黒髪の青年



「おい、親父!病人だ!」



男の家だろうか?


「またまた、重症だねえ。」



男の父親は、手際良く、意識不明のリーを家の中へと連れた。




「・・・・あの。」


私は、男に近寄って話しかける。





「俺の親父は、医者だ。必ず助かる。」


男は、仮面を被ったままでどんな表情をしているか分からないが、


悪い人ではなさそうだった。




「そうか、よかった。ありがとう・・。」



私はホッとして肩の力が抜ける。



「さっきの連中は、山賊だ。


何人もの貴族を襲っては、金品を盗むゲス野郎たちだな。」



リーの予想的中だな。



「そうなのか。本当に助かった、礼を言う。」


「いや大したことはない。」



そう言いながら、その男は仮面を取る。



その男は、黒髪で黒い瞳をして凛とした佇まいだった。




「だが、お前あの状況で手が震えていたら


この先、お前の主人は守れないぞ。」



主人?



「何を言ってるのだ。」



「お前、あの者の従者だろ?」


え・・・。何か勘違いされている?



「いやいや!違うぞ。」


私は、思いっきり首を振る。



「従者でないなら何者だ。見たところ、貴族には見えないが。」



なんかこいつ、今失礼なこと言ってない?



「(さっき羽織ってたリーのコートでも今も着ていれば、貴族に見えたのか?)」



馬車から出るときに邪魔になると思って脱いでいた。



シュッ!



すると、その男は私に向かって剣を振りかざした。



「・・・・っ‼︎」



その剣は私がかぶっていたフードを軽く切っていて、


その勢いでフードが脱げた。




「・・女?」


その男は、私のことを男だと思っていたのか、


まさかだろと言いたげな驚いた表情をしている。



「お、お前!なんてことしてくれるんだ!


私を殺す気か!!」



そう言うと、私の髪が長いのを見て、女だと確信した様子だった。




「・・すまない。てっきり男で、従者ではないなら何者かと思って、つい。」



警戒心が強すぎるというか、とにかく怖かった。






「い、いや、それにしても警戒が凄いな。


何かしているのか?」



騎士団にでもいるのだろうか。


でも王宮所属ではなさそうだが。





「ただこの街の治安維持をしている衛兵だ。


それより、髪の毛を切ってしまった・・。」



男が床を見ると、私の髪の数本が落ちていた。




「あ、・・いや大丈夫だ。」



私でも気づかなかったのに、この男かなりな大物な気がする。




「なあ、お前の名はなんという。


いつかこの借りを返したい。」



私が王宮に戻れたら、何かしらのお礼をしたい。




「ノア・スミスだ。」



「スミス?」



確かその苗字は、鍛冶屋の者が名乗る苗字だと前に本で読んだことがあるが。




「あー、俺の親父は医者でもあるが、本業は鍛冶屋だ。」



ノアは私の考えていることがわかったのか、即座に答えてくれた。



「なるほどな。私は、アリスだ。」



スペンサーだというと、王族だとバレてしまうから言うのは伏せよう。




「アリスか。見たところ、俺と同じ年に見えるが。


訳ありってところか?」



ノアは、私がリーの従者でなはいのに、二人きりで馬車にいたことを不思議に思っているのだろう。



「ま、まあそんなとこだな。」



「あと、気になる点が一つあるのだが。」



な、何?まさかもうバレたとかないよね?



「先程、あの貴人が襲われそうになったとき、


お前は、まだ誰も剣を振り上げもしないのに、あの者の左胸を庇っていた。



それも、予想していたかのように。」




やはり、能力が発動していたのか。




「あ、いや・・」



それより今ここでバレたらやばくない?



「しかも、アリスの瞳が光っていた。


グリーンとグレーに。」


あ、やばいこれは。もうバレたのか・・?




「まさかだと思うが、アリス、


オッドアイを持つ王女か?」



もう終わりだ。




「お、王女だなんて・・。


この国に存在しないんではないのか?」



動揺しているのに気づかれる。


このノアって男は、表情や仕草から嘘を見抜くはずだ。




「まあ形上そう言われているが、実際はそうとも限らない。


俺は、ただの鍛冶屋の息子で王族の事情なんざ知らないが、


本当に王女がいるなら、その娘には心底同情するね。」



なんなんだ、こいつ。



「ふっ。その顔つきは、まるで自分のことを言われて傷ついているみたいだな。」



な!



