扉が開けられる
私は、ノアのお父様から渡された本を読み始めていた。
コンコン
「入るぞ。」
ノアが私のいる部屋にやってきた。
「ノアか。どうした。」
「はい、ココア淹れたぞ。」
美味しそうなココアが少し錆びついた白いマグカップに淹れてあった。
「ありがとう。温かいな。」
私は、両手でマグカップを受け取る。
「その本読むのも、休みながらにしろよ。
そんなに分厚いんだから、一晩じゃ読めないぞ。」
ノアは心配しているのか、開いていた本を見つめる。
「ああ。今日中に読み終えるとは思っていない。」
一口ココアを飲む。
「なんか不思議だな。俺は、今日1日で凄い情報量を聞かされた気分だ。
それに、アリスとの出会いも不思議だ。
君は王女で、俺なんかと出会う確率低いのにさ。」
ノアは、感慨深い表情をしている。
「なぜそんなに自分を卑下する。
私は私でノアはノアだろ。自分をそんなに下げるな。」
「いや、俺実は、孤児なんだ。
親父は、義理の父親で育ての親なんだ。」
ノアは、目線を下げて呟く。
「そう、なのか。」
少しの沈黙の後、ノアが口を開く。
「・・・・だから、時々思うことがある。
俺は生まれてきて良かったのかと。
さっきアリスに力がないと誰も守れないみたいな話をしていたが、
俺はそんな大した話をできるほどの人間ではない。」
ノアは完全に肩を下ろしていた。
「生まれてきちゃいけない人間などどこにもいない。
私は、森奥で育ったから分かることなんだが、
太陽も、木々も、水も、花も、一生懸命今を生きようとしている。
それぞれが存在するからこそ、世界は回っているのだ。
それは人にも当てはまり、誰一人として欠けていい人間などいない。」
私は、ノアの目をじっと見ながら訴えかかける。
「なんだか、アリスとは今日が初対面なのに、
こんなにもアリスの言葉に励まされている自分がいて驚いた。」
ノアは、少し微笑んだ。
「私は、ノアの言葉によって今日、決心できたんだ。
強くなりたいと。」
「そうだな。じゃあ、明日から特訓開始だな!」
ノアは、少し涙ぐんでいた目を袖で擦り、拭き取った。
「ああ!」
──────
「そこ!真っ直ぐ構えろ!」
「そんな命中率じゃ実戦では当たらないぞ!」
「腰引くな!腕もちゃんと伸ばせ!それじゃ丸腰と変わらない!」
ノアによる超スパルタ特訓が始まっていた。
「はあ・・はあ・・」
今まで銃も扱ったこともなければ、ランニングや筋トレなども
したことなかったため、かなり私にとってはハードだった。
「ほら、水だ。」
「・・・はあ・・ありが、とう。」
休憩時間に、ノアが私に水をくれた。
「ここ一週間でかなり上達したし、体力もついたな。
命中率も2、3mなら悪くはない数値だな。」
ノアは私の頭をポンポンした。
「なんか、リーみたいだな。」
リーにも昔頭ポンポンされたっけ。
「ヴァンリー・ド・フォントネルのことかな?」
「うん、なんかずっと思ってたんだけど、
ノアと話していると、心配性だったり、時には厳しいこと言ったり、
だけどずっとそれは優しさからきている、っていうのが
リーと同じだと思った。」
「ふーん。そんなに嬉しくはないかな・・。」
ノアはボソッと聞こえないくらいに呟く。
「何か言ったか?」
「いいや。そういえば、さっきヴァンリーさんの意識が戻ったみたいだよ。」
「そうなのか!!早く言ってくれよ!」
私は、そう言って家の中に飛び入る。
「・・願うなら、言いたくはなかったんだけどね。」
そんなことをノアが言っていたなんて、知る余地もなかった。
「リー!!!!」
私は、リーの病室を勢いよく開ける。
「・・・アリス・・」
リーはベッドの上で上体だけ起こしていた。
「良かったっ・!!!」
私は、リーに抱きつく。
ギュッと強く抱きしめると、リーも同じように抱きしめ返してくれた。
「もう、大丈夫だから・・心配するな・・」
リーは意識を取り戻したものの、顔色は未だ青ざめており
元気までは戻っていなかった。
「何が、大丈夫なんだよ!まだ寝てろよ!
こんな、体でっ!・・ごめん、私・・」
あの時の情景が浮かんできた。
「なぜアリスが泣くんだい?
