旅立ちと勇気
────8年後 アリス16歳
8年前に王女が存在すると噂され、連れ去られそうになった事件から
リーの甲斐あって、王女に関連する噂はほとんど聞かなくなった。
しかし、今日私が、絶対に王宮へと戻らなくてはいけない事件が起きていた。
「アリス!!」
勢いよくドアを開けて入ってきたリー。
「なんだ、お前がそんな血相を変えているなんて珍しいな。」
私は、部屋の花に水やりをする。
「・・・マリア妃が、昨日何者かに暗殺、されたらしい。」
リーは急いできたのか、額から汗が出ていた。
「・・なん、だと?」
私は、あまりのショックでじょうろを床に落としてしまう。
「そんな、まさか!!」
近くにいたミアも驚きのあまり、涙を流す。
「今朝、王宮から悲報が入ってきた。
それが、マリア妃が誰かに毒を盛られ亡くなったと。」
リーは視線を落として言う。
「・・・・・これは、誰か私が王宮へ来るのを待っていることを意味すると
思う。」
間違えない。お母様を殺害する意味など、他にない。
私という存在を明かして、陥れようとする者が絶対にいる。
「・・うっ!・・・ぐすっ・・・」
ミアは顔を真っ赤にしながら、泣いていた。
「ミア、お前がそこまで泣く必要はない。」
私は冷静に言うが、手に力が入らない。
「なぜっ・・アリス様は、そんなに・・平然として・・っ!」
ミアは、私の手を握る。
「・・・・・ちょっと外へ風に当たってくる。」
私の手から本音が伝わってしまうかも知れないと思い、
家の外へと出る。
「ミアさん。こちらへ。」
リーは、ミアをソファへと座らせる。
「・・・っす、すみません・っ」
リーは、優しく毛布を膝にかける。
「アリスは、決して人前で泣く子ではないんですよ。
強い心を持って冷静に対処していると思っていても、
本当は、弱く脆い子なんです。
さっき手に触れた時、アリスの手は冷たかったですよね?
それがアリスの本音ですよ。」
「・・・っ!
な、なぜ、ヴァンリー様は、そこまでアリス様のことを
理解されているのですか?
私は、ずっとアリス様のそばにいますが、
あの方はいつかどこかへ飛び立ってしまうんではないかと
思うくらい遠い世界にいつもいる気がします。」
ミアは、リーの言われたことを思い出して
ハッとして言う。
「アリスは不思議な子です。
私も毎回驚かされて、分かっているつもりなだけなんですよ。
ただ、あの子は、私にとって大事な子なんです。
私も、アリスはいつか鳥のように、飛び立ってしまうんではないかと
思います。
けれど、私はあの子にとって、休息させてあげられる存在でありたい。」
リーは、ミアの目線にしゃがみ言う。
「ははっ
ヴァンリー様は、アリス様にゾッコンなんですね!」
ミアの目にはもう涙はなく、笑顔があった。
「ごほんっ!
そう言う意味では・・「否定しなくてもいいですよ!
分かってますから!」
ミアは、得意げな顔をする。
「リー、ミア!
私、今決めたことがあるんだ!」
私は、少し外で静かに涙を流してから、
家の中に入る。
「なんだい。」
リーがとても優しい顔で見つめる。
「私、王宮に行く!
お母様を殺害した犯人を調査したいんだ。」
このまま、森奥で私一人くすぶってるなんて嫌だ。
真実を知らないまま、生きていくのだけはごめんだ。
「アリス。王宮へ行くということは、
君の存在が街中へ噂される可能性がある。
もしかしたら、君を狙って襲いに来るかも知れない。」
リーは真剣な顔をして私に向き合う。
「分かっている。
私の瞳のために人々の欲望が駆り立てられていくことを
恐れないわけではない。
だが、それ以上に恐ろしいのは、
私がこのまま安全な場所に無知なまま暮らしていくことだ!」
私は、自分の進むべき道を決めなければならない。
それがどんなに目を背けたくなることであろうと。
「いいか。街はアリスが住む森奥ほど安全な場所ではない。
君が望むなら仕方ないが、王宮へ着くまで私のそばを離れるなよ。」
リーは心配しているんだ。
私が意固地で考えを曲げない性格なのを分かった上で
こう厳しく言っている。
「うん、リーがいるなら、私はいつだって平気なんだ。」
安心する、その存在が。
「アリスが王宮へ行くと言い出すのではないかと
最初からわかっていた。
マリア妃のことをアリスに伝える前、陛下と話した際に
アリスが王宮へ行きたがるのではないかと予測していた。」
リーはなんでも私のことを見透かしている。
「よろしいのですか?」
ミアが心配そうに聞く。
「ああ。私は、進むべき道を進むだけだ。
もちろんミアも一緒に来てくれ。」
そうに言うと、ミアは嬉しそうな顔をした。
「も、もちろんでございます!
アリス様にそうに言っていただけるならば、
このミア、どこまでもお供いたします!」
そう決意し、私は荷造りをする。
「はあ・・・寒っ」
荷造りも終え、私は家の外で
森から街の景色を見下ろす。
「アリス、こんな所にいたのか。」
リーがやってきた。
「ついに、私は森から出て王宮へ行くんだな。」
遠くからでも、王宮の存在感は凄い。
「決して楽な道のりではないな。
だけどお前を止めても無駄なのは、知っている。」
私はあははと笑う。
そんな会話をしていたら、無性に涙を流したくなった。
「・・・っ・・うっ・・
本当は、怖いんだ。
たった数回程度しか会ったことのないお母様だったけれど、
会ったときは優しくて、温かく私を抱きしめてくれたんだっ・・
私は、っ!
これから待ち受けている運命が、怖くて、怖くてたまらないっ!」
初めて人前で感情をむき出しにした時だった。
「大丈夫だ。アリスならきっと、乗り越えられる。」
リーが私を引き寄せ、優しく肩を抱く。
その温もりを、逃したくないと思う、この気持ちは
なんだったんだろう。
そうして、私たちは王宮へと戻るため、
住み慣れた森奥を後にした。
ずっと私のそばで遊んでくれたルークに別れの挨拶をした時は、
少し不満そうな顔をしていた。
だけど、
「何もかもが終わったら、必ず帰るよ。
それまでいい子にして待っててくれ。」
私は、ルークに抱きついて言うと、
ルークは言葉を理解したかのように、穏やかな表情をしていた気がした。
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