「何を言っている。」



こいつの考えが全く読めない。



「・・・」



ノアは無言のまま、私のつけている仮面に手をやって



容易に外した。



「なっ・・」


一瞬の出来事で、止めることができなかった。



「やはり、君は王女様で間違いないな。」



何故なんだろう。エドもそうだったが、この男もすぐに


私が王女だと気が付く。





「私が王女だというのなら、どうするのだ。」



あくまでも動揺していないフリをせねば。



「俺は、以前親父の付き添いで王宮へ訪れたことがあった。



その時、王宮で迷子になり、一人の少女をたまたま見てしまった。


それがグリーンとグレーのオッドアイの瞳を持つ少女、


まさに君だった。」




そんな偶然あるのか。



確かに私は、3歳かくらいまでは王宮で育てられた。



しかし、すぐに森奥へと隠されてしまった。


それに決して外部の人や秘密を知る者以外との接触は禁じられていたはず。




「不思議だな。」



エドも私の存在を父が話していたのを聞いたと言うし、


ノアもたまたま見かけたと言う。




まるで私の存在を偶然ではなく、必然的に知ったようにも感じる。




「別に君が王女だからと言って、どうこうするつもりはない。


ただアリスは間違いなく、これから危険な目に遭うかもしれない。」



ノアは私をじっと見る。



「ああ、今までその危機は感じてきている。


こんなフードや仮面じゃ隠しきれないとも思っている。」



なんでもいいから、強くなりたい。



あの時思ったんだ。リーが怪我を負った時。



なぜ私はこんなにも無力で、今目の前にいる大切な人を守れないのだろうかと。




「強くなりたいか?」



ノアは、私が王女だと知っても態度を変えずにそのままの調子で尋ねる。




「なりたいっ・・、誰かを守れる力が欲しい。


こんな未来を予測できる能力だけじゃぁっ・・誰も守れないんだ!」



私は一筋の涙を流しながら言う。





「わかった。これからお前に拳銃の射撃術を教える。


誰かを守るための術をな。」



ふと、ノアが今持つ剣を私は見つめる。




「・・・」


そうだ。私は、剣を握るノアの右手を掴んだ。




「・・・お、おい!」



私は、今までの臆病だった自分とおさらばすべく、



背中まで綺麗に伸びた茶髪を肩ぐらいまでバッサリと切った。




「もう、怯えていただけの自分にはさよならだ。」



「全く、なんてことするんだ。危ないではないか。」



ノアが私の首筋に触れる。





「ノアとお嬢さん、ちょっとこちらへ。」



ノアのお父様がリーのいる病室へ呼ぶ。





「リーの容体はどうなんだ。」



病室へ入ると、呼吸は安定していそうだが、


まだ苦しそうな顔に見えた。



「まだ意識は不明だよ。幸い腕だけの負傷だから


二日三日で目覚めるだろうよ。」



「そうか、よかった。


ありがとうございます。ノアのお父様。」




ノアのお父様を見ると、驚いた表情をしていた。



あ、やばい。仮面してない!!




「ああ、君だったのか。王女というのは。」



あーもしかして、このお父様にもバレた?




「となると、この患者はヴァンリー・ド・フォントネル君かな?」



辻褄が合ったかのように納得している。




「リーを知っているのか?」



「うん、わしはね、鍛冶屋でもあるけど医者でもあるんだ。


だから、よく王宮へと出張で医者として勤めていた。


そこで、亡きマリア妃の出産や健康診断もわしが関わって行っていたんだ。




それで王女のことは世間に知らせてはならないが、知っていた。


イザベル王もわしのことを信用してくれていたようだった。



だが、最近マリア妃が亡くなられて以来、誰も信用しなくなったのか、


医者も誰も外部の者は王宮に寄り付けなくなったそうだ。


しかし、フォントネル家の次期当主は未だ王宮と繋がっていると噂で聞いたのだよ。」




お父様は、平気なのだろうか。


王宮の中にお母様を殺害した犯人がいたと疑い、警戒するのも無理はない。




「そして、わしは思ったんだ。


もしや、フォントネル家の子息がアリス王女を匿うことに協力しているのではないかとね。」



まんま的中ではないか。




「わしはね、長年王宮に医者として勤めていたから分かることなんだが、


君の存在を外部にバラした本人は、君を狙っているはずだ。」



狙っているのは、わかっている。



私が、今王宮へと向かおうとしているのは、その者の策略だと思うからな。




「ああ。私を始末しようとしているに違いない。


だが、わからないんだ。お母様を殺して、なぜ私まで殺そうとしているのか。」




私の存在が疎まれる理由があるのだろうか。





「それは、王宮には最大の秘密があるのだよ。


詳しくは知らないが、この本を読みたまえ。」



ノアのお父様は、私に一冊の古びた本を渡す。






「それは、オッドアイの瞳を持つ女神の話だ。


その話の最後は、民衆は女神に酷い呪いをかけられたと思い込み、


魔女と罵り殺したと今の人たちは思っている。」




【Goddess Of Curse】と本の表紙に書かれていた。




「だが、女神は黒幕である悪魔によって自身の死を見せられ、


自ら命を絶ったというのが、本来の話だな。」



「その通り。そちらの話を知っているのは、ごく一部の人だけ。


しかし、それも誤りの結末なのだ。


その本が、真実なのだよ。」



ノアのお父様は、私が手に持つ本を指差す。



「それも真実ではないのか?


なぜそんなにデタラメ話があるのだ。」



「それは、誰かによって真実を伏せようとする動きがあったから。


そして、君はその女神の生まれ変わりと言っていい。」




生まれ、変わり?



「確かにこの話に出てくる女神と同じ能力を持っているが、


なぜ生まれ変わりと断言できる。」




「アリスの言う通りだ。それはただの昔から言い伝わる作り話だろ?」



ノアも痺れを切らし言う。



「いいや、違うんだ。これは本当にあった話なんだ。


そして、オッドアイの瞳を持つ少女は何百年にもかけては生まれ変わり、


最後は自殺という同じ結末になっていたのだよ。





しかし、それは少女たちが本当の真実を知らないからなんだ。


君は今その真実を知ることができる。


その女神の本来の結末を知れば、君は必ず本当の悪魔から


助かることができるはずなのだよ!」










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