私が怪我を負ったのは、自分の責任なんだよ。」
リーは小さい子を宥めるかのように私の頭を優しく撫でてくれた。
「・・・っ」
リーの胸に顔を埋めて、泣いているのを隠した。
「もう本当に大丈夫だから。あと二日すれば、徐々に体も回復すると、
ジャックさんがおっしゃっていた。」
ジャックさん?
「ノアのお父様?と話したのか。」
「ああ。ジャックさんが今までの経緯を話してくれた。
助けられたんだな、そこにいる彼に。」
リーが私の後方を指差す。
「お体が回復に向かっているみたいで、安心いたしました。
お大事にしてください。」
ノアがお辞儀をしながら、リーに対して丁寧な言葉で礼儀正しくする。
「いや、君とジャックさんのおかげだ。ありがとう。
それから、アリスのことも色々聞いたが、
君もアリスのことは知っていたみたいだね。」
リーは少し微笑む。
「ええ。ですが、口外は致しません。
アリスのためですから。」
ノアがリーの顔をしっかりと捉える。
すると、リーは少し驚き、何かを悟ったような顔をする。
「・・・そうだね、アリスのためだな。
とにかく、私はまだ休ませていただくよ。
アリス、短い髪も似合うね。」
そう言って、私の髪に触れる。
「(そうだ。リーにこの短くなった髪を見せるのは初めてだ。)」
リーが私の髪に触れながら、何かを考え込んでいた様子だった。
──────────
「アリス、また夜中まで本を読む気か?」
私がリビングで例の本の続きを読んでいると、ノアがやってきた。
「ああ、最近特訓の方で忙しかったり疲れたりで
なかなか読めていなかったんだ。
思ったより、話が長いからな。」
ここまで分厚い本を読むのは、初めてかもしれないな。
「それで、どう?そのストーリーは。」
ノアが本の中身を覗き込む。
「うーん、まだ深刻なところまでは行っていないな。
女神がまだ不幸になるような出来事は一切ないな。
ただ、東西南北にいる守護神とやら一人ずつに出会っている。
そして、そのうちの一人と恋に落ちるらしい。」
もし私が生まれ変わりだと言うのならば、私もその4人に出会って
そのうちの一人と恋をするのか?
確かエドは、南にいた。そして、ノアは北にいて出会った。
エドも人を惹きつけるような魅力を持っていたし、
ノアも同様に凛とした佇まいで魅了する。
この本によれば、その4人と出会えば必ず特別な存在だと分かるらしい。
なぜならば、それだけの魅力を持っているから。
ただ東方で出会ったミハエルは、それとは何か違う。
「何を考えている?やはり親父が言っていたように、アリスは生まれ変わりで
その東西南北に位置する男と段々出会うってことなのか。」
「そうだな。そしてノアは、そのうちの一人だと私は思っている。」
「そっか、守護神か。他に候補はいるの?」
「ああ、南方でエドワード・ボスウェルという男と出会った。
だが、彼は私の友達だ。」
そう言うと、ノアは下向きで話し始めた。
「では、ヴァンリーさんはどうなんだ?」
リー?
考えたこともなかった。
リーは私にとってどんな人なんだ?
「いや、わからない・・・。
リーは小さい頃からずっと一緒で家族みたいなものだったから。」
ずっとリーのことは家族同然で、恋とかそんなの考えたことない。
────────
次の日になり、ノアと共に市場まで行くことになった。
食料が二人分増えたために、家にはもう何もないようだ。
「ごめんな、ノア。リーは仕方ないが、私まで食事をずっと頂いてしまって。」
私は、市場まで行く道中でノアに謝罪する。
「いや、大丈夫だ。何も気にすることはない。
アリスもヴァンリーさんも客人だ。」
ノアはにっこりと笑う。
「お前はリーと似て、大人っぽいな。
何歳だ?」
「いや、まだ16だよ。子供さ。
取り繕ってるだけ。」
「私も16だ。一緒だな!」
私が笑顔でノアを見ると、ノアは咳払いをする。
「・・っホン!・・そう、だな。」
なぜかノアの表情は緩んでいたような。
「でも、初めてなんだ!市場とかで買い物をするのは!」
フードも仮面も今はちゃんと着けているから、
周りの目も気にせずに、買い物ができることがとても嬉しかった。
「そうなのか。じゃあ、思いっきり楽しまないとな!」
そうノアは言って、私の手を引っ張って行く。
「この果物は見たことないな。」
「それはここでしか取れない果物で貴重なのだ。」
八百屋へ行ったり、
「こんなにたくさんの食器も売られているんだな!」
「ああ、この地域は輸入品が直接入ってくるんだ。」
雑貨屋へ行ったりした。
「さて、これだけ買えば後二週間ほど持つだろう。」
ノアがたくさんの野菜や果物などの食料品を抱える。
「・・・・わあ。」
私はというと、一つのアクセサリー屋さんでじっとジュエリーを見つめていた。
「アリス?」
ノアはそんな私に気づいたのか近づく。
「・・・」
私の目が射止めていたのは、エメラルドのペンダントだった。
「お嬢さん、そのペンダントは珍しい代物だよ。
隣国フランワース国から昨日輸入されたばかりで、高価なものときてる!
