第5話 恋愛もそんなに悪くないよ(2)


 ◇


 放課後、帰り支度を済ませている途中。


「香織〜、今日さ合コン行かない?」


 電車がホームに滑り込んでくるようなスピードで、私の席の前までやって来た友人二人は、いつも以上にハイテンション。


「え、合コン……?」


 あまりにも突然すぎた言葉に、私は素っ頓狂な声が漏れる。


 数日前のお昼休みに教室であんな話をして半分近くの人に聞かれているというのに、まだ日も経たないうちにそんな提案を持ちかける二人。


 いくらなんでも切り替えが早すぎるでしょ、と呆れそうになる私。


 それにいくら放課後とはいえ、まだ教室には半分近くの生徒が残っている。もちろん隣の田中くんはいつも通りに教室で勉強でもするんだろうけれど。ちら、と隣を確認をするとやっぱり田中くんはそこにいた。


「そうなの! しかも相手はあの北高の人たちなんだよ」

「北高っていえば男子校なの! めっちゃイケメンな人たちが多いんだって!」


 次から次へと言葉を放たれて、返事をする暇さえ与えてくれない彼女たち。


「ねえ、どう? 行ってみない?」


 ようやく少し落ち着きを取り戻す。タイミングは今しかない、と思った。


「いや、でも私……」


 未練がましいかもしれないけれど、まだ松田くんのことが好きだった。


 インチキ神様に運命の人が田中くんだと告げられてからも、いまだに胸に残るこの気持ちを、吹っ切ることができていない。

 それもそのはず。だってまだ一週間も経っていないんだもん。吹っ切れなくて当然だよね。


「香織この前言ってたじゃん。告白する気はないって! それって次の恋にいくチャンスだと思わない?」

「そうだよ。それにさ、よく言うでしょ? 男で失恋したなら男で癒せって」


 淡々と告げられる言葉に圧を感じて何も言い返せずにいると、お互い顔を見合わせながら、だよねだよね、と頷き合う彼女たち。


 きっと二人は私のためを思って言ってくれているんだろうけれど、その言い方だと私が失恋したみたいになる。

 そりゃあ気持ちを伝えなかったとはいえ、松田くんに彼女がいたから、それは間違いなく失恋ってことになるけれど。


「私べつに失恋したわけじゃ……」


 たくさんのクラスメイトが聞いている手間、失恋という言葉をどうしても否定したかった。


 けれど、隣にいる田中くんにはほんとのことを言っていたからなんだか言いづらくなって言葉に詰まる。


 それに、今さらそれを掘り返したくもなかった私は一刻も早くこの話題を終わりたかった。

それくらい居心地が悪くて。


「あー、そうだったね。でもさ、まあどうであれ次の恋に向かって歩き出そうよ。ね!」

「そうそう! きっといい人見つかると思うんだ!」


 どうやら二人は、何がなんでも私を合コンに連れて行きたいらしい。だが私は、そんなものに乗り気ではない。


 簡易的な恋というか、それはほんとの「恋」ではないような気がしてならないのだ。


 もちろんそれがダメだと言っているわけではない。合コンでたくさんの人がカップルになった話も聞いたことある。


 ただ、自分には向かないというだけで。


 なんといっても不幸体質の私。きっとまた不運を呼び寄せてしまうに違いない。


 そう思った私は、顔の前でパチンっ、と両手を合わせる。


「ごめん! 今回はパスで……!」


 やっぱり乗り気ではなかったため、断ることに決めたのだ。


「えー、ほんとに行かないの?」

「かっこいい人来るんだよ?」


 矢継ぎ早に現れる二人の声に、苦笑いを浮かべる。


「誘ってもらってありがたいんだけど……ちょっと合コンはまだ抵抗があるというか……」


 べつに、かっこいい人がタイプなわけではなくて私からすれば顔なんて関係ない。あ、でもまあ松田くんは爽やかイケメンとして知られていたけれど、なんてことをぼんやりと思う。


 それと同時に彼女がいることもセットで思い出すと、胸がちくりと痛んだ。


「そっかぁ、それなら仕方ないよね。でもさ、今日いい人いなかったらまた今度するつもりだから、そのときは気が向いたら来てよね」


 即座に次の予定を告げられて、内心嫌だなぁ、なんて思ったけれど、そんなこと言うことができなかった私は。


「か、考えておくね……」


 すぱっと断ることができなかった。


 彼女たちは、分かったと頷きあったあと、じゃあまたね、と笑顔で教室をあとにした。

楽しそうにおしゃべりに花を咲かせながら歩いて行く後ろ姿を見つめながら、はあ、と小さくため息をついたのだ。


 どうしてもっと素直に気持ちを伝えることができないんだろう。

 嫌なものは嫌だと、きっぱり言えた方がすっきりするし相手にも気を持たせないで済むのに。

自分の気持ちを伝えるのが苦手な私は、どうやら過去のトラウマが消えていないらしい。


 いつになったら私は、私らしくいられるんだろう。


「……あれ、帰るの?」


 ちら、と視界に映り込む隣。いつのまにか身支度を済ませていた田中くんは、肩にかばんの紐をかけて立ち上がっていた。


「うん。今日はちょっと用があるから」

「へ、へえ、そっかぁ」


 帰るならもっと早く帰ってくれればよかったのに。そしたらさっきの話聞かれなかったかもしれないのに。


 なんて魔の悪い男なの! そう言ってしまいたかった。けど、やめた。これ以上、田中くんに関わると良くないことが起こりそうなそんな予感がしたから。


「蓮見さんってさ」


 眼鏡の真ん中をくいっと持ち上げて、私をまじまじと見つめる。


「な、なによ……」


 何か言いたいことでもあるのだろうか。一瞬怖気付きそうになる。


「……いや、やっぱりいいや」


 目線を逸らしたあと、じゃあまたと何事もなかったかのように歩いて行く。

言いかけてやめるなんて、その先が気になってしまった私は、


「……なによ、今の」


 小さな不満を漏らしたのだ。


 けれど、そんな声誰にも気づかれることなく、すうっと消えたのだった。

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