醜い心



エドワードに告白され、私はその時何も返すことができなかった。



だって、そんなこと言われたの初めてで何と言っていいか分からなかったからだ。




「アリス様!ヴァンリー様が、ボスウェル家に明後日来るそうです!」


私は、パーティが終わってゲストルームで休んでいた。



「あーミア、報告ありがとう。


リーに私がいるところ伝わってよかった。」



私の頭の中は、ただいまエドの告白とキスでいっぱいだった。




「ええ。ボスウェル家のメイドさんが、アルフィーさんと知り合いみたいで


すぐに手紙を出してくださいました。」



それでリーに思ったより早く伝えることができたんだな。



「アリス様?大丈夫ですか?」


私がぼーっとしているのが、わかったのかミアが心配そうに見つめる。




「え!全然大丈夫だ!」



私は、慌てて我に帰る。




──────【ヴァンリーside】


パーティ翌日。


「アルフィー。明日、ボスウェル家に経つぞ。」




ボスウェル家のメイドの手紙により、アリスがなぜボスウェル家に行ったかの


経緯を知った。




用事も済み、予定よりだいぶ早くアリスのところへ行けることとなった。





「ヴァンリー様。こちら今朝の新聞です。


これはもしや・・」



アルフィーがいつもと同じように新聞を持ってきたが、


様子がどうやらおかしい。



「ん?」



私が新聞を受け取ると、そこには昨日開催されたボスウェル家のパーティの様子が



全面に取り上げられていた。





「・・・!」


しかし、よく見てみると、



【ボスウェル家次男エドワード氏 恋人とのキス疑惑か?!】



エドワードがフードを深くかぶっていている女性とキスをしているところが


絵師に描かれていた。




「この女性、顔はよく見えませんが、アリス様ではないでしょうか?」



アルフィーが写っている女性を指差す。




「・・・・そうだな。」


私は、怒りで無表情を保つのに必死だった。





「アルフィー。やはり今日経つ。」



いてもたってもいられなかった。



この内から湧いてくる熱い何かが爆発しそうで。





「で、ですが、もう今日は遅いですし、


それに今から行くとなると、かなり時間がかかります。」



アルフィーは突然そんなことを言われ動揺している。




「いや、今日行く。」



私は、すぐさま荷物をまとめ出る準備をする。




「先日アルヴィン公爵がおっしゃられたことをお忘れないように


してくださいよ。」



アルフィーが低い声で私に忠告する。



「ああ。父にも考えがあることは知っているが、


私もただ従ってるだけの人形ではない。」



父からこの間呼ばれたのは、アリスに関することだった。




────先日



父の自室にて。




『ヴァンリー。よく来たな。ここに座りたまえ。』



父と顔を合わすのは何ヶ月ぶりだろうか。



『はい、失礼します。』



『最近のフォントネル家は、お前が次期当主として


積極的に事業を手がけてくれているおかげで、うまくいっているな。』



父は、嬉しそうに出された紅茶を飲む。



『いえ、私はまだまだ未熟です。


ですが、そんな話をするだけに私を呼んだのではないのでしょう?』


早く本題を切り出して欲しかった。



『はは、さすが我が息子よ。


勘が鋭いな。』



『それは父譲りです。』



父が紅茶のカップを置いて、咳払いをする。



『これは将来のフォントネル家に関する話だ。


ヴァンリー、君はこの一家を大事にしているだろ?』



将来?



『もちろんでございます。私は、一家を何より大切に思っています。』



『ならば言うことを聞いてくれるな。


アリス・スペンサー王女様に関わるのは、もうやめなさい。』



何?


『何をおっしゃられているのですか!』



なぜ父がそれを気にするのかその時はわからなかった。



『イザベル陛下とは、昔からの友人ではあったが、


隠し子として育てられている王女様と関わるのは非常に危険なのだよ。



ヴァンリー。

一家のためと何よりも考えるお前なら、どうすればいいかわかるだろ?』



危険?なぜだ。



確かに、アリスは世間には知られてはいけない存在であるが、



我々一家に何かを危険に晒すなどと父が心配することはないはずだ。



『・・・・・残念ですが、それは無理な話です。


それに、陛下直々にアリスを守るようにと命令されました。


命令に背くということは、王を欺くのと同一です。』



本当は、王の命令だから一緒にいるわけではない。


ただ、アリスと共にいたいだけなんだ。



『ヴァンリー。そんな顔して何が命令に従ってるだけだなんて言い草なんだ?


私情が入りまくってるではないか。』



『な!違います!』


図星すぎて顔を赤らめてしまった。



『はあ、全く。ならば、直接的に言おう。


あの王女とフォントネル家は、近づいてはいけなかったんだ。』



どういうことだ?


『おっしゃる意味がわかりません!