今がお買い得だよ!」
店主のおじさんは、私にそのペンダントを薦める。
「おじさん、そのペンダントください。」
ノアが横から、私の気に入ったペンダントを指差す。
「ノア!これ、高いぞ!?」
私は値段を確認しながらノアに言う。
「いや構わないよ。おじさん、ペンダントは包装いらないよ。」
ノアはそう言って、すぐお金を支払った。
「毎度!」
おじさんはなぜかニコニコしながら私たちを見ていた。
「なあ、なんでこんな高いの買ってくれるんだ!」
店をさっさと後にするノアを早足で追いかける。
「こっちきて。」
ノアは私を路地裏に連れて行く。
「ここまで来れば平気だ。ちょっと失礼。」
そう言って、ノアは私のフードだけを取る。
「・・・」「・・・」
無言でノアは私の首の後ろに手を回して、
さっきのペンダントを首にかけてくれた。
「あ、ありがとう。」
私はそんなことを男の人にしてもらったことがなくて、
少しドキドキしていた。
「いや、似合ってるよ。」
ノアも少し目線を外しながら、答える。
「あれれー??そこにいるの、ノア君じゃないー?」
すると、柄の悪そうな3人がやってきた。
「っ!」
ノアはその3人を見た瞬間、物凄い形相になっていた。
「誰だお前ら。」
私は、フードをすぐさま被った。
「何々ー?もしかして、ノア君彼女でもできた訳?」
冷やかすような言葉をさっきから口にする男。
「そんなんじゃない。ジャン、悪いけど今日はよしてくれ。」
ノアは目線を泳がせている。何か様子が変だ。
「ねえねえノア君さ、君ってそんな口俺に聞いて良かったんだっけ?」
ジャンと呼ばれる男がそういうと、他二人はクスクスと笑う。
「っ・・・!」
ノアは何か気まずいような顔をする。
「おい!ノアに絡むなよ。何なんだ。」
私は、我慢ならず口を出す。
「おお、威勢のいい女だな!
なあ、ノア君さ、この女ちっと借りていいよな?」
そう言って、私の腕を掴む。
「ダ、ダメだ!その子の手を離してくれよ。」
ノアは狼狽えながらも、ジャンとやらを説得しようとしている。
「ノア君が一発でOK出さない相手、余計気になっちゃうよな?」
「ああ、いつもだったら自分だけ逃げ出すくせになあ?」
何だと?
「それ以上ノアを侮辱するのはやめろ。」
私はそう言って、短剣を出してジャンの首にあてがう。
「まっじで、おもしれえなこの女!なあなあ?
女一人で俺がやれると思ってんの?」
ジャンはさっきのふざけた感じではなくなり、
オーラが変わり、銃を取り出し私の頭に当てる。
「(しまった!私も銃を持ってくれば!)」
「ジャン!やめてくれ!頼むから、その銃を下ろしてくれ!」
ノアだって銃を持っていて、どんな奴だろうと冷静に対処して行くのに
そんな態度は一切見られず、ここまでノアを脅かすジャンという男は
一体何者なんだ?
「じゃあさ、昔した遊びをしてくれるなら、下ろしてもいいよお?」
ジャンは不気味に笑った。
「っ!・・・・」
その言葉を聞いた瞬間、ノアは、さっきよりも震え上がり、
更に怯えた表情になった。
「わ、わかった・・。それをすれば、その子を解放してくれるんだよな?」
ノアが気が進まないようなことを、させようとしているのは明らかだった。
「ああもちろん、約束は守るタチなんでね!」
ジャンは私を解放したが、ジャンたちによってノアはすぐ連れて行かれてしまっった。
「ノア!!!!行くなよ!!!」
私は何か嫌な予感しなくてノアの名を叫ぶも、ノアは歩みを止めない。
[ごめんアリス。ありがとう。]
ノアは一瞬後ろを振り向いて、そう声にならない言葉を口にした。
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