしまったのは他の誰でもない私なのに。

それなのに真っ先に逃げてしまったのは私だ。


「ほんと、ごめん」


私の方へ振り向くと、頭を下げた。


「や、やめてよ……!」


慌てて顔をあげるように促すと、でも、と渋る田中くんは、よほど昨日のことを申し訳なく思っているようだった。


もしも仮に、田中くんが来なかったとしたら私はあのあとどうしていたんだろう?

そのまま気づかれないようにずっと聞いていた? それとも笑って誤魔化しながら教室に入って行った?


──昨日とはべつの未来が待っていたとしても。


「結局そうなる運命だったのかもしれないから、ほんとに気にしないで…」


「……運命?」


と、困惑したような声を漏らす。


「私ね、不幸体質なの。人生ほとんどうまくいったことがなくて、人間関係にしても恋愛にしても、いっつも不運の連続で。だから昨日のことだって私の運命として決まっていたことなのかもしれない」


昨日は、どうして自分ばかりこんな苦しいことが起こるんだろうって不思議だった。


けれど、一日経って少し冷静になれば頭もまともに働いてくる。そうしたら、冷静な判断ができるようになって。

これは、運命なのかもしれないと。私はそうなる運命だったのだと。

今は、そう思った方がしっくりくる気がした。


私がどんなに周りに合わせようと、言葉を飲み込もうと、笑顔を張り付けようと、変えることのできなかった運命なんだと思う。


「決まっていたってことは、僕が現れることも運命のうちに含まれていたってこと?」


ふいに、そんなことを尋ねられるから、「それは」と一瞬言葉に詰まる。真っ直ぐぶつかった視線に耐えられなくて、逸らしてから。


「分からないけど……」


私は神様なんかじゃないから、未来のことなんて予測できない。

けれど、あの神様にはきっと見えていたのだろう。

私が友人たちとこうなることを、前から予測できていたのかもしれない。

そう思うと、昨日の優しさに納得がいく。


「じゃあやっぱり僕のせいじゃないか」


「ち、ちがっ……」

慌てて逸らした視線を戻すと、彼の元気のない瞳とぶつかった。


「ほんとに、田中くんのせいとかじゃ…ないから、気にしないで」


ほんとに、違う。

だってあれは、


「……全部、私のせいだから」


それはもはや自業自得。


「なにも蓮見さんがそこまで自分のこと思い詰めなくても…」


そう言ってくれる。その言葉に、うんでも、と続けると、


「二人がそんなことを思っていたなんて、知らなくて…知らないまま、ずっとそうやって過ごしてきたからバチが当たったのかもしれない」

「……バチ?」

「うん。二人の気持ちを知る時間なんてきっとたくさんあった…でも、それに気づかなかったのは私で…」


──ううん、そうじゃない。ほんとうは、もっとずっと前から気づいていた。


ただ、


「私は…気づかないフリをしていたのかもしれない。そうすれば自分の心を守れると思ったの…誰かに陰口を言われたりするのは怖いけど、一人になるのはもっと怖くて…」


「蓮見さん……」

「一人になるのはもう嫌なの。あんな苦しくて…痛い思いしたくない…」


同じ思いは二度としたくないとあの日誓ったはずなのに、どうしてまた繰り返してしまうのだろうか。


神様は、意地悪だ。

世界は、不公平だ。


──ううん、違う。ずっとそう思いたかっただけで、そう思っていたら少しでも気が楽になれるからと。そうやって責任転嫁をしていただけで、ほんとはきっとずっと分かっていたのかもしれない。


「昨日あんなことになったのも、一人になってしまったのも…全部全部、私が原因なの…」


短く言葉を切ったあと、だから、と続けると、


「田中くんの責任なんかじゃないんだよ」


誰の責任でもない。

田中くんでもなく、友人たちでもなく、悪いのは全部自分で。


そんなことに。


「巻き込んでしまって、ごめんね……」


「な、なんで蓮見さんが謝るんだよ。むしろ謝らないといけないのは、この僕じゃないか」

「ううん、そんなことないよ」


それに私は、知っていた。田中くんの優しさに。


「昨日は助けてくれてありがとう…」


自然と口からポツリとこぼれ落ちた。その言葉に、え、と困惑した彼は、なんでと続けた。


「昨日助けてくれたでしょ、私のこと」

「僕はただ、自分が思ったことを言っただけだし、むしろ蓮見さんの立場を悪くしてしまったかもしれないし……」


感謝の言葉を受け止めてくれない彼は、自分のことを謙遜する。

──思ったことを言っただけ。

それが、どれだけ勇気がいるものなのか私は知っている。

正しいことをするということは、かなりのエネルギーを使うのだ。

それを彼は、なんの躊躇いもなくしてみせた。


自分が理不尽なことを言われることを覚悟して。


「ほんとに、ありがとう」


逃げることもできずに、その場で立ち止まっていた私は、きっと一人では出て行くこともままならなかった。

そしたら次の日は、何も聞かなかったフリをして今までのように我慢をして笑っていたのかもしれない。


同じ過ちを繰り返さなくて、よかった。


もう次は、間違えない。

私は、私のままで過ごしたい。


例え、これからひとりぼっちになったとしても。

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