アリスがなぜフォントネル家にとってそれほどまでいけない存在なのですか!』


柄にもなく大声を出す。



『詳しくはまだ言えん。


だが、これ以上関わることとなれば、お前は苦しむことになるだろう。


だから、近づくなと言うのだ。



あの子の最大の秘密を知れば、お前は絶対にあの子を恨むだろう。』




父は複雑そうな表情をしている。



『最大の秘密?恨む?


核心をつく話をなさらないので、よくわかりませんが、


私がアリスを恨むだなんて逆に絶対ありません。』



『なぜそう言い切れる?


お前が思っているより、かなり深刻な問題だ。


今のうち、手を引けばお前が受ける傷も浅い。』


違う、そうではない。



『私にとって、アリスは鳥のような存在なんです。


風となって共に歩んでいきたい、時には木々となって


休ませてあげたい。あの子を守りたいんです。



アリスの秘密がどれほどのものか分かりかねますが、


どんなに驚くべき事でも、それがアリスに関するなら、


私にとって傷にはならないのですよ?』




私は、微笑みながら言う。


そう、アリスがどんな秘密を持っていようと、


私は何でもいいからそばにいたい。




『ったく、相当惚れ込んでいるな。


そんな愛おしそうな顔してまで、その娘のそばにいたいのか。』


父は呆れ顔であった。



『はい。アリスは私に、初めて笑顔をくれた存在なんです。』



そう。私に近づいてくる人々は、次期当主だという肩書きだけで


私に愛想笑いをしたり機嫌取りをするような連中だった。



だけど、アリスは違った。


ありのままの私を見て、心から笑ってくれた。




『そうか。お前の考えはよくわかった。


だが、これだけは忠告しとくぞ。



王女の背負っている運命は重い。いつか然る時が来たら、


お前もそれを知ることとなるだろう。


だが、知るということは、決して良いことばかりではない。



王女のそばにいたいというのなら、それだけの覚悟を持つことだ。』



父は、真剣な顔つきで威勢のある声付きで言う。




『はい、肝に銘じておきます。』


私は、深々とお辞儀をした。





──────────



自宅を出発してから早数時間経過。



「ヴァンリー様。起きてください。


じきにボスウェル邸へとご到着されます。」


アルフィーが寝ている私を起こす。






「(そうだ。父の言っていたアリスの最大の秘密とは何だったんだろう。


然る時が来たら、ねえ。



だが、今はそれを考えている暇はない。


エドワードとの件が頭から離れない。)」





そうして、ボスウェル邸に到着した。





「リー!!!!」



私が玄関から入ると、ドタドタと駆け降りてくるアリスの姿があった。





「おっ!と。


アリス、そんないきなり・・」



アリスが勢い余って私に抱き着く。



「会いたかった!!」


アリスがきつく抱きつくから、私もアリスに腕を回す。



「ああ、私もだ。だが、離れてまだ一週間も経ってないぞ?」


内心嬉しかった、アリスの顔を久しぶりに見れて。



「ミアもエドもいるけど、やっぱり私のそばにリーがいないのは


落ち着かない。」



アリスはしょんぼりとした顔をする。



「(この子、毎回思うけど、計算してこんな事言っているわけないよな?)」




「そうか。それより、ウィリアム・ボスウェル公爵はどちらに?」


まずお邪魔したからには、公爵に挨拶せねばならない。



「ああ、エドのお父様は、今病気が悪化して病室で眠っているんだ。


私が挨拶しに行った時は、意識があって私にお礼を言ってくださった。


兄弟の仲を取り作ってくれてありがとうって。



だけど、もう長くはないって・・」



そうだ、ウィリアム公爵は持病があったと聞いたことがあったな。




「そうか。」



アリスという子は、傷つく者たちや正直になれない者たちを繋ぐ不思議な少女だ。





「やあ、ずいぶん早い登場だね、ヴァンリー君。」


エドワードとミハエルが姿を表す。




「初めまして、ミハエル・ボスウェルです。


フォントネル家の次期当主と聞くヴァンリー君にお会いできて


嬉しいよ。」



ミハエルが握手を求める。



「改めまして、当主就任おめでとうございます。ミハエル殿。


そして、お屋敷にお招きくださり感謝申し上げます。」





リーはミハエルと握手をする。




「君がこんなに早く来るなんて、予想外だったけど、


目的は僕かな?」



エドはわかりきったような顔をする。




「エドに?」


アリスはキョトンとする。



「ああ。エドワード、自室へ案内してくれるかな。」



私は、エドワードに鋭い目線を飛ばして言う。









「で、君が言いたいことは、僕がアリスとキスをしたこと、だよね?」



エドワードの自室へ二人きりになったところで、エドワードが切り出し来た。




「・・っ。ああ。」


私の手にグッと力が入る。



「ははっ!君、随分と分かりやすく顔に出るタイプなんだねえ。


ポーカーフェイスをいつも保っている感じなのに。」



エドワードは挑発するように喋る。



「アリスを安全な場所に置いてくれたことには感謝する。


だが、私がここへ来た以上、アリスには近づくな。」



これ以上アリスに近寄るな。


今まで以上に自分の感情が優先されて喋っている。




「君ってさ、本当に回りくどいことしてるよねえ。」


「何?」


「だって君のこと見ていると、焦ったいもん。


なぜ、アリスに言わないのかなって。好きだって気持ち。」



エドワードには何もかも見透かされていた。



「私は、アリスの護衛者だ。


貴様みたいな奴が近づくことは、危険なんだよ。」



「護衛者、ねえ。」


エドワードは何かを企んでいた。




すると、エドワードは自室から出て行った。



「おい。話は終わっていない。」



私は、エドワードを追いかける。





「アリスちゃーん!ちょっとちょっと!」



エドワードは、遠くにいるアリスを呼びつける。




「何を・・」



こいつ何を考えているんだ。




「何ー?」


アリスが答えると、エドワードはアリスの方へ走っていく。





「・・・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」




二人が何か会話をしている。




「何を喋ってるんだ・・」



私も二人の方へ歩いて近寄るが、遠くて聞こえない。






「・・・っ‼︎」



すると、再びエドワードは、アリスに抱きつきキスをしたのだ。





「ちょっと‼︎エド、またキスするなよ!」


アリスは、エドを突き放すが、顔が少し赤かった。


エドワードから遠ざけたいと思っても、楽しそうに話すアリスの表情から


私だけの気持ちを押し通すことはやはりできない、のか。



「・・ちっ・・」


だが、そのアリスの表情が、私の心をかき乱す。





「ねえ、ヴァンリー君。君、そんな怖い顔するんだねえ?」


すると、私の背後からミハエルがきて話しかける。




「・・・」



「弟は、相当アリスちゃんを気に入ってるみたいなんだ。


しかも、パーティの夜、アリスちゃんに告白もしたみたいだよ?」


ミハエルは、不敵な笑みを浮かべる。



「ミハエル殿。貴方は、そんな喋り方をなさるようになったんですね。


以前より、随分と威厳が薄れたように感じられますが?」




エドワードと和解して以来、本来の姿となったのか。




「まあそうだね。今までは、体面ばかりを気にして生きていたからね。


それに、アリスちゃんのおかげで色々と学べたこともあったよ。



だからこそ、エドワードが気に入ったアリスちゃんが必要だ。」



ミハエルは、私の目をじっと見つめる。



「それまた随分と上から目線でものを言いますね。


それに、アリスは人形でも何でもないですよ。


気に入ったから欲しいだなんて、子供におもちゃをあげるような言い方だ。」





「はは、君もアリスちゃんを気に入ってるだろ?


だから、あの子が欲しいと思わないのか。」



ミハエルは少し動揺しながら言う。



「正直なこと言えば、今すぐにでもエドワードからアリスを無理矢理でも遠ざけたいです。


ですが、それをしてしまえば、アリスが悲しむこととなるでしょう。


エドワードや貴方のことも気に入ってるでしょうから。」




あの時エドワードに近づくなと言ったのは、本心からであったが、


やはりアリスを困らせることはしたくない。




「それに今は、アリスにとって非常に大事な時期です。


マリア妃殺害事件の行方も調査したいと思っている矢先ですし。



色恋沙汰で本当は、悩んでいる暇など無いんですよ。」



そう、本当はそんなこと考えている余裕はない。


アリスが本当の目的を達成するまでは。




「でも、この先何処の馬の骨かも分からない男が、


アリスちゃんを奪い取ってしまったら?」



「・・・そうですね。アリスがそれを望むのなら、仕方ないですね。」



グッと拳に力が入って、爪が食い込むのがわかった。



「・・・。君って馬鹿だね。」


ミハエルの顔は緩んで、リーに少し微笑む。



「ええ、自分でもそう思います。」



そう言って、私は、アリスがいる方とは別方向の廊下を歩く。




「本当に君は馬鹿だよ。


(自分の気持ちを押し殺してまでも、あの子のそばで守りたいのか。

 

あの子が別の男を望めば、それを笑顔で見送るのか。



それなら、弟があの男に敵うわけないな。


ヴァンリー・ド・フォントネル。君は、大した覚悟を持っているんだな。)」



ミハエルは、リーの後ろ姿を見ながら、静かに心の中で思った。








わかっている、自分でも馬鹿だということは。



アリスのこととなると、頭が真っ白になり感情が優先されてしまう。


だから、アリスを困らせないようになるべく押し殺してきた。



だが、今回のようにエドワードに近づくなと言ったことは、


アリスを困らせてしまうよな。





「はあ・・。アリス以外のことなら、全て上手く対処できるというのに。」





だけど、エドワードにぶつけたあの感情を止めることはできなかったんだ。



頭ではわかっているのに、



私の心が、時より垣間見る私の嫉妬心が、全てを壊してしまいそうで



いつかアリスにぶちまけてしまいそうで怖いんだ